6.訪問者

 ハーフタイプのヘルメットというのは例えば、自転車で使われているものだ。頭部だけを覆うタイプで、排気量の多いバイクで高速走行をする場合に用いるのは危険なものでもある。


「白上さんは我々を馬鹿にしてるんですか!?」

「落ち着け草壁。シールドがあるものなら使用する人間もいるだろう。それも視認は不可能だったか?」

「いいえ、シールドはありませんでした」


 交通機動隊もまた、ハーフタイプとフルタイプを使い分けてはいる。だが高速道路での取り締まりは当然にフルタイプとなる。バイクの場合は転べば死にも直結しかねないので頭部保護には慎重だった。


「なぜ分かる?」

「なぜといわれても困るんですが……あぁ、そうだ。鍔(つば)があったからか。クラシカルな映画に出てくるイメージのものに近いかと」


 荒天時、高速で巻き起こった瞬間的な光景だ。それでも司は違和感を自問しながら印象を引き出す。それでますます嫌悪を抱いたように草壁の顔が歪んだが、あくまで印象なのでどうしてみようもない。


「記憶が曖昧すぎます。混乱するだけですから、映像で分析してください」

「いいや。大事な情報だ」

「僕が見たときは全身影のような姿でした。真っ黒なライダースーツとフルフェイスでしょう。信じるんですか? こんな話」

「映像の分析はあてにならないよ。トンネルで消えたものをどうして既存の映像技術で解析しきれると?」

「っ!」


 清明の静かな声に草壁が押し黙ると諭すような微笑みを宿す瞳を清明は司に向けた。


「ほかには?」

「……」


 だがここで司も黙ってしまったので、会話は途切れた。代わりに一緒に追っていた一班の同僚が声を挙げる。


「服装はスーツではなく、色も黒ではないと思います」

「なぜ?」

「黒だったら黒に見えるでしょう。それより少し、彩度が上だった気が。服装もスーツほどタイトじゃなかった」

「! 僕も目視しましたが、セパレーツではなかったです」


 草壁がふたたびこちらの見立てと違うのか声を上げた。どの段階で目視したのかは不明だが、これには兵頭も同意を示しながら加える。


「俺たちは交通取り締まりのプロだ。そんなもん見慣れてるんだよ」

「……」

「色は照明の色、天候、視力などにもよって時と場合によって印象が違います。服装は……まぁ、手配をかけるには必要でしょうが次も同じとは限らない。そこは寒川さんたちにお任せしましょう」


 交通、手配関係の主任は機動隊。特殊部隊は情報共有と有事の際のサポートと役割を決めて一旦の解散となる。

 あまり後味の良い打ち合わせではなかった。

 ここが特殊部隊の棟でもあるので機動隊の方が興奮気味かつ不愉快そうに出て行ったあとだ。なんだか非常に疲れた気分で司たちもため息交じりに会議室を後にする。


「司、客来てんぞ。情報局の女子」


 階段を降り切ると同期が声をかけてきた。呼びに来たのか案内をしていたのかその後ろには、素直な黒髪を短めのレイヤーショートにした白い制服の女子の姿がある。


「戸越さん、だっけ? おつかれさま」

「おつかれさまです。会議、終わりました?」

「終わった終わった。疲れたから休憩するとこ」


 メンタル的な消耗が激しいことはみな共通していたので各自も解散。それを見送って司は彼女の名前を呼ぶ。


「忍、どうしたんだ」

「私も疲れたから休憩。散歩がてら書類を届けに来たんだよ」


 忍は本当に時々だがこうして顔を見せる。司の双子の妹、シンの親友でもある。

 ネットワークが発展しても『紙』という媒体はなかなか無くならない。事務室での仕事が窮屈になると口実を作るのには誰かのためになり、自分のためにもなる良いお使いでもある。


「難しい事件?」

「そうでもない」

「司くんも少し疲れてるみたい。そうでもなくなさそうだ」


 忍は僅かな変化に聡い。苦笑して飲み物でも買って休憩に誘おうとしたところで階段上から声がかかった。


「戸越さん? 久しぶりですね」

「あ、清明さんだ。こんにちは。……清明さんがいるってことはとても重篤な事件が発生している」


 聡いどころか鋭すぎて時々、司にとって好ましくない方向へ事態が転がることもある。本部と連絡を取るために会議室に一人残っていた清明は、長い装束の裾を揺らして階段を降りてきた。


「事件じゃなくても、霊装なんかの調整で来ることはよくあるよ?」

「でもここの会議室はあまり使わないですよね?」


 とアドリブで返してから忍は更に思いついたように司の方を振り返った。


「この上の階ってセキュリティがひとつ厳しい専用回線とかあるんじゃなかったっけ?」


 詮索をしているつもりはないのだ。首を突っ込むつもりでもない。ただの純粋な疑問。記憶のすり合わせをしているに過ぎない。

 だからこそ、司はここで少々の危機感を覚えながらも、早々の負け……のような何とも言えない心地に陥ってしまう。


「相変わらずいい勘をしている。いっそ、彼女に意見を聞いてみたらどうかな」

「それは駄目です。管轄外なので」

「でも危険な場所が分かったら、それくらいは君も妹に注意を促すだろう? そうしたら結局、戸越さんに情報が渡ってすり合わせをするんじゃないの?」

「……清明さんが今、そうなるように情報を与えてしまいました」


 確信犯なのかくすくすと笑みを漏らしながら、司の言葉を受けている。今ので忍は『未来に与えられる警告』と『現在の事件』に接点を持ってしまった。

 性格からいって、その時になったら調べだす。

 今、教えても大差がない事態だ。


「何か危ないことが起こってるんですか?」

「今現在は過去形だけど、そういう予感はあるね」

「清明さんがそういうなら……ぜひ聞いてみましょうか」


 清明は、自分たちの人間関係を知っている。

 彼女が神魔と共生するきっかけになった「始めの接触者」近江秋葉おうみあきばの同期であり、それとは別に司の妹と懇意であること、そしてそれぞれを接点として司もまた、護所局に入るきっかけとなったこと。

 ただそこに感心を持つのは、彼の個人的な興味なのか、他に理由があるのかは知れない。

 今わかるのは、彼女を得体のしれない事件に巻き込んでしまったということだけだった。

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