7.新たな協力者

 とはいえ。

 忍に巻き込まれているという自覚はなかった。目の前に現れた事象に向き合うのが彼女の良いところでもあり、悪いところでもある。

 その細心さもあって、こういったことでは徹底して協力的で役に立ってくれることもまた、否めなかった。


「清明さん、どういうつもりですか」

「彼女に現時点での機密を教えたこと? それはもちろん、情報局からも手伝いが欲しかったからだよ」


 確かに全く顔も知らない人間よりは、既知の人選の方が危なげはないだろう。忍は発想力においても人とは少し違う視点を持っている。違う視点というより、正しくは多角度的なものの見方、というべきか。


「機動隊は旧体制の維持組織のせいか少し頭が固いところもあるし、いいブレインストーミングにもなっただろう? 硬化後のクールダウンも大事だよ。君なら分かっているだろうけど」


 清明と話している忍は、話しながら次々と「違う視点」を投げかけていた。思考に瞬発力があるのだ。テンポの良い会話が彼にしてみると面白いらしく、同じ話をしているのになんとなく楽しいような雰囲気は司にも伝わっていた。


「俺が知っているのは身体ケアの方面だけです。あれだけ思考の交換をしてクールダウンになるのかどうか謎ですが」

「そういう君も、さっきよりさっぱりした顔をしている。柔軟体操は十分できたようだけど」


 わざと会話を流しても戻される。一筋縄ではいかない相手だ。むしろ自分に相手は無理だろう。

 司は早々に諦めて、無人になった会議室を施錠する。

 三人は上階の会議室に戻り、事件の復習を行っていたが同じことを繰り返しただけのはずが大分何かが変わっていたように思う。

 気のせいか、話が進んだ気にすらなるのは忍はいくらかのデータをお持ち帰りして宿題にしてまで考えたがってくれたせいかもしれない。前向きなことだ。


「正直、複雑です」

「君が一番伏せてほしいだろうことは言わなかった。それでいいだろう?」

「?」


 清明はそして、頬を崩して何事もないように告げてくる。


「銃撃を受けて中央分離帯にたたきつけられたこと」

「……絶対に言わないでください」


 忍に洩れたらしんにも伝わる。

 こういう社会になる前、両親を失った司にとって、しかもただの妹ではなく片割れともいうべき唯一の家族。

 その家族と忍は、常に情報共有を図っている節がある。

 彼女も心配してくれるだろうが、護所局とは無関係の家族は仕事のことで心配させたくはない。


 と思ったにもかかわらず。数日後。


「司くん、銃撃の際に起き上がれなくなるくらいの勢いで中央分離帯にたたきつけられたんだって?」


 忍の方からそう声をかけてきた。


「……どこで知ったんだ」

「データを引き出していれば知るよ。このこと、もりちゃんは知って……」

「言わないでくれ」


 その後検査も受けたが異常はなかったこと、打ち身程度で済んだことを教えて口止めをする。この辺りをいきなり告げ口しないあたりはよく考えてくれているが、よく考えているだけに……


「私はもりちゃんに、大事な大事な片割れの司くんのことで何かあったら情報共有をするように約束してるんだ。それを言うなとは?」

「……代わりに何か、してほしいことがあるか?」

「ないけど」


 あからさまに脅してくるタイプでもないので取引するでもなく困るが、基本的に中立ニュートラルではあるため、状況次第で黙っていてくれることを司は知っている。


「何事もなかったんだ。荒らす必要はないだろう」

「それはそうだけど知ったのに黙っている私はどうしたらいい?」

「どうしたい?」


 純粋な疑問を後押ししてやると、考え始めている。


「……司くんが、ちゃんと本件のことで情報共有をしてくれるなら黙っていてもいい」


 それは森ちゃんとの約束を守ることにもなるから。と忍は付け加えている。

 その約束が何なのか、司は詳しく知らないが二人は何かしらの約束をしていて、それはどうもこんな仕事をする司に危険がなるべく及ばないようにするためのものらしい。

 だから、結果的に司の安全確保に協力ができるなら良い、とのことだろう。


 しかし、司はこれで彼女に包み隠さず情報を渡す羽目になってしまう。

 その中には今回のように、妹に黙っていて欲しいことももちろん、含まれる。


「運命共同体みたいだな……」

「どういう意味で?」

「いや、なんとなく」


 忍にとってはそうでもない。しかし、司にとっては「知られたらしんに怒られる」という点では、同じことのように思える。

 自身が怪我をするよりも重要ではなかろうか。


「それで、他に隠してることはないかな」

「ないから」


 本当にないのに目をそらしてしまった。

 どうして楽しそうなんだ。涼しげな笑みで聞いてきた忍に、更に余計な楽しみを与えてしまったことは司も理解している。


「ホントに?」

「本当だ。この間の情報共有の話は一部の同期にもちゃんと話してある」

「なんで一部なの?」

「指示系統があるから、全員にする話じゃない」


 本流に戻って司は何人かの名前を挙げた。あの場に居合わせた一班と南、それから浅井になる。


「浅井さんは知ってる。南さんも一番年上っぽいし分かる。でもあとは覚えられない気しかしない」


 本人曰く。人の顔覚えられない病の罹患者なので、名前と顔が一致しないまま事件が終了しそうな未来が見えているようだ。

 司の不在時には南か浅井に繋ぎをお願いすると言って「それで」と忍は話を進めてきた。


「中央分離帯にたたきつけられて、怪我はなかったの?」


 心配という名の本題が後からついてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る