4.疾走する影

 折からの強雨。自分たちの移動速度が速いので叩きつけるような雨粒を頬に感じながら高速道路が地上部に出る場所まで最短で移動する。

 霞が関付近は多くが地下に潜っているため、そこを行くより早いのだ。

 高架に辿り着くとそこは規制がかけられ、すでに大渋滞が起きていた。


「こんな時に暴走とか、気が触れてる」

気狂きちがいだから暴走するんだろ。死にたいやつはタチ悪いぞ気をつけろ」


 死ぬとか死なないとか考えていないから出来る芸当だろうがこの場合、それを勘案しないのが死にたがりという。


「三班! ジャンクション方面へ回れ! 残りはこのまま分岐まで上がる!」


 無線は入っているが司は声を張り上げる。肉声で捉えた者の方が多く、合流地点から半分が右手に別れた。

「間に合って」いるようでここまで暴走車の影はない。

 だとすると高速道路上の経路はふたつ。

 一ツ橋ジャンクションを司たちに向かって分岐するか、そのまままっすぐ浅井たちの向かった江戸橋に向かうかだ。

 暴走車がどちらに通り過ぎてもこの位置なら三班と挟み撃ちにすることは可能だ。


「来た!」


 それはちょうどジャンクションがうねり、各方面からの道路が立体交差するランプだった。

 雨で視界が悪い。猛スピードでカーブを下る黒いバイクは天候の悪さに紛れるように直下を横切って行った。


「一ツ橋ジャンクション霞が関方面に向けて通過。全班合流!」


 場所も悪いのだ。狭い首都高はジャンクションになるとことさら狭く、一車線になる。するとどうなるか。路肩が両脇に確保でき、バイクにとっては道が広くなる。つまりこの場合、減速すらせずに一気に抜けられるということだ。


「まずい……まずいぞ」


 一班は現在4人編成。

 高速機動を誇る特殊部隊も人間だ。

 直線で足場のない場所ではさすがに飛ばすバイクには追い付けない。

 現状路肩を抜けているだけなので車がいても事故は起こらないが、この辺りはただ道脇にコンクリートが低い壁を作るだけで彼らにとっては、グラウンドで走らされているのと同じなのである。

 ギリギリ追走はしているものの、距離が縮まらない。

 その一方で、機動隊の白バイの姿が後方にちらついてきている。


「地下に潜る前に確保する」


 都心を血管のように走る首都高は、高架である箇所も多いが中央に近づくほど地下を走る。

 先ほど北上を開始した霞が関近辺は特に長いトンネルになっていて、そこまで入られると追走は事実上不可能に思われた。

 首都高の天井は低く「上」に向けて強い特殊部隊の機動力は活かしきれない。更に車専用のトンネルという特殊構造上、車以外の足場がないどころか、下手をすれば大型車に進路すら塞がれてしまう。

 そこまで行ってしまったら機動隊に任せて先回りして協働する方針に切り替えた方が得策だが、そこまで行く前に捕まえるのが最善である。


「最悪、代官町で上から回り込む手筈で頼む」


 合流地点を過ぎると二車線になり渋滞する車の間を縫うようにバイクは抜けていく。しかし車自体が二列になって障害となることで速度は緩んだ。

 この機を逃さずに司はスピードを上げた。

 左手に防音壁が現れる。ここが新たな足場になる。中央に立つ道路照明の柱と、そして首都高の上を渡る一般道のごく短い跨道橋(こどうきょう)。

 これらをバネに使うのだ。

 が、横に大きく振れなければならないこの方法は非常に負担が大きく、短距離で距離を詰める苦肉の策でしかない。

 突出した司は代官町手前、北の丸公園から伸びる一般道の跨道橋(こどうきょう)下でそれを捉えた。


 距離を測って防音壁から跨道橋(こどうきょう)の”底面”を足場にして上空から強襲する。……はずだった。


「!!」


 ドン!と短い音がして司は次の瞬間、弾き飛ばされたように中央分離帯に背中から激突し、動かなくなった。

 これを見て焦ったのは同僚だ。

 何が起こったのか全く理解できなかった。ただそれも一瞬だった。


「俺が行く!」


 一人が止めかけた脚をすかさず司の元へ向かわせ、残る二人がそのまま代官町の短いトンネルに入るバイクを追って、地上から追走する。

 追ってきた白バイも目線だけで司の姿を捉えるとトンネルへ消えていった。


 回り込めと言ったのは、規制の掛けられた狭いトンネル内でバイクは速度を必ず落とさざるを得ないからだ。

 足場の多い地上からなら回り込める算段は、間違ってはいない。

 ただし、トンネル内で事故が起こる確率は非常に上がるため、司にしてみるとその手前で確保したかったわけであるが……


「司! しっかりしろ! 司!!」

「……っ……」


 意識はあった。あまりの強打に身体が動かなかった。それでも同僚の一人が駆け付けるとなんとか呼吸を整えて、身体を起こそうと試みる。

 そこへ三班の橘京悟が駆け付ける。残りはやはり、直進だ。


「どうしたんだ!」

「バイクを捉えようとした瞬間、吹っ飛ばされたんだ」

「吹っ飛ばされた!?」

「あいつ、銃をもってやがった。しかも長銃だった」


 信じがたい、と冷や汗でもかきそうな同僚の表情に、京悟も眉を顰(ひそ)める。


「長銃だって……?」


 そんなものを持っていれば、通信から情報が入るはずだ。武器を所持することを禁止されていない現在、短銃を持つ可能性はないこともないが、さすがに長銃を持つ者はいない。

 第一、司なら目視でそれがわかれば警戒するはずだ。

 実際、司にもそれが見えていなかった。


「俺の見間違いかもしれないけど……」

「いや、あれは銃だった。けどあれは……」

「無理するな。きっとすぐ続報が入る」


 司が片手で頭を押さえながら辛そうにする様子に、京悟が声をかける。

 京悟の言う通り、それはすぐだった。しかし、内容は耳を疑うほかはないものだった。


『司、大丈夫か?』


 現状にしてはのん気にも聞こえる、その呼びかけ。


「あぁ、大丈夫だ。どうした?」


 答える声はどこか呆然ともしているのは気のせいだろうか。


『一班、三班トンネルの出口で待機中。けどな、出てきたの白バイの兵頭さんだけだ』

「!?」


 続報は続く。


『他のやつらは兵頭さんのとこ行った。でも、兵頭さんも困惑してるみたいだ』


 それはつまり。


『追走していたバイクが、消えたらしい』


 標的の突然の消失だった。




**今回の調べもの**

逃走・追走ルートと各所要時間

ジャンクションから代官山トンネルまで、実際の景色をもとに描写されています。


【SpeedyAge】第3,4話に登場する現実的な裏付け&舞台裏

 https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16818093078188372122

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