8.不協和音
その事件は、足音を割と大きく立てながら近づいてきていた。
「正体不明の暴走車」。
これによる事故が、あからさまに増えていた。
「お前らいい加減にしろよ! 事故が増えてんのは人災だぞ!」
「何を分かった口を……首都高でバイク一台捕まえられない奴らがしゃしゃり出てくるな!」
事故の増加と、機動隊の一部が情報共有をしなかったことで遂に機動隊と特殊部隊の隊員が衝突を表面化させてしまった。
「御岳、やめろ」
「やめられっか。オレたちは一度でもこいつらに何か悪いことしたかよ!」
その通りだ。険悪ではあるが、こちらから非協力的なことなんて一度もしていない。
だがこういう時は大抵、受け入れる側が相応の対応をしてくれなければ不和や亀裂がどこかしらに生じてしまうもので……一度生じた亀裂は全員が揃って簡単に譲れるものではなかった。
「寒川さんはその件については謝ってくれている。ここで揉めても仕方ないだろう」
「白上さん、あなただって証言がまるででたらめだったじゃないですか。収めているつもりで混乱させたことを分かっているんですか」
そうきついまなざしで責めてきたのは草壁だった。その記録は司にも回ってきていた。映像に映っていたのは、黒いライダースーツの影だった。激しい雨風の中であったが、少なくとも、犯人の装備がハーフヘルメットではないことは確認されていた。
「司は絶対とは言ってないだろ。証言の段階で信用して採用してたわけじゃあるまいし、それはあまりな言い方じゃ」
「お前ら何やってんだ」
タイミングがいいのか悪いのか、やってきたのは兵頭だった。
「アゴヒゲ。お前も情報隠ぺい組か」
「御岳……!」
さすがに年長者にも歯に衣着せぬ隼人の言葉に、同じ若手に嫌悪を示し始めていた同期たちも制止の側に回ったが遅かった。
「あぁ、情報開示の件か。お前らの信用がないのが悪いんだろ」
「んだとぉ!?」
白けた顔で手をひらひらと振って、今日はさして相手にもせず集まっている青ベースと白の制服若手に行った行ったと解散を促している。
「兵頭さん!」
「お前もあんまり相手にすんなよ。俺ぁこれから原宿方面!」
そう言い残してさっさとバイクを走らせて去って行った。
不承不承、他の隊員たちも去り、草壁一人が残る。
「むかつく!」
「それはこっちも同じです。学生気分で仕事されてたらたまらないんですよ、僕たちは」
「誰が学生気分だよ!」
確かに同期の年齢層を考えればそう見えないこともないのだろうが、これには同期たちも再び怒りの気配を漂わせ始めている。
草壁がなぜここまで噛みついてくるのか知れないが、抑えるべきは多勢になった自分たちの方だ。司は最前で相手をしている御岳の肩を掴んだ。
「いい加減にしろ、御岳」
「あぁ?」
止めた司に対しても怒りをはらませながら御岳は鋭く視線だけで振り返ってくる。遅れて肩ごと司に身体を向けた。
「司……お前もいい加減にしとけよ。それは隊長命令なのか」
止めたことに対して怒っている。しかし隊長権限など振りかざすまでもない事態であり司はこう言うしかない。
「命令じゃない。俺は俺が面倒ごとに巻き込まれたくないだけだ」
同期だからこそきっぱり言ってやる。すると周りのやつらが少し冷静になって御岳を止める側に回ってくれた。
「御岳、やめとけ。司を怒らせるな」
「怒ってないだろ。これくらいで怒らないだろ。ってかなんでそいつの暴言には怒らないのに俺が怒られるんだよ!?」
「よそでやれって言ってるんだよ」
そう、司は自分のいないところで、時間外にやりあう分には何も言わないタイプだ。必要なところだけ抑えるがあとは勝手にやりなさいというなかなかの放任っぷりである。
もっとも同じ年代の男どもなのだから放任しないで面倒を見てやること自体がおかしい。
今は明らかに協働が必要な相手だから、面倒を見ることは辞せないが、それでもやりあいたければよそでやるべきだろう。
その明確な意図を察した御岳は押し黙る。
それをこれ見よがしに草壁が言い放った。
「自分は白バイ隊員になるのが夢だったんです。こんな時代になってもそれは変わりませんでした。あんたたちみたいにさっさと時代になじんだ人間には分からないでしょうけど、俺はそうでない兵頭さんを尊敬しています」
夢。草壁がつっかかるのはそれが理由か。
周りの同期も理解する。それで少しだけ口調を緩めて隼人が呆れなのか自分を落ち着かせるためか、ため息をつきながら口を開く。
「あのな、俺たちだって将来の夢くらいあったんだぞ?」
「その夢は諦めてもいいくらいのものだったのでは」
その言葉に全員が静まり返った。
反論できない、といえばできなかったのかもしれない。違うとも言えないし、そうだともいえない。
そんなことは突き詰めたことがなかった。そういう時代の転換点で彼らは、今を選んだのだから。
草壁は全員黙らせたことをどう取ったのか、あるいはそんなことはどうでもよかったのか、そこからは無言で去っていった。
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