9.証言の疑義

 新たな情報は特殊部隊に開示された。それから数日の状況を足して眺めて分かったことがある。

 それは非常に単純で、簡潔なことだった。


「……なんか、渋谷方面に集中してないか」

「してる」

「浅井、前に夜勤の時に暴走バイク見たって言ってなかった?」

「言いました」


 過去形でないのは誰もが事件との関連の可能性を見出しているからだ。

 通報個所の中には深夜のスクランブル交差点も含まれていた。


「これ、どうするよ」

「機動隊からは巡回の要請は来ていない。分かりやすくどうにかするのはやめた方がいいだろう」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。絶対また何か起こるぞ」

「隼人、お前が揉めるからあからさま目立つなって言ってんの。分かりにくくやればいいってことなんだろ? 司」


 司の発言の意図を汲めた者、汲まなかった者、半々といったところだ。通常の巡回ルートで時間的なウェイトを振り分けてやればいい。

 連絡系統だけ確認をして警戒地域を絞り込む。


「観光、地元民限らず通るとこ多いな。これ清明さん気づいてるかな?」

「気づいてるだろう。俺たちも気づいたくらいだし」


 とはいえ、首都高で起きたような不可解な現象はあれ以降、起きていないようだ。普通に振り切られて逃げられているか通報後にはみつからなかったか。

 事故はバイクに驚いての自爆と二次事故がほとんどで、歩行者が撥ねられただとか撃たれたということがないのは幸いだと言えるだろう。


「こんにちは」


 隼人と制御役の京悟が組んで巡回に出たあとに、忍がやってきた。

 立ち位置としては組織というより特命で個人的に調査に組み込まれているようで、時折清明との繋ぎや情報確認でやってくる。


「忍さん、うちに情報伏せられてたの知ってました?」


 一緒に残っていた浅井が聞いた。


「少し前に聞きました。酷すぎ。そんなわけで挽回したく、がんばって集めた映像を持ってきました」


 秘匿というほど秘匿にするメンバーもおらず、大型モニターに映し出さなければならないほど大げさでもなく、自前のデバイスを忍は開く。

 そこに残っていた面子が集まってきて画面を半円状になって後ろから覗き込んだ。


「これ、代官町のトンネル前で止められてた車のドラレコの記録です」

「……止められてた車って、一般車?」

「そうです」

「あの後すぐに下道に下ろされてただろ。どうやって捕まえたんだ?」

「頑張って」


 忍がこんなふうに抽象的な言葉を使うときは、本当に手の込んだことをしたり本当に頑張った時だということを司は知っている。

 知らない面子からすると、「う、うん……」みたいな感じになるわけだが、そこはきちんと説明もしてくれた。


「その大分手前に記録されていたあちこちにある監視カメラやらオービスやらから車の流れを確認して、代官町までの距離を確認して、大体あの時間にあの場所にいたっぽい車を割り出して……」


 簡単に言っているが、普段捜査とは全く違う部署にいる忍にとって簡単だったかは謎だ。


「ナンバーから持ち主出してもらって、越権行為で片っ端から確認の電話して」

「越権行為」

「本当は機動隊の仕事では? でも清明さんに必要な情報は手配してもらったし、そっちの方は問題ないです」


 どっちだろうか。今は聞かない方がいいだろう。

 少し前に聞いてからの行動にしては仕事が速いがこちらの各上層部をスキップできる清明も絡んでいるので異例ではあると思われる。

 ディスプレイに画像が開かれた。


「これ……」


 全員が身を乗り出すようにして確認する。

 多少ぶれて暗い色であるが、そこにはハーフヘルメットと深緑のセットアップを着こんだ男と思しき後姿が映っていた。


「司くんは間違ってない」

「黒いライダースーツとかシルエットがどうとか言ってたけど、向こうが間違ってたってことですか?」


 浅井が聞いた。


「いや、その画像は俺も確認している。ライダースーツかどうかは分からないが、確かに全身が黒づくめでもっとタイトな形には見えた」

「じゃあこれは?」

「これは司くんが距離を詰めているだろう時に撮られたものです」

「そうだな、北の丸っぽい橋は写ってるけど司は写ってないから」

「こっちを見てください」


 そして続いて開かれたもの。そこには驚くべきものが写り込んでいた。


「……二人いる。ように見える」

「います。多分」

「なにこれ、心霊写真?」


 その割にははっきり写っている。

 司が肉薄した瞬間に近いもののようだ。バイクの『後ろ』に乗った先ほどの服装の男が長銃を構えんとして上体を捻って後方に向いている。

 写りが悪く、顔をこそ見えないものの、今度はハーフヘルメットの形もよく見て取れ、司の記憶は間違っていないことを示していた。

 しかし、どうやら運転をしている人間がもう一人いるように見える。

 そのあたりの深度で画像がぶれているし角度的に見づらいが、ハンドルを握る手と腕が別に見えている。


「やめてください、怖いから」

「いやでも」

「やめて」


 口調はしっかりしているが忍が本気で嫌がることは知っていたので心中、居た堪れなくなって司が先に進める。


「忍、このことを清明さんには?」

「もちろん報告したよ。でも交通機動隊には回さないようにお願いしてある」

「先にバレたら大変なことになりそうな事態だな」

「実はSNS上で調べたものも含まれるから……機動隊の方が正規の手順でたどり着くには時間がかかると思うんです」


 この辺りのアプローチは組織では難しいことだろう。清明が忍を抜擢した理由が分かる気がする。非公式情報ということで現在進めているようだ。


「それにこうなると科学解析の分野ではない気がしますし、清明さんの方も要検証な段階かなと。あと、私はあくまで術士側の協力者という扱いなので、皆さんがうかつに口外しなければ機動隊の方は大丈夫だと思います」


 ここにデータを持ってきてくれてはいるが、立場的には決して特殊部隊付きではないということだ。忍の言う通り余計なことさえ言わなければ問題はないだろう。

 亀裂が深くならないよう口外しないことに決めて、改めて画像をしっかり見ることにする。


「あれ? この銃って……」


 ふと、モニターを司の右手で覗いていた斎藤から疑問の声が上がる。

 目線の先は、後ろにいる男が構えている長銃だった。

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