3.5月13日-警報級大雨

 最近、特殊部隊の勤務体制は三交代になった。

 通常時間で出勤をする日勤、夕方に交代する遅番、そして真夜中から朝までを担当する深夜勤だ。


「一昨日、渋谷のスクランブルで猛スピードで交差点をつっきるバイクを見かけたんですが……機動隊に連絡しておいた方がいいと思いますか?」


 そう声を挙げたのは、深夜勤の担当だった浅井だ。


「難しいな。知ってます、って言われたら立つ瀬もないし、ていうかなんで一昨日なんだよ」

「深夜明けで昨日休みだったから」


 この辺りは試行錯誤だが、とりあえず現在は夜勤者の翌日は休日となっている。浅井は仕事に対してとても真摯に取り組むので、この遅い報告は珍しい。


「巡回帰ってみんなにも聞いたんだけど、朝バタバタしててすっかり忘れてたんですよね」

「いいんじゃね。忘れて済むようなことなら」


 それくらいの認識で話が進んでいるのは相手が機動隊だからだ。

 身、ひとつで機動力の高い特殊部隊はスピード違反で逃げまくるバイクを捕まえることくらい訳ないのだが、それをやってまず非常に不評をくらったことがある。

 親切が相手にとっては迷惑だった典型的な例。悪いことを全くしているわけではないのに、難しい。


「バイクだと通報してももう何キロ先に移動してるかわからないしな」

「そうなんですよね。ナンバーも見えなかったし一瞬だったので」


 平日の終電後はさすがにスクランブル交差点も人通りが絶える。真夜中過ぎであれば数十人といったところだが、あの広さだと本当にまばらという感じだ。

 巡回経路なので大抵、通るが意外と大抵、何も事件は起きない場所でもある。


「というか、目の前で違反してるのに全然捕まえない警官は普通にいるから、いちいち連絡してたら怒られそう」

「俺、学生の時にうっかり自転車で信号無視した先に警官いたとき、びくってなった」


 それだけで済んだという話だろう。まぁよくある話だ。


「常習犯で情報が流れてくる案件以外は、そのままでもいいと思うがとりあえず記憶だけしておいたらどうだ?」

「記憶に残るくらい強烈なのはやばいってことですもんね」


 司が提案するとあっさり浅井はそれを飲む。

 そんなやりとりがあったのが三日前。

 5月13日。

 その日は前線が通過する影響で日本中が雨だった。

 特に東日本、北日本で断続的に雨が降り、各地で警報級の大雨の予報は完全に的中していた。


「風強すぎ。さすがに高層移動は無理だった」

「なんで緊急事態でもないのに高層移動するんだよ。普通にアーケードとか歩けよ」


 この場合の高層というのはせいぜい4,5階のビルの上を超えるという意味であって、さすがに高層ビルの上というわけではない。

 彼らの巡回経路は割とざっくりで、地上を歩くかちょっと上層を移動するかはその時々、個々の判断による。もちろん理由もあって高いところから眺める方が広域的に巡回が出来るという時短技でもある。


「首都高、渋谷線で事故ってた」

「事故は3か所か。渋滞の方がすごいな」


 17時24分。終業時間も過ぎて日勤者は帰り支度をし始めながらもモニターを切り替えてなんとなく交通情報をチェックする。事故は西側の方に集中していて、中央付近から西側は渋滞を示す橙色と真っ赤なラインで埋め尽くされている。

 傘が凶器になって吹っ飛んできそうな風なので、こんな日に高速走行する方がまず無理であろう。

 そしてやはりなんとなく眺めていると突然、西側の事故発生を示す×印が3つ増えた。


「車線規制されて動きにくいせいかな」

「どうだろう。起こるときは起こるからな。電車の方も情報確認してから出た方がよさそうだな」


 そして見ているとバツ印が新しくポップする。ポップ、ポップ、ポップ……


「これな、やばい奴じゃないか?」

「日勤組も帰らないで待機してくれ。俺も少し待つ」


 窓は締まっているのに雨の音が聞こえてくる。

 司は判断するが、待機の必要はなかった。


『特殊部隊に緊急応援要請。C2中央環状線にて暴走車発生による事故が多発中。至急、出動してください』

「!」

『暴走車はC2新宿方面から5号首都高池袋線をC1中央環状線に向かって進行中』


 モニターには進路と、進路予測が表示されている。大まかに言ってしまえば都心を走る外環を北上し、池袋から中央に向かって折り返し南下するコースだった。


「暴走車!?」

「バイクだろ。それよりどうする? 進路が読めないぞ」

「だから俺たちに要請がかかっている。中央側から攻めるぞ」


 大雨の中の暴走車。どれくらいのスピードで走っているかはわからないが、事故が起こらない方がおかしい。

 首都高の走る二十三区の中心部はさほど面積的には広くない。そんな狭い都市内を首都高速は血管のように網を張っている。検問を設ける前にどこかしらに逃げられれば被害が拡大する。もはやスピード勝負で捕まえるしかない事態なのは目に見えていた。

 大雨と風の中、居合わせた全員は最大速度で現場に急行する事態となる。


「浅井、七五三木と二班は江戸橋ジャンクションから回ってくれ。一、三班は竹橋から入るぞ」


 池袋線からまっすぐに沿岸部に向かって伸びる高速道。それが途中からそのまま中央環状線に代わる。その起点が竹橋ジャンクション、そしてふたつ遠いところが江戸橋ジャンクション。

 浅井と七五三木は移動が速いのでそちらに回す。竹橋ジャンクションまでは最寄りの霞が関ICから北上するだけで到達できるので、速度さえ担保できれば先回りは可能だろう。

 一方で江戸橋を逃すと臨海、神奈川、千葉、果ては外環まで移動可能でルートが絞れなくなってしまう。

 途中で降りる可能性もあるだろうが、送られてくる速度からしてその気配は見られない。そう考えていると機動隊からも高速道路のみ管轄するよう通信が入った。





**今回の調べもの**

渋谷の夜間の交通量(平日・休日)

首都高全図と混雑具合

5月13日は実際執筆した日で、天気、時刻や首都高の状況もほぼリアルタイムに反映。作中の首都高状況は近況ノートに画像掲載してます

 https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16818093078129714251

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る