5.機動隊、特殊部隊、そして陰陽術士
その後、念のために数人が入り口側から入り、抜けたところで全員が集合となった。
報告通り、トンネル内から暴走車は消えていた。
「お前らが捕まえられないのを笑ってやろうかと思っていたが、結局何一つ解決できなかったのは俺も同じか」
憎まれ口を叩きながら兵頭は、後発の機動隊の若い白バイ隊員を迎える。
謎の失踪が起こったトンネル付近は、現場検証のために一時封鎖されたが結局のところ何も見つからなかった。
司が撃たれたはずの銃弾でさえも。
「お前らの言い分じゃ、使われたのはライフルだろう。そもそもライフルに撃たれて怪我もしないのか」
「知っていると思いますが俺たちの制服は霊装なので」
「見えない力とやらに強化されてるのは本当だったんだな。化け物の相手は化け物の力が必要だってことか」
兵頭の言いぐさに、さすがに苛立つ気配が数人から発せられていた。
神魔が日本に現れ、共生の道を辿るようになって一年と少し。街をふつうの人間のように歩く神魔の存在は急速に身近なものになったが、意識の転換が図れない人もまだ多い。
兵頭が化け物、という神魔は正しくは不可視の次元に存在していた者たちのことで、その次元と同等の力を用いて有事の処理にあたる、という意味では全く間違ってはいない。
ただ、使い方ひとつで言葉は酷く悪意的なものになってしまうのだと司はため息をつく。
実際悪意があるのかどうかはともかくとして。
「現在の神魔の存在は、一世代前の外国人のようなものです。実際、化け物といわれるような存在はまた別にも存在しますよ」
「人智を超えたものを人間は『化け物』っていうんだよ」
司の知る人間ならすかさずこう返すだろう。
『霊装も今の社会も人間が作っているのだからそれは人智の範疇だ』だから化け物ではない、と。
自分がそれを言ったところで何も事態は変わらないので、耐えきれずに口を開きかけた同僚を止めて司は別の切り口から会話を続ける。
「だとしたらこれは我々の管轄ではありません」
「俺たちだってお前らに渡したいとは思ってないが、だったらどこが担当するんだ」
トンネル内で消えた暴走車。それが真実だとすれば、まさしく人智を超えている。
だからその延長で、この事件の担当は特殊部隊の方に流れるという話の流れで兵頭は返した。
自然な会話だ。一方で悪意にも似た言葉の矛先は目の前から消えることとなる。
「俺たち特殊部隊の管轄は、あくまで物質化している神魔がらみの事件。これは物質化とは言えない怪事件の類でしょうから……」
「”お国の術士”、か」
面白くなさそうに兵頭は眉を顰める。
術師というのは現在警察組織を含む、神魔対応及び治安維持部門を一手に管理する『護所局』に所属している。
司や兵頭も広義には同じ所属となるが、彼らはいわゆる陰陽術士で、一年前まで表舞台には出てこなかったものの国家安全に関し歴史の裏側で存在し続けたと言われる組織である。
存在意義については新設された組織に所属する特殊部隊とも、旧態勢からなじみのある一般警察とも一線を画している。
絶対数やその特殊性もあってどちらかというと公安、機密、といった独立要素の強い存在でもあった。
「俺たちもお国の組織ですよ」
「白上、お前は意外としゃあしゃあと言い返すな」
「兵頭さんがいちいち要らない飾り言葉を付けるからでしょう」
相手にしない方がいいとは思いつつも、司だとてそれくらいは言いたくなる。それくらい言ってやると多少溜飲が下るのか、僅かに同僚たちの顔から怒りの気配が散った。
話を続ける。
「見えない者に関しては、彼らの管轄です」
「俺ぁ、奴らは苦手だ」
「こちらから報告しておきますので情報を共有してください」
こういうやり取りをしていると、腹の底から悪意があるわけではないとは分かる。こちらが返す言葉に対して兵頭もいちいち食いついては来ないのだ。
その代わりいちいち面白くないことには一言ついてくるので面倒なわけであるが……とにかく、術士への繋ぎに関してはこちらの方が得手なのでそれは受け持つことにする。
霊装や強化など特殊部隊の装備についても彼らの担当なので、もともとコネクションは持っている。
「草壁。データ渡しとけ」
後でと言わず今なのは、渡されるデータに共有のIDとパスがついているからだ。
草壁といわれた若い隊員は「はい!」と気合の入った返事をするとすぐにこちらにデータを流すためのアクセスコードを尋ねてくる。
対応を京悟に任せて司は術士の側に繋ぎを取った。
その人の名は『
* * *
陰陽師というのはそもそも古き日本の「公務員」であったという。魑魅魍魎を相手に立ち回る創作のイメージが強いが、本来は一種の自然哲学ないし自然科学を担う人々だった。
違和感はあるものの今現在、表舞台に姿を現すようになった彼らは現在でも司や兵頭と同じ公務員である。
「白上くん、確認だけれど君を撃ったのは長銃で間違いないかな」
清明は明らかに偽名だ。安倍晴明になぞらえたものだろう。その装束姿は神魔の存在が確立された現代の日本でもそうは見かけないもので、同世代に見えるものの護所局長山本 和とともにいる姿をよく見かける。
「間違いありません。撃たれる直前に”両手で”構えるのを視認しました」
若い風貌は柔和で、口調もまた荒事に関わるとは到底思えない静かさだった。
今はオンラインの時代に関係者が改めてひとところに集まって、情報を確認している。
特殊部隊からは司を含めた一班の四人、交通機動隊からは隊長の寒川、兵頭、そして草壁だ。対して招集をかけてきた術士の側は清明ひとりだった。
「両手だと?」
「寝ぼけるなよ。あの状態で両手離しでバイクまっすぐ走らせる訳がないだろう」
「ライフルは片手で撃てるものなんですか?」
兵頭は片眉を跳ね上げて司を振り返ったが、そういわれて閉口する。
神魔が現れる直前。
一時期、人間が無差別に襲われた
民間人でも武器の携帯が不問とされたのはその時だが、現在もせいぜいが拳銃までだ。それ以前から警察でも基本的には長銃は扱わず、拳銃を使った訓練しか行われていない。
純粋な疑問の前に経験をもって答えられるものはいなかった。
「片手で撃てるものもあれば、無理なものもあります。それが可能かは銃の種類か使い手の技量によるでしょうね」
清明は落としどころをわきまえているようで、間に入って話を進める。
「いずれにしても現在の日本で、それだけの長銃を持っている者であろうとそれを片手で扱う技量があろうと、そういう人間が問題を起こしていること自体が問題です」
その通りだ。暴走車というだけでも異常事態であったのに、人に向かって凶弾を放つ人間が野放しにされることは全く好ましいことではない。
寒川が司に促した。
「他に気づいたことはあるか? 銃を視認したなら姿も見えたろう」
「……実は」
司にしては珍しく、戸惑ったように視線を落とし、言いづらそうにしながらも口を開いた。
「正直なところ、光量が少なすぎて詳細は識別しきれませんでした。ただ、ヘルメットが」
「メットがどうした」
「ハーフタイプだったかと」
「!?」
ありえない! 叫んで立ち上がったのは草壁だった。
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近況ノート(清明イメージイラスト)https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16818093078296291142
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