魔女カッサンドラの復讐劇  聖女だった親友が無実の罪で処刑されたので、魔女の私が聖女になりすまして復讐することにした

アンジュ・あんこ

魔女カッサンドラの復讐劇  聖女だった親友が無実の罪で処刑されたので、魔女の私が聖女になりすまして復讐することにした

 その日、わたしは焦っていた。

 わたしのかけがえのない親友が、処刑されると聞いたからだ。


 気づいた時には、わたしは走り出していた。

 あの子が処刑されるなんて、何かの間違いだ。

 そうに決まっている。

 止めなきゃ。

 間に合え。

 間に合わせるんだよ、わたし。


 そうして、わたしが息を切らしながらようやく広場にたどり着くと……。

 そこには兵士たちから凌辱に陵辱を重ねられ、変わり果てた親友がいた。


 わたしは叫んだ。

 愛しい親友の名を。


 でも、もう彼女は虚ろな目をするだけで何も答えてくれなかった。


 断罪人があろうことか、わたしの愛する親友を断頭台に押し付けた。


「やめてぇーーー!!」


 わたしの悲鳴が聞こえたのか、彼女はようやくこちらを見てくれた。


「わたしの大切な●●。来てくれたのね。ありがと──」


どんっ。


 ギロチンの鋭利な刃が、無慈悲にも親友の首を切り飛ばした。


 そして、わたしの足元に彼女の首が転がってきた。

 その首はまだ、涙を流していた。


「うわぁーーー!!」


 わたしはその首を抱いて叫んだ。


「おい、どけ、その首をよこせ」


 断罪人は、彼女のさらし首にするため、顔色ひとつ変えずに、わたしから親友の首を奪い取った。


 ああ、私の愛しいソフィア。

 あなたの命を奪った全てが憎い。

 必ず罪を償わせるわ。

 この国の全ての人間どもに。


 この日、ベルマリク王国の聖女だったソフィア・キャンベルは、国家転覆計画を主導した魔女として、兵士たちに陵辱されたあと、ギロチンにかけられて、処刑された。


 物語は、その半年前から始まる。


 わたしはソフィア・キャンベル。

 この国の聖女だった。

 それなのに、国王のローウェル様は、わたしを抱こうとした。


 わたしが処女を失えば、わたしの聖女としての力も失われてしまう。


 それなのに、あろうことか、国王様は、わたしを犯して神聖な力を奪おうとした。

 この時は、なんとか魔法で眠らせて誤魔化したけど。


 だけど、その時に知ってしまったの。あの男の秘密を。


 聖女ソフィアはその事実に思い悩んでいた。


 おそらく、本物の国王様はすでに殺されていて、何者かがなりすましているんだわ。

 だから、この男は、聖女のわたしを犯そうとするような愚行を平気で行おうとした。

 許せない。このベルマリクを本気で守ってくれた英雄のローウェル様になりすますなど、許される行為ではない。


 彼女の心の中の正義が燃え上がった。


 そして、彼女は仲の良いカリウスという大臣に、この事実を打ち明けた。

 このカリウス・アーキンスは平民の出でありながら、その実務能力の高さを国王に買われて、異例の出世をした人物であった。


 カリウスは、初めは聖女の告白に半信半疑だった。

 しかし、次第に彼の心の奥底から、野心に満ちた声が湧き上がってきた。


(これはチャンスだ。上手く立ち回れば、偽者の国王を追放できる。そうすれば、後ろ盾のいないわたしでも、この国の実権を握ることができるはずだ)


 しかし、ソフィアにとって不幸だったのは、この男が真面目すぎたことだ。


 カリウスは、仕事は出来る男だったが、裏で動くということが苦手だった。

 彼は、この国の騎士団長のノックス・ブラウンに、表立ってクーデターを持ちかけてしまった。

 驚いたノックスは、カリウスに応じるふりをしながら、ローウェル国王にことの顛末を報告した。


 激怒したローウェル国王は、兵士に命じて、すぐにカリウスを捕えさせた。

 狼狽したカリウスは、保身のために、自分は聖女ソフィアに唆されただけだと弁明した。


 こうして、聖女ソフィアは捕えられた。

 その日から、ソフィアは国家転覆を目論んだ反逆者となった。


 しかし、この国では、国王であっても、聖女を処刑することは許されていなかった。

 そのため、ローウェルはソフィアを魔女審判にかけることにした。


 国王は、王都の広場に民衆を集めさせた。

 そして、ソフィアを連れてこさせると、民衆の監視下で彼女に魔物の交尾を見せた。


 その後、兵士の一人に彼女の下着が濡れているかどうかを確認させた。

 もしソフィアが本当に魔女ならば、魔物の交尾を見て欲情し、彼女が着用している下着を湿らせるであろうと考えられていたからだ。


 だが、実はこの兵士は上司からソフィアの下着を湿らせるように命令されていた。

 彼は、あらかじめ濡らしておいた手で、ソフィアの下着が湿っているように見せかけた。

 兵士は、ソフィアの下着を頭上に掲げながら、彼女が欲情して下着を湿らせたと叫んだ。


 それを聞いた国王は、民衆の前で、魔物との交尾に欲情したソフィアは魔女であると宣言した。


「そんな、わたしは聖女です。穢らわしい魔物の交尾で欲情することなど、ありえません。何かの間違いです!!」


 聖女ソフィアは怒りの表情で国王に抗議した。


「見苦しいぞ、魔女ソフィア。この後に及んで、まだ言い訳する気か!!兵士長、この魔女を処刑しろ!!今すぐにだ!!」


 そのまま、ソニアは聖女の神性を奪う儀式として、国王軍の兵士たちに犯され続けた。全ての兵士がソニアを犯し終わるまで、儀式は続いた。


 儀式が終わる頃にはソフィアの心はすでに壊れていて、何も喋ることができなくなっていた。


「やめてーーー!!」


 突然聞こえた悲鳴に、何故かソフィアは反応した。

 そして、一番大切な人が自分に会いに来てくれたことを知り、彼女に深く感謝していた。


「わたしの大切なケイシィ。来てくれたのね。ありがと──」


 どんっ。


 ギロチンの鋭利な刃が、ソフィアの首を切断した。


 そして、ケイシィと呼ばれた女性の足元に、ソフィアの首が転がってきた。

 首だけになったソフィアの顔からは、涙が流れていた。


「うわぁーーー!!」


 ケイシィはソフィアの首を抱いて叫んだ。


「おい、どけ、その首をよこせ」


 断罪人が、さらし首にするため、ケイシィからソフィアの首を奪い取った。


 こうして、ケイシィの一番の親友だった聖女ソフィアは魔女として、広場でギロチンにかけられて一生を終えた。

 

(ソフィアが、ソフィアが死んでしまった。もう、わたしに生きる意味なんてないわ)


 ケイシィは絶望していた。

 ソフィアが処刑されてから、この世界から、光が消え失せてしまったように感じたからだ。


 ケイシィ・オークス。

 聖女ソフィアの幼馴染で一番仲の良い親友だった。

 そして、実はこのケイシィは、この国では絶対悪とされてきた魔女の末裔だった。


 ケイシィが失意の日々を過ごしていたある日、彼女のもとにとある手紙が届いた。

 差出人不明の手紙には、手帳が添えられていた。

 ケイシィはその手紙を読んだ。

 処刑されたはずのソフィアからの手紙だった。


「ごきげんよう、わたしの愛しいケイシィ。あなたがこの手紙を読んでいる時、おそらくわたしはもうこの世にいないでしょう。だから、あなたにはわたしの知ってしまった真実を伝えます。わたしの手帳を読んで、今、この国の国王となっている男の真実を知ってください。そして、わたしの代わりに、その真実を公表してください。あとのことは、あなたに任せます。愛していたわ、わたしの愛しいケイシィ」


 手紙を読んだケイシィは涙が止まらなかった。

 彼女もまた、ソフィアを愛していたからだ。

 ソフィアの手帳を読んで、ケイシィは彼女の無実を確信した。


「わかったよソフィア。わたしがあなたの無念を晴らしてあげる。もうこんな国、壊してしまっていいわよね?」


 ケイシィは、愛する人を奪ったこの国の全ての人々へ、復讐することを誓った。


 このベルマリク王国では、魔女狩りが横行していた。

 聖教会の異端審問官から魔女だと判定された女性は、ソフィアと同じように、兵士たちに陵辱されてから、処刑されていた。


 そのため、ケイシィは自身が魔女であることを隠しながら生活していた。


 ケイシィはこの国への復讐のため、自分が魔女であることを隠して、次の聖女に立候補することに決めた。


(わたしみたいになんの身分も実力も持たない人間が聖女になるには、強力な後ろ盾がいる──)


 ケイシィは、とある有力貴族のメイドとして働くことにした。

 彼女は、その貴族に色仕掛けをしかけて、二人きりになることに成功した。

 ケイシィは、その貴族にチャームの魔法をかけて、彼を自身のいいなりにした。


 こうして、ケイシィはこの貴族に聖女への推薦状を書かせた。

 その推薦状によって、ケイシィ・オークスは、正式に聖女候補の一人となった。


 ケイシィは、聖教会が開催する聖女候補の選抜試験に参加することになった。

 彼女は、ソフィアが手帳に書き記していた日記を何度も何度も読み返して、聖女ソフィアを完璧に演じ切ることにした。

 その結果、ケイシィは他のどの候補者よりも聖女らしく振る舞うことが出来て、見事次の聖女に選ばれた。


 そしてわたしは、国王からの信頼を得るために、心の中に渦巻く憎しみの炎を必死に抑え込みながら、聖女としての業務を淡々とこなしていった。

 全ては愛するソフィアのために。


 ケイシィが聖女となってから半年が経ち、ベルマリク王国の建国記念日がやってきた。

 この日、聖女ケイシィは国民の前でローウェル国王とともに演説をすることになっていた。

 ローウェルの演説が終わり、ケイシィが演台に上がった。


「みなさまへ、聖女ケイシィより、大切なお話があります。よく聞いてください」


 聖女ケイシィは微笑みながら国民に語りかけた。


「もう、お前たちの身体は、動かない──」


 ケイシィは、急に声色を変えて、おぞましい声でつぶやいた。

 その声を聞いた瞬間、全ての人間が、動くことが出来なくなった。

 ケイシィは、聴衆に金縛りの魔法をかけて、国民を動けなくしたのだ。


「わたしには友人がいた。かけがえのない友人だった。その友人の名前はソフィア。お前たちに、無実の罪で殺された、元聖女様だよ」


 ケイシィは、聴衆を睨みつけながら、淡々と話していた。


「そして、わたしの正体は魔女カッサンドラ。カッサンドラ・クリムゾン・オークス。それがわたしの本当の名前さ。お前たちも、クリムゾンの名は聞いたことがあるだろう?そう、わたしは伝説の魔女、ヒルダ・クリムゾンの末裔さ。こんなわたしを聖女にするなんて、この国はつくづくいかれている。そうだよなあ? 国王様」


 カッサンドラは動かなくなっている国王を睨みつけた。


「おっと、お前は国王では無かったな──」


 カッサンドラは炎の魔法の威力を調整して、国王の衣服だけを燃やした。


「お前たち、この男の身体をよく見ろ!! 背中に十字の傷が無いだろう? 当たり前だ、お前たちの目の前にいるこの男は傷を負った英雄ではなく、国王になりすました偽者なのだからな!! そんな男にソフィアが殺されたのが、わたしはたまらなく悔しいんだ。なあ、答えろ、お前は何故、無実のソフィアを殺した!! 答えろ!!」


 ベルマリク王国の国王、ローウェル・グラントの背中に大きな十字の傷があることは、この国に住む人間なら誰でも知っていた。

 これは彼が黒獅子戦争の際に、常に先陣を切って戦っていたためについた名誉の傷である。

 彼がこの国を命をかけて守った証が、何故かこの男の身体にはなかったのだ。

 つまり、それは、この男が本物の国王でないことを意味していた。


 カッサンドラは返答を聞くために、あえて国王になりすました男にかけた金縛りの魔法を解いた。


「ふざけるな、魔女の分際で!! わたしが偽者だと!! 偽者の聖女のお前が、国王のわたしに命令するなど、許されるとでも思っているのか? はは、忌まわしきクリムゾンの名を騙る魔女よ、俺がこの手で処刑してやる!! 貴様は反逆罪で死刑だああ!!」


 ローウェルになりすました男は、腰から素早く剣を引き抜くと、カッサンドラに激しく斬りかかってきた。

 カッサンドラは、襲いかかってきた男の攻撃をひらりとかわすと、再度彼に炎の魔法をかけた。

 今回の炎の魔法は、偽ローウェルの身体をじわじわと燃やしていった。


「ぐああああ!! た、頼む、助けてくれ!!

 あの男が、教皇様の意向を無視するからいけないんだ。だから、あいつは暗殺されて、代わりに聖教会からわたしが送り込まれたんだ。魔法で顔を国王そっくりに変えたわたしがな!! だから、わたしは何も悪くない。この通りだ。聖女としての身分は保証してやる。だから、今すぐ──」


「魔女の私が聖教会の人間のいうことを聞くとでも?」


 カッサンドラは表情を変えずに、淡々と話した。


「はあっ……はあっ……。わ、私を殺せば、何万もの信者がお前の命を狙うことになるぞ。今、助けてくれるならば、わたしから教皇様にお前の罪を不問にするよう話してあげよう。君も聖女のままでいられる。かはっ!! ど、どうだ? 悪くない話……だろう?」


 カッサンドラは、全身を炎に焼かれながら命乞いをする偽国王の嘆願を無視して、召喚魔法を詠唱した。


「我クリムゾン家と代々契約する悪魔アトロボスよ、この男の魂を糧として、この地に降臨せよ──」


「ぎゃあああああああ!!」


 カッサンドラは、ローウェルになりすましていた男の魂を生贄として、伝説の悪魔を召喚した。


「アトロボス、クリムゾンの名において命ずる。漆黒の炎で、この国を跡形もなく燃やし尽くせ」


 カッサンドラが召喚した悪魔は、丁寧に彼女に一礼すると、みるみる身体を巨大化させた。

 

 ローウェルの居城よりも大きくなったアトロボスは、漆黒の炎でベルマリクの国中を焼き尽くした。

 アトロボスの右肩に乗ったカッサンドラは、その様子を、悲しい表情をしながら見つめていた。


 こうして、この日、アトロボスの放つ漆黒の炎に焼き尽くされたベルマリク王国は、国としての役目を終えた。


 全てが終わったあと、カッサンドラはソフィアの墓前に立っていた。

 この日は満月の夜だったため、月明かりがソフィアの墓を照らしていた。


「終わったよソフィア。全部壊してやった。わたしも今行くからね」


 そして、カッサンドラは自身の魂を身体から解放した。


「行こうソフィア。わたしたちの理想の世界へ」


 魂になったソフィアとカッサンドラは、微笑み合いながら、月を目指して飛んでいった。

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