第31話 エピローグ

○エピローグ


 児珠は膝の上に我が子を抱えていた。


 「児珠さん?」

 「おう?何だよ店長?」

 「すっかり良いお父さんだねえ〜」

 「店長も俺のことスッカリ”児珠さん”呼びじゃん?」

 「坊やのままが良かったのかい?」

 「俺が坊やだとコイツはどうなるんだよ?」

 「永遠くんで良いんじゃ無いかい?」

 「お、俺が、坊や呼びでか・・・」

 児珠は苦笑いになる。


 「児珠さん?」

 「何だよ明美?」

 「永遠(とわ)くんだけじゃなくて、そちらの”るな”も見てください」

 「おう。わかった、わかった」

 生まれたばかりの女の子は小さな布団の上で寝かされていた。


 「お〜し。よしよし。良い子だなあ〜。ベロベロベロ〜」

 児珠は女の子をあやす。


 「明美ちゃんも、もうすぐ3人目だねえ〜」

 「はい。店長。お店のフルーツ食べまくりです〜」

 明美は笑う。


 「おい、明美〜。お前また食ってたのかよ〜?」

 「ごめんなさい。児珠さん・・・。つ、つい・・・」

 「俺と松風さんの仕入れが大変になるだけだろうが・・・」

 「ご、ごめんなさい・・・」

 明美は謝る。


 「まあ、良いじゃ無いのよ。食べることが出来るんだから。私は大いに結構〜」

 美柑は胸を叩いて見せる。


 「うお〜。店長〜。太っ腹〜」

 「フルーツくらい好きに食べさせてあげなよ、児珠ちゃん」

 「あれ?また”児珠ちゃん”落ち・・・?」

 「そりゃあ〜、そうよ〜。子供みたいなこと言うんだもの」

 「ううっ・・・」

 児珠は、バツが悪そうに言う。


 「児珠くん、明美〜?」

 「お〜い、児珠〜!」

 「初めまして。妻と子供達がいつもお世話になっています・・・」

 「おう!正樹〜。それに初美さんも。そして、こちらが・・・?」

 「初めてだったわよね?私の夫。大樹くん」

 「お義兄さん、お久しぶりです」

 明美が出て来て頭を下げる。


 「やあ、明美ちゃん。随分と久しぶりになるねえ〜」

 「はい。結婚式以来になります」

 「そうか。もう、そうなるのか・・・?」

 「年取るのが早いよなあ〜、俺たち」

 「そんな風に言わないのよ、坊や?」

 「はあ〜い」

 児珠は拗ねたように言う。


 「俺にも抱かせて?」

 「おう。正樹。お前にも弟が生まれたんだって?」

 「うん!」

 正樹はベビーカーに乗っている赤ん坊を示す。


 「可愛いわねえ〜」

 明美はベビーカーに乗る赤子を見つめる。


 「あっという間に子沢山になったわね?明美〜?」

 初美が揶揄うように言う。


 「う、うん・・・。四六時中、一緒に居るから、つい・・・」

 明美は照れくさそうに言う。


 「いいじゃなあ〜い。好きなだけ産みなさいよ」

 「そ、そんな・・・」

 「俺はいいけどさ・・・」

 「こ、児珠さん・・・?」

 明美は顔を真っ赤にして恥じらう。


 「ウフフ。仲のお宜しいこと」

 「うんうん。いいね〜。君たち」

 大樹は言う。


 「お義兄さんたちは、いつまでこちらに?」

 「すぐに発つんだけどね」

 「来週いっぱいまでは居るわよ」

 「ホテル住まいなの?」

 「ああ、今のところはね」

 「実家はもう売れてしまっているし、帰るとしたら大樹さんのご実家になるから」

 「じいちゃんとばあちゃんだぜ〜」

 「へえ〜、正樹くん、ちゃんと良い子にしてる〜?」

 「あったりまえだろう〜。俺を誰だと思っているんだよ〜」

 「はあ〜い」

 明美は笑う。


 「それにしてもさあ〜?」

 「何だい、坊や?」

 「ここも変わらないなあ〜」

 「商店街のことかい?」

 「ああ、うん。そう」

 「会長や圭一さんが頑張ってるからじゃ無いですか?」

 「あれから商店街の継続運動で盛り上がったもんなあ〜」

 「あれほどまでに、この商店街に愛が集まるなんて想いも寄らなかったわよね〜」

 「地域ラブ?」

 「密着型だったな〜」

 「そういうのは、大手ではなかなかね〜」

 「草の根が良かったかな?」

 「一人一人ね?」

 「うん」

 児珠は長男の永遠の頭を撫でる。


 「ブッブッー」

 永遠は車の口真似をする。


 「なんだ?永遠?車が欲しいのか?」

 店先を見ると商店街の中を山車が通り過ぎる。


 「お祭りも良かったですよねえ〜?」

 「ああ、地域を盛り上げる為に福の神総動員で祭りを開いたんだよなあ〜」

 「どこから神様を連れて来ていたんですか?」

 「さあ?八百万の神だろう?神事じゃないのか?」

 「この商店街には昔から魔物と神が住み着いているのさ」

 「え〜、そうだったんですか?」

 大樹が驚く。


 「そうさね」

 美柑はウィンクをして見せる。

 (ば、ばあさん・・・?ばあさんこそ、ど、どちらの者だ・・・?)

 児珠は寒気に体を震わす。


 「明美?私たちもいつかこの国に落ち着いたら、また、ゆっくり遊びに来てね?」

 「うん。待ってるね」

 「俺も待っててやるぜ?」

 「うん。ありがとう正樹くん。弟の幸樹くんにもよろしくね?」

 「ああ、うん。コイツはまだ赤ん坊だけどな」

 「お兄ちゃん、頼りにしてるわよ?」

 「ああ、もちろんだ」

 正樹は胸を張って見せる。


 「よっし。じゃあ、今日は、これ土産な?」

 児珠は桃を差し出す。


 「うわあ〜。日本の桃〜。懐かしいわあ〜。とっても良い香り〜♪」

 「お姉ちゃん、大好きだったでしょう?」

 「あらあ〜。明美〜。ありがとう〜」

 「どういたしまして」

 初美は明美を抱きしめる。


 「体に気をつけるのよ、明美?」

 「うん。お姉ちゃんもね?」

 「生まれたらまた連絡して?」

 「うん」

 明美は頷いた。


 




 *





 正樹たちが去ると児珠は長男の永遠の手を引き、胸に妹の”るな”を抱っこ紐で抱えて商店街の中を散歩する。


 「やあ、永遠くん?お散歩かい?」

 魚屋さんが話しかける。


 「明美ちゃんは元気かい?児珠くん?」

 「元気っすよ。食い意地が張ってて困ってますけど」

 「良いことじゃ無いか。これ、持って行きな〜?」

 魚屋は、活きのいい鯖を差し出す。


 「うお〜っ。いいっすねえ〜?後で適当に野菜届けますんで〜」

 「おうっ。いつも悪いね〜」

 「いや〜、こっちこそ、いつも助かってます」

 「お互い様だね」

 「はい!」

 

 「あっ。あっ」

 永遠は児珠の腕を引っ張った。


 「おわっ。何だよ?永遠〜?」

 永遠は、和菓子屋さんの前で立ち止まる。


 「この切飴が欲しいのか?」

 永遠は包丁から”ストンストン”と切り落とされる飴の動きに目を丸くしている。


 「永遠くん。今日も良い子だねえ〜」

 和菓子屋の女将が言う。


 「すみません。永遠の奴、飴が気に入ってるみたいで・・・」

 「あら、いいのよ。飴が食べられるお年頃になったら、うんと食べさせてあげるから」

 「そう言って貰えると嬉しいです」

 「永遠く〜ん。いつでも見に来なさいね〜」

 女将は永遠の髪を撫でた。


 「あっ。あっ」

 永遠は女将と飴を指差した。


 児珠は、永遠の手を引くと商店街を歩き始める。


 永遠は、次に、酒屋の前で止まった。


 「あっ。あっ」

 ここには風で動くオモチャがぶら下がって居て、永遠はそれがお気に入りだった。


 「あっ。あっ」

 永遠はオモチャを指差すとご機嫌に笑う。


 「あっ。あっ」

 「やあ、永遠くん?パパとお散歩かい?」

 酒屋の若旦那が店先に出て来る。


 「こんにちは、若さん」

 「おう。児珠ちゃん。今日は寄って行くかい?」

 「いや、俺、酒は飲めないし、また今度でお願いします」

 「そういや下戸だったな。児珠ちゃんは?」

 「そうだったんっす。だから、俺、いっつもお茶っす」

 「おう。じゃあ、今度、良いお茶仕入れておくからさ。また寄ってよ」

 「はい。お願いしまっす」


 児珠と永遠は酒屋の若旦那に手を振る。


 商店街の端までくると、スーパーが在った。

 「牛乳と卵と・・・何だったっけかな?」

 児珠は首を傾げる。


 「あっ。あっ」

 永遠は、スーパーのポスターを指差す。


 「ん〜。なになに・・・?」

 そのポスターには新規出店のお知らせが書いてある。


 「え〜と。新しい出店は・・・。お、おわっ。マジかよ・・・?」

 そこには、新しい洋菓子屋さんとして芽美の名前が載っていた。


 「アイツ、そこまで腕を上げたんだなあ・・・」

 児珠は元気そうに写る芽美の写真を見やる。


 (ほら、やっぱりな・・・。次に俺たちが食べられるときには有料になるって・・・)

 児珠は楽しそうに微笑む。


 児珠は永遠と反対側の端っこまで商店街を歩いた。

 スーパーと反対側の隅っこには花屋さんがある。


 「ちわ〜すっ」

 「まあ〜、永遠ちゃん、児珠ちゃん、いらっしゃ〜い」

 「あっ。あっ」

 永遠が花を指差す。


 「ああ、いつものこれねえ〜?」

 永遠は真っ白のかすみ草を指差す。


 「これは、ママのお気に入りだったわよね〜?」

 「そうっす。明美のお気に入りっす」

 「ウフフ。児珠ちゃんも永遠ちゃんも偉いわねえ〜?」

 「こうして毎日、花で機嫌取りっす」

 「まあ〜たあ〜。照れ隠ししちゃって〜」

 「い、痛いよ・・・。沙織さん・・・」

 児珠は泣き真似をして見せる。

 「ウフフ。変わってないのね〜?児珠ちゃん?」

 「な、何がですか・・・?」

 「そういう可愛いところよ」

 「は、はあ〜」

 児珠は気の無い返事を返した。


 「じゃあ、俺たち行くっす」

 「ああ、待って。お店に戻るならこれも持って行って?」

 「おわっ!何っすか?この大量の薔薇の花は?」

 「ああ、それねえ。そろそろ入れ替え時なのよ。それで〜」

 「いいんっすか?」

 「いいの。いいの。こう言う時だけだから」

 「ありがた頂くっす」

 「あっ。あっ」

 永遠は花を掴もうとする。


 「棘があるからな。気をつけろよ?」

 永遠は、気にせずに花束に突っ込んだ。


 「ウフフ。将来が楽しみだこと」

 沙織は笑う。


 「コイツのこの何の考えもないところなんて明美にそっくりで・・・」

 

 (”フワックション!”八百屋では明美のクシャミが響く・・・)


 「ウフフ。良いじゃないの。男の子だし。思うままに突き進めば」

 沙織は児珠の背中を押す。


 「お、俺っすか?」

 「そう。児珠くんのことよ・・・」

 「お、俺は・・・」

 「何か今世でやりたいこと見つけたんじゃないの?」

 「お、俺のやりたいこと・・・?」

 「そうよ。児珠くん自身の人生だから・・・」

 「お、俺は・・・」

 「児珠くんが決めたことなら明美ちゃんも子供たちも許してくれる筈よ・・・」

 「沙織さん・・・」

 「そうなったら、商店街を上げて、明美ちゃんのことも子供達のことも応援するわ」

 沙織は笑顔で言う。


 「俺のやりたいこと・・・」

 児珠は花屋を出ると一人で考え歩いた。







 *






 児珠は明朝、珍しく龍が遊びに来る川まで登った。


 「お〜い、龍よ〜」

 児珠は空高くに向かって、龍の爪と沢の葦で作られた精霊たちお手製の剣を振った。


 空に風が強く吹くと一陣の雲が空に現れた。


 「小僧か?何用だ?」

 「前に言っただろう?困ったことは無いのか?」

 「ああ、そうだな・・・」

 「あるんだな?言ってみてくれよ?」

 「山たちが泣いている・・・」

 「山肌が荒らされていることか?」

 「そうだ・・・」

 「そこに垂れ落ちる排水もそうだな?」

 「そうだ・・・」

 「分かった。俺が何とかする」

 「小僧?子供たちのことは良いのか?お前の家族は?」

 「ああ、大丈夫だ。俺たちは、大丈夫なんだぜ」

 「そうか。変わったな。小僧」

 「ああ、俺も明美も変わったんだ。新しい命だ」

 「そうか。それは良かったな」

 「俺たちは今世で結ばれたんだ。もうやり残したことは無い」

 「そうか・・・」

 「そうだ。後は、やり残した約束を守るだけだ」

 「それが我ら龍との約束か?」

 「そうだ。お前らはいつまで経っても困ってると言わなかったからな」

 「そうだな・・・」

 「そんなに傷つく前に言えよ。俺たち支え合う仲間だろう?」

 「いまの人間たちはそうでも無い・・・」

 「そんな悲しいこと言わないでくれよ」

 「悲しいのはお前たちの方だ・・・」

 「そうだな・・・俺たちの方だったな・・・」

 「お前たち人間は、あと、何回人間を繰り返す?」

 「さあな。人間と呼ばれる種族が続く限りだろう?」

 「そうか。お前たちの未来はお前たちで守るんだな・・・」

 「ああ、当たり前だろう?」

 「お前が守れ。児珠・・・」

 「ああ、約束だ・・・」

 「我々、自然界は疲れた・・・。お前たちの欲望と殺戮には・・・」

 「すまない・・・」

 「いいんだ。お前たちとの約束を我らは永劫に守り続ける・・・」

 「俺たちがそのことを忘れ去ってしまってもだろう?」

 「ああ、そうだ・・・。お前たちの営みが消えてしまっても我々はこの世界とその約束を守り続ける生命なのだ・・・」

 「水?だろう・・・?」

 「そうだ。水と光の約束・・・」

 「俺たち人間には水と光が与えられる。それをお前たちが守り続ける・・・」

 「そうだ。そうして、お前たちだけではなく、すべての生命の営みを守り続ける・・・」

 「分かってる・・・。人間は約束したんだ・・・。その働きをする者たちを助けると・・・。いまがその時だろう?」

 「そうだ。いまがその時だ」

 「任せろ」

 「頼む・・・」


 ”ヒュ〜ッ”


 空に風が強く吹くと雲は瞬く間に消え去った。龍は風だけを残して飛んで行く。


 「さあ、俺も出発だ〜」



 児珠は、明美にメッセージを送ると精霊たちの声を頼りにして、山に生まれた病たちを除き去る旅に出る。


 ”俺、冒険して来る”


 ”いってらっしゃい。児珠さん。兄様、どうかお気をつけて”


 ”正樹は、過去世の俺の兄。気づいていたか?”


 ”はい。正樹くんのことはとうに・・・”


 ”父様のご様子だけ分からずだ・・・”


 ”それはもう良いでしょう?”


 ”そうだな”


 ”新しく生まれる者たちによろしくな”


 ”はい。確かに”


 児珠は明美がもう一人では泣かない女だと認めた。


 (アイツだけ強くなってもなあ・・・俺も・・・)


 児珠は、これから待ち受ける冒険に一人、身を引き締めた。




 (完)

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なあ?俺たち、人間何回目?ふつうの人間に転生したからには、フツウの恋愛をしたいです 十夢 @JYUU_MU

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