2.緊急出動

 10分圏内。

 それは普通の交通手段で言えば車でそれくらいの場所だった。

 5分といったのは彼らの移動時間である。前述したように彼らの移動経路はできうる限りのほぼ直線な上に、緊急時は信号も人ごみも渋滞もほぼ無関係のためにそんな時間で到着が可能となる。

 ただし永田町交差点までの道は、ほぼ片側三車線の悠然とした道路でつながれているため、わざわざビルを足場にしたりはせずに都道、国道の通り沿いに跳ぶ。一斉出動したため足場は各々だ。


 ダン。


 とクッションの聞いた音を立てて車の天井を踏んだ音がそこここで響いてもいる。

 特殊部隊の緊急出動は市井しせいには「遭遇したら運がいい」といった程度の認識になっていて、出動すると接近距離に応じてアラートがドライバーに告知をするため、すかさず撮影しようとカメラをかざす者もいる。

 もっとも、そんな場所を通り過ぎるのも一瞬だ。

 その一瞬の中に、白黒の見慣れた公用車を見ると、さすがに搭乗者を視認してしまうが事故の規模が大きいからか、あちこちからパトカーも招集されているようだ。

 5分どころか3分ほどで到着するとそこにはすでに交通機動隊の白バイが到着していた。


「遅かったな、白服」


 特殊部隊の制服は、それまでの警察と異なり白いロングコートなので「白服のおまわりさん」と呼ばれることもある。

 略されるとなんともガラの悪い言葉のようにも聞こえるのが不思議だ。


「兵頭さん、状況は?」

「見ればわかるだろう。信号無視の衝突による横転。そこに後続車がつっこんで惨劇だ」

「負傷者の確認と救出に当たります」

「おぅ」


 警察らしからぬ無精ひげを生やした細面の男……兵頭直人はぶっきらぼうに司に応対すると無線でどこかに連絡を取り始めた。

 ぶっきらぼうであるがそれはいつものことで、今のは必要最低限のやりとりであり冷たくあしらわれたわけでもない。その差がわかるのか隼人は若干、面白くなさそうだ。


「橘、御岳。むこうの大型にまわってくれ」


 司は火種になりそうな同僚を京悟に任せて道の反対側に横転している大型トラックと、玉突き状態になっている車の元へ向かわせる。

 救急車もパトカーも、サイレンの音は聞こえているがまだ到着していないので人命救助が第一だ。

 すぐに消防の赤い車体も遠くに見えたが、交差点での大事故だったのでなかなかこちらに進めてこられない様子。

 白バイの隊員だけが渋滞を縫って早々に到着して交通整理などを始めている。

 それがないとこの場合、二次三次と事故の可能性があるため、危険で近づくことも本来は出来ないのだ。


「火がついてる……引火するぞ!」


 事故車の固まった交差点内に入っているのは現在、白服の特殊部隊だけだ。

 声を挙げたのは野次馬だったが煙の位置をすかさず確認すると各自、爆発に巻き込まれないよう撤退する。

 それも一跳びで一瞬だが、判断が速かったのか爆発が速かったのかさえわからないタイミングだった。

 爆音とともに燃え上がったのは最初に横転したらしきトラックだった。現場はさらに騒然となり、少し離れて事故車の陰に身を隠すだけで済んだ者は、すぐさま車内に閉じ込められている者がいないか確認を再開している。

 その時、白バイで到着した交通機動隊の隊員が司の元へやってきた。


「白上、救助は終わりそうか」

「今、全車確認が取れたところです。搭乗者の取りこぼしはないかと」


 機動隊隊長の寒川だ。パッと見は南と同じくらいの年齢に見えるが兵頭より大分落ち着いた面持ちをしている。

 機動隊と特殊部隊は指示系統や所属がそもそも大きく違うので無線のチャンネルも基本的には別である。合わせるより聞きに行った方が早いとやってきたのだろう。

 交差点にはすでに消防車が到着しており、炎上した車の消火活動が始まっている。パトカーも赤色灯をあちこちで点灯させながら集いきったところらしかった。


「迅速な救援、感謝する。こちらも必要数がすべて揃ったから、引継ぎが終わったら解散してくれ」


 その言葉を聞いていた同僚の数人がこちらを振り返って見ている。旧体制を丸ごと維持する一部の一般警察は、人間に関する事件を変わらず総員で管轄しているので、手助けは要らないといえば要らないのだ。

 しかし、わざわざ終業直前で急行した身としては複雑な一言でもある。

 緊急出動から1時間弱。

 有事対応の遅番数名を残して、彼らは帰還する。


「せっかく手伝ってもあれだと……何か、テンション下がるよな」

「必要ありませんからもう帰ってください、みたいに聞こえた」


 無理もない。兵頭があれで、次に口をきいた寒川が解散していいというのはそう聞こえても仕方がない。


「俺たちの役目はあくまでサポートだ。一番肝心な人命救助が間に合ったんだからいいだろう」


 と司がもっともらしいことを言ってみても、釈然としない顔がそこにある。

 言い方を変える。


「俺は一時間で帰れるのはものすごく嬉しいが」

「そうだな。普段でもちょっと片付けしてたらこの時間になるしな」

「確かに聞き方によっては他部署だし早く帰っていいよ、と聞こえないこともなかった」

「寒川さんはさほど意地悪ではないから俺たちも少しあごひげに過敏になっているのかもしれない」


 兵頭がいつのまにかあごひげ呼ばわりになっていることはともかく、一度ポジティブな方向性を示すと、そちらに振れだしたのか溜息は出るものの全員が持ち直す。

 周りの人間には聞こえなかったのかもしれないが、司にはちゃんと去り際に「すまないな」と言っていったので全く意地悪でもないだろう。単に言葉の使い方が淡白だっただけだ。

 司は敢えてそれ以上考えないようにして、開いていた業務用のパソコンを閉じた。


「終業間際だから疲れてたんだろう。何なら食事にでも行くか? 奢るぞ」

「南さんが神だ」

「俺は南さんに労ってもらえたらそれでいい」


 疲れの片鱗すらさせない笑顔で南が誘ってくれたので、単純にもテンションを上げた同僚たちは、遅番を残して、退勤していった。

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