1. はじまりの日常

 交通機動隊と特殊部隊は仲が悪い。

 正しく言うとかつてない規模の社会転換があったこの時代、社会体制が大きく変わる前から存在している交通機動隊が、新組織である特殊部隊に対して快く思っておらず、はじめは一個人の嫌悪から始まったことだった。


「今日は、交通機動隊の兵頭さんに、白バイで、撥ねられました」


 巡回から帰って来るなりことさら小学生の作文朗読のように棒読みで帰着報告をしたのは御岳隼人みたけはやとだった。

 一瞬室内は静まり返ったものの、発声したのが隼人であるとわかると各々残務処理を再開している。


「いくら兵頭さんでも白バイで撥ねられるのお前くらいだぞ」

「んなことねーよ! あの人、いつも誰か狙ってんぞ。次はお前らだ!」

「みんなが狙われてるなら、お前だけ撥ねられるのはお前の責任」


 神魔が観光客よろしく街を行きかうようになった現代日本、東京。

 人外の事件を担当するのがこの特殊部隊の面々だ。といっても一年半ほど前に急ピッチで設立されたため、異例の採用方針や訓練方法の仕方もあって所属しているのはほぼ十~二十代の同世代。

 苦難の訓練期を共に越えたメンバーは、忌憚なき意見を飛ばしあいながら上下のない関係を日々構築している。


「そんなことはない。次はお前だ」

「そういえば埼玉行ったとき、小前田って駅あった。次はおまえだって電光掲示板に出てた」

「何それ怖い」


 聞いてない。

 もうすぐ終業時間であることもあって巡回や引継ぎを終えたメンバーは本日の営業は終了しましたとばかりに雑談交じりで机の上を片付け始めている。


「同僚がバイクに撥ねられたんだぞ? 何か言うことはないのか、司!」

「兵頭さんとバイクは無事だったか?」

「無事だよ! あいつ轢き逃げして行ったんだよ! 警察に届け出ろよ!」

「俺たちも警察だよ」


 司はこの同僚たちを取り仕切る隊長格を賜っているが、自己推薦でもない上に同期のお世話係ではないので適当にあしらってやると他の同僚が相手をしてくれる。

 そう、彼らは交通機動隊と同じ警察組織の一員である。

 ただし、神魔を相手にしなければならないので文字通り特殊な装備や身体の強化を受けた機動部隊である。

 なのでバイクに撥ねられるくらいでは死んだりはしない。実際、自転車に撥ねられたくらいの衝撃だったろう。


「兵頭か。バイク乗りはやんちゃな奴が多いというし、むしろ御岳と気が合うのかもしれんな」

「南さん、兵頭さん三十超えてると思いますよ。やんちゃはほどほどにした方がいい年な気がします」

「まぁ男は死ぬまでこどもとも言う。結構なことじゃないか」


 そういって鷹揚に笑っているのは唯一、前職持ち、自衛隊出身の南 増長みなみ ますながだ。年齢は互いに公開されていないが三十前半と思しき兵頭までやんちゃ扱いする年上ぶりなので同世代の隊員たちは、南にだけは年長者としての敬意を払っている。


「京悟ー 夕飯食堂で食ってく?」

「橘は遅番でさっき出勤してきたとこ」

「撥ねられたって、怪我無かったのか?」


 やっと心配してもらえて何だが御岳はもうごね飽きたのか退勤のことしか考えていない。 「ない」と答えて先ほどよりあっさりモードで兵頭という男について溜息ながら一言だけ愚痴っていた。


「兵頭さんほど極端じゃないけど、機動隊の人は確かに俺たちのこと嫌煙してるとこあるよな」

「仕方ないな。『機動力』という点では被っている」

「被ってないだろ。あの人たち交通専門だし」


 他方で少しだけうんざりとため息をついている者もいる。

 彼ら特殊部隊は諸事情で命がけで戦うことを前提として訓練された部隊である。

 命がけで訓練を終了したら国家レベルで予測を無視した平和な社会が待っていたのが今の社会であるが、その成果は治安維持として遺憾なく発揮されている。


 たった18名しか所属しない彼らはたった18名で都内一円を日夜パトロールし、一般警察の手に負えない事件現場を処理する。

 本来、上空から訪れるはずの敵を想定し、半空中戦を前提とした彼らの移動手段は道路網に限らず足場があれば大抵の場所は一直線に移動できる。


「じゃあなんであんなに嫌な顔されるんだよ」

「そりゃお前……」


 その足場となるのは例えば街路灯、看板。渋滞の大通りであれば現場に急行するために車の屋根を踏むこともままあることだ。


「この間、交通機動隊のパトカー踏んだ奴いなかったっけ?」


 それは。無理だ。


 会話を聞いていた全員が納得してしまった。

 ただでさえ抜群の機動力を誇っていた組織がほんの半年程度でその座を失っただけでも沽券こけんにかかわるというのに、その機動力で若造どもが愛車を踏んで行ったら誰でも怒る。

 特殊部隊には道路交通法も適用されない。


「あれは事故だ。ちゃんと謝ったし傷つけるような踏み方はしてない!」

「踏み方の問題じゃなくて踏んだこと自体が問題なんだよ。お前、おニューの靴踏まれたら怒らない?」

「怒る」


 そんなふうに誰もがなんとなく心当たりがあるので、それもあって関係改善が成されないのである。

 特殊部隊はやや人間技ではない動きをするが、中身は人間である。


 その時、アラートが鳴って無線が入った。

 ここは詰所であるので同時に壁にかかった大型モニターに現場情報が次々と表示される。


『永田町交差点で重大な交通事故発生。負傷者複数、現場は大渋滞。交通機動隊及び救急隊が急行中です。現場が混乱しているため警戒と搬送サポートのため特殊部隊は出動してください』


 繰り返します、と同じ情報が二度流れる中、そこに居合わせた何名かが若干遠い目になった。今しがた話をしていたばかりなのに、なんだか気まずい。気が重い。

 しかし現場はそれ以上重いことになっていそうなのでそんなことを言っている場合ではない。


「永田町……10分圏内だ」

「5分で着くだろ。下手したら機動隊より早い」


 そうなるともはやサポートというより主力部隊となってしまう。今の状況でそれは避けたいが人命がかかっているので迅速に動けることはそのまま何よりの力となる。

 分かっているからこそ、すぐに動き始めた遅番組。


「全員出るぞ」


 幸い、といっていいのか遅番と日勤組が揃って12名。深夜勤務を抜いた人数だが、十分多い。

 時間外勤務決定ですっかりデスク周りを片付けた日勤組も司の声で切り替えて、身ひとつで全員が出動を決めた。




※ ※ ※

今般は特殊部隊と機動隊を中心とした事件をめぐる全17話程度のお話となります。

バイク、機動隊、首都高速、そして実際に残る歴史。

すべて初めての試みですので裏付けとして調べましたことについては近況ノートに随時、掲載していきますので興味のある方はどうぞご覧ください。本日はイラスト(手書き)つきです。


【近況ノート】

https://kakuyomu.jp/users/miyako_azuma/news/16818093078003489110

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る