第30話 流れ星

○流れ星


 「うわあ〜。いい風〜」

 明美はデッキに立って大きく伸びをする。


 「ああ、確かに、いい風だなあ〜」

 児珠はデッキの先端にしゃがみ込む。


 「海は良いよなあ〜」

 「児珠さんは、海が好きなんですか?」

 「山も好きだぜ」

 「そうでしたね。冒険好きでした」

 「冒険はどこでも出来るけどさ」

 児珠は言う。


 「いまならどんな冒険がして見たいですか?」

 「そうだなあ〜。俺、明美を冒険したいな」

 「わ、わたしですか!?」

 「そう。お前」

 児珠は笑いながら言う。


 「わ、わたしを・・・ぼ、冒険って・・・」

 明美は体をガードしながら退く。


 「だから〜、そう言うのじゃなくってさ」

 児珠はニヤニヤしながら笑う。


 「お前のことをもっと知りたい。ちゃんと知りたいんだよ。お前のこと」

 「こ、児珠さん・・・」


 「お前、この間、芽美がクッキー持って来た日、俺に隠れて泣いてたんだろ?」

 「な、泣いてなんか・・・」

 明美は児珠に背を向ける。


 「俺に内緒で泣くなよ。俺を一人で置いて行くな。俺をもっと使えって。お前のためなら何だってやる・・・」

 (過去世で出来なかった分も泣かせちまった分も寂しい想いをさせちまった分も・・・)


 「こ、児珠さん・・・?」

 「俺、お前のために生きるって決めちまったんだ。悪いな」

 児珠は立ち上がる。


 「ほら、行こうぜ。明美。服を見るんだろ?」

 「は、はい」

 明美は、児珠の背中に抱きついた。


 「明美?」

 明美は児珠を”ギュウッ”と抱きしめる。


 「好きです。児珠さん」

 「俺もだ。明美・・・。ずっとお前が好きだった」

 (ずっと、ずっとな・・・)


 「両想いですね?わたしたち?」

 「そうだな」

 (ようやくな・・・)


 「ずっと、ずっと大好きです」

 「俺もだ、明美。ずっとだ」

 「ずっと、ずっと・・・」

 明美は児珠の背中に顔を埋める。


 「泣いてるのか?明美・・・?」

 「泣いてません・・・」

 「それじゃあ、その湿っぽいのは汗かよ・・・?」

 「ぐずっ・・・、そうかもしれません」

 「好きなだけ泣いて良いぞ。俺、こうして待ってるから」

 「ぐずっ・・・。泣いてませんって・・・」

 「お前、強情だなあ〜」

 児珠は”くるり”っと振り向くと明美を胸の中に抱きしめた。


 「良い子、良い子・・・」

 児珠は明美の髪を撫でる。


 「よしよし」

 児珠は明美を”ギュッ”と背中に回した腕で包み込む。


 「明美が素直になるまで離さないからな〜?」

 「す、素直ですよ・・・。ぐずっ・・・」

 「本当かよ?」

 「ほ、本当です・・・。ぐずっ・・・」

 明美は児珠の背中に回した両腕に力を込める。


 「児珠さん・・・?」

 「ん?なんだあ〜?」

 「好きです」

 「うん。もう聞いた」

 「何度でも言いたいんです」

 「いいぜ。好きなだけ言えよ」

 「ぐずっ・・・」

 (好きです・・・児珠さん・・・好きです・・・)


 「はあ〜・・・」

 明美は息を吐き出す。


 「なんだ?もう良いのか?」

 「はいっ♪なんだかスッキリしました」

 「そうか。良かったな」

 「はい!じゃあ、行きましょう?児珠さん」

 「お、おうっ?そう来なくっちゃだな・・・。行こうぜ、明美〜?」

 「はいっ」


 明美は、児珠の手を引いて走り出す。


 「うわあ〜。おいっ。待てって、明美〜?」

 「早く〜。こっちですよ〜」

 明美は全身で手招きをする。


 (ったく、俺を使えって言った途端に・・・、ったく、人使いが荒いぜ・・・)

 児珠は、”ぜえっぜえっ”と息を切らせながら苦笑いする。



 



 *





 「ここですよ〜。児珠さ〜ん?」

 「えええっ・・・?そ、そこなのか〜?」


 児珠は洋館風の建物を見上げる。


 「素敵でしょう〜?」

 「ああ、うん・・・」


 児珠は豪華な作りと高級な雰囲気に不安を見せる。


 「児珠さん?」

 「え、いや・・・。ちょ、ちょっと・・・」

 「ああ〜?児珠さん・・・?」

 「な、何だよ・・・?」

 「この高そうなお店と勘違いして居ますよね〜?」

 「えっ・・・?ち、違うのか・・・?」

 「ウフフ。このお店も良いんですけどお・・・」

 「どお・・・?」

 「この下にあるお店なんです」

 「し、下・・・?」

 児珠は下を見下ろす。


 その建物は、デッキと同じ高さでエントランスが作られて居る。

 デッキの下には、また低い空間があって、そこはまた海に向かって張り出して居た。


 「おわあ〜。こんな風になってたんだなあ〜」

 「ウフフ。気に入りました?」

 「下の階は、ゴチャゴチャしていて夜店みたいだな?」

 「そうでしょう?隠れ家的な要素もあって楽しいでしょう?」

 「ああ、俺、こういうのも好きだな」

 「そうでしょう?冒険とまでは行かなくても探検の要素はありますよね?」

 「宝探しみたいにか?」

 「そうです。お宝です」

 「おっし!明美〜。お前の宝を探すんだ」

 「らじゃ〜!」

 明美は、敬礼の真似をする。


 明美たちは思い思いに物色を始める。

 (児珠さんにこれいいかなあ〜・・・)


 明美は児珠を想って楽しむ。


 (う〜ん・・・。明美の奴、これなんてエロいかなあ・・・)

 児珠は明美の体を思って、ニヤニヤとする。


 (ん?児珠さん・・・?何だかニヤついてますねえ〜・・・)

 明美は遠目に児珠を見つめる。


 「お客様、ご試着なさいますか?」

 店員が明美に声をかける。


 「あっ。は、はいっ」

 明美は声が上擦って答える。


 「こちらへどうぞ〜」

 明美は試着室へと通された。


 (あれ?明美の奴・・・?)

 児珠は遠目に明美の姿を見る。


 児珠はゆっくりと試着室に近づく。


 「あの?お客様?」

 「え?俺?」

 店員が児珠に声を掛ける。


 「只今、試着室はご利用中でして・・・」

 「ああ、この中に居るの俺の連れ」

 「そのように申されましても・・・」

 店員は試着室の入り口に立ちはだかる。


 「あ、あのう・・・」

 明美は、試着室のカーテンを開けて店員に言う。

 「その人、私の家族です。怪しい人では無いので大丈夫です」

 「し、失礼いたしました」

 店員は頭を下げるとその場をどいた。


 「いえ、逆に気を使って頂いたようで・・・、ありがとうございます」

 「おう。サンキューな。明美を守ろうとしてくれたんだろう?俺みたいな暴漢から?」

 「め、滅相もございませんよ・・・。オホホホホ」

 店員は立ち去った。


 「面白い店員さんだったな?」

 「うん。でも、嬉しいかも」

 「お前のこと守ってくれたからか?」

 「うん。見ず知らずの人間なのに、体を張って守ろうとしてくれて」

 「いまどき珍しいかもな」

 「うん・・・」

 明美は頷く。


 「それで?試着はどうなんだよ?」

 「兄様も見ますか?」

 「俺たち家族ってそう言う意味かよ?」

 「はい。わたしたち過去世からのお付き合いですから」

 「忘れてたんじゃなかったのかよ?」

 「家族は忘れませんよ?」

 「何もかも思い出しちまったのか?」

 「はい。何もかもです」

 「俺のせいでお前がひとりぼっちになっちまったこともか?」

 「兄様だけのせいでは無かったです」

 「そうなのか?お前の過去世では?」

 「はい。わたしにはそうなって居ます」

 「そうか・・・」

 (ありがとうな・・・”るな”・・・)


 「きゃあっ」

 児珠は明美を試着室に押し込んでカーテンを閉めた。


 「あ、兄様・・・?」

 「いまの俺は、兄様じゃない、”るな”」

 児珠は明美を過去世の妹の名”るな”で呼ぶ。


 「こ、児珠さん?」

 「そうだ。今ここに居る俺は、児珠だ」

 「ど、どうして・・・試着室に・・・?」

 「お前がいつまでも兄妹から俺を出さないからだろう?」

 「えっ・・・?」

 「いつも目の前の俺を見ろって言ってるだろう?俺は、今、ここに居て。兄、妹ではない俺たちが居るんだぜ」

 「は、はい・・・」

 「俺、男だぜ?明美?」

 「わ、分かって居ますよ・・・」

 「ふう〜ん」

 児珠は明美の顎を掴む。


 「黙ってキスされるか?それとも怒るか?」

 「だ、黙って居ます・・・」

 明美はそっと目を閉じる。


 児珠は目を閉じた明美の顔を眺める。

 (明美、ごめんな・・・。泣かせちまって、ごめん・・・)


 児珠は心の底から謝ると、そっと唇を明美の唇に触れさせた。

 

 「んっ・・・」

 明美は息を漏らす。


 「目を閉じてろよ」

 「んっ・・・。はい・・・」

 明美は手に持って居た商品を試着室の床に落とす。


 ”パサッ”


 児珠は、軽く唇を合わせたまま明美の体を抱き寄せた。


 「お前さあ・・・?」

 「な、なんですか・・・?児珠さん・・・?」

 「ちょっと、太った?」

 「な、何故ですか?兄様〜?い、いま、それを言いますか〜?」

 「じゃあ、いつ言うんだよ?”るな”?」

 「せ、せっかく、こ、こんなに色っぽい雰囲気だったのに〜」

 「な、泣くなよ、明美〜」

 「も〜う。デリカシーの無い〜」

 明美は、”ポカポカ”と児珠の胸を両腕で叩く。


 「うわっ。イッテ〜」

 「もう、出て行ってください」

 「おわっ。マジ怒らせちまった・・・」

 児珠は逃げるようにして出て行く。


 「もう〜っ」

 明美は落としてしまった商品を拾い上げる。


 (このワンピース女の子らし過ぎるかなあ・・・)

 明美は肩から体に当ててみる。


 「ご試着はお済みでしょうか?」

 店員が様子を見に来た。


 「あのう・・・。これだと、わたしには女の子らし過ぎるでしょうか・・・?」

 「そんなことございませんよ」

 「そ、そうでしょうか・・・」

 「まだご試着が出来て居ないようでしたら、ぜひ、着てご覧になってくださいませ。彼氏さんにも見て頂くと自信が持てるかもですよ?ウフフ」

 店員は楽しそうに笑う。


 「は、はい・・・」

 (その”児珠さん”の反応こそが心配だったりして・・・)

 明美は呟く。


 「お〜い、明美〜。いいかあ〜?」

 児珠が試着室の外から声をかける。


 「は、はいっ」

 明美は、声を裏返して返事をする。


 「開けるぞ〜?」

 「ど、どうぞ・・・」

 明美は、”ヒョコッ”とカーテンから顔を出した。


 「開けて見せろよ?」

 「ぜ、全部は恥ずかしいです・・・」

 「そうか?じゃあ、ちょっと覗くかな・・・」

 児珠はカーテンから首を入れ込む。


 「おお〜!いいじゃん♪明美の魅力が満載じゃん!」

 「わ、わたしの魅力ですか?」

 「おうっ。まさにそれな」

 児珠は嬉しそうにニマニマする。


 「こ、児珠さん・・・?」

 さすがの明美も児珠が如何わしい想像をしていることを見抜く。


 「もう〜。児珠さ〜ん」

 明美は、児珠を後ろに押し除けてカーテンを閉める。


 「アイテテテ・・・。テヘヘ、やり過ぎちったか・・・」

 児珠は、頭を掻く。



 明美が試着室から出て来ると児珠は言う。

 「楽しめたか?」

 「はい♪」

 明美は嬉しそうに頷く。


 「それで良いのか?」

 「は、はい・・・?」

 「だから、俺がお前に買ってやる服だよ」

 「こ、児珠さんが?」

 「そういう約束だっただろう?」

 「は、はい・・・」

 「これだけじゃない、これからは、もっともっと買ってやるからさ」

 「えっ・・・?」

 「俺たちは、家族なんだろ?恋人すっとばして夫婦でいいじゃん?」

 「は、はいっ!」

 明美は児珠の腕に抱きついた。






 *





 児珠と明美が商店街まで戻ると、すっかり日は落ちて外は暗くなって居た。


 「おかえり〜。二人とも〜」

 美柑が店先で二人を迎える。

 (おやおや〜・・・。クスクス。どうやら上手く行ったようだねえ〜)

 美柑は二人を心の中で祝福する。


 「帰りました〜。店長〜」

 「おかえり。明美ちゃん」

 「うぃーっす。店長。お疲れ〜」

 「坊やもお帰り」


 「これ、店長にお土産です」

 明美は埠頭で買った手作りのキャンドルを手渡す。


 「まあ〜、綺麗ねえ〜」

 「キャンドルならじいさんと一緒に楽しめるだろう?」

 「祭壇でお焚き上げしちゃうわあ〜」

 美柑は頬を桃色に染め上げる。


 「それでさあ。店長?」

 「なんだい?坊や?」

 「俺たちずっと、このまま、ここに住んでて良いのかよ?」

 「どうしたんだい?急に?」

 「店長?」

 「なんだい?明美ちゃんまで?」

 「わたしたち夫婦になるんです」

 「そういうこと。俺たちもう恋人すっ飛ばして夫婦になるからさあ〜」

 「ここじゃあダメなのかい?」

 「俺たちは良いけど、ばあさんは・・・?」

 児珠は美柑を見つめる。


 「あたしの心配なんて100万年早いわよ〜。坊やたちには。ホホホ」

 美柑は笑う。


 「そうは言ってもさあ・・・」

 「心配要らないのよ、坊や」

 「大丈夫なんですか?店長?」

 「大丈夫、大丈夫。私にはまだ家族もあるし、動けなくなった時のことはちゃ〜んと用意がしてあるのよ」

 「そうだったんですね・・・」

 「オホホ。そりゃあ〜、そうよ〜」

 美柑は豪快に笑う。


 「それよりもね。若いあなたたちが心配だったのよ」

 「わたしたちですか?」

 「そう。お互いになかなかくっ付かないからヒヤヒヤしちゃったわ。オホホホホ」

 「す、すんません・・・」


 「そうと決まれば、早いわねえ・・・」

 「て、店長?」

 「私は、さっさと、ここを引き払って、教会に移り住むわ」

 「天界は大丈夫なのか?愛が溢れまくってるって聞いたぞ?」

 「オホホ。良いじゃ無い?薔薇色よ」

 (い、良いのか・・・)

 児珠は苦笑する。


 「二人とも頑張りなさい」

 「はい」

 明美は嬉しそうに頷く。


 「俺は、ここで八百屋をするからさ、店長は出来るだけ長生きして俺たちを雇ってくれよな?」

 「わ、わたしも児珠さんとこちらで働きたいです。店長?」

 「おやおや、まあまあ。二人とも、ありがとうね。年老いた経営者に身を任せてもらって」

 「他に行くとこ無いしな」

 「坊やはどこにだって行けるでしょう?」

 「そうかもしんねえけど、明美を守るならここだって」

 「ウフフ。可愛いこと言って。二人一緒が良いのね?」

 「はい」

 明美は迷いなく頷く。


 「はあ〜♪なんて嬉しい日でしょう〜♪」

 美柑は全身で伸びをして喜びを表す。


 「店長もありがとうな」

 「何だい?坊や、やけにしおらしいじゃないかい?」

 「まあな。俺だって、いたいけな坊やなんだぜ」

 「ウフフ。一人前の男が何を言ってるのよ」

 「えっ?俺、一人前で良いのか?」

 「所帯を持とうって言うなら私たちの年代ではそうだったわね」

 「いまは、そういうこと言わないと思いますよ・・・」

 「そうね。時代は、変わったわね・・・」

 「ばあさん、そう落ち込むなよ」

 「その”ばあさん”って、現役で恋する乙女に失礼よ〜。児珠ちゃん」

 「おお?俺、”児珠ちゃん”に昇進かよ?」

 「父親になったら”児珠さん”にしてあげるわ」

 「うわあ〜。マジかあ〜」

 児珠は笑う。


 (若い子達は良いわねえ〜・・・楽しみがあって・・・ホホホ)





 *





 美柑は教会堂に戻ると祭壇にキャンドルを灯した。


 「マイ・ハニー。今日は何だか色鮮やかだねえ〜」

 「ダーリン。児珠くんと明美ちゃんがお土産にってくれたのよ」

 「あの二人、上手く行きよったのかい?マイ・ハニー」

 「ん、もう、ダーリンったら。気が早いんだから〜」

 「児珠の奴、やっとゴールを決めたのか〜?」

 「そうですねえ。ここの教会堂の鐘が鳴らされる日も近いですよ〜。きっと」

 「フフフ。児珠の幸せな顔を楽しみにしておるぞい」

 「若い二人に幸あれ〜」

 「うむ」


 神は二人への祝いとして流れ星を天に走らせた。

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