1 囚機刑は終わらない

 地獄のような光景だった。いや、地獄という表現ですら生ぬるい景色だった。


「こりゃ、ダメだな」


 俺は岩場の影に一人で隠れ、壊滅したダンジョン最前線攻略部隊をこっそり眺めていた。

 

 戦闘開始前はだだっ広い単なる大空洞だったのに、今や地面はヒビ割れ、天井には大穴が空き、壁は灼熱で溶けている。

 

 ある場所では炎を身に纏った魔物が煌々と輝き。

 ある場所では口から冷気を吐く魔物が氷像を作り出し。

 ある場所では嵐を生み出す魔物が残骸の雨を降らしていた。

 

 優雅に空中を飛ぶ魔物達や、地上を我がモノ顔で君臨する魔物達に対して、醜く地べたをうのは数多の人間の死体――いや、壊れた機械達か。

 

 腕や足の四肢が取れ、ダルマ状態になっている機械もあれば、魔物のブレスによって機体が溶けてドロドロになっている機械も確認できる。


 まだ何機か魔物相手に戦っているヤツもチラホラ見えるが、魔物にブッ壊されるのは時間の問題だろう。


 つまるところ、今回のダンジョン最前線攻略作戦は、失敗したという事だ。


「……あー、こちら罪人アルファ、攻略部隊は壊滅。繰り返す、攻略部隊は壊滅。至急、撤退命令を求む。第七次ダンジョン最前線攻略作戦は失敗――――あっ」


「キョエェェエエエッ!!」


 ダンジョン最下層安全領域にいる司令部に連絡を取ろうとした瞬間、その声に反応した鳥型魔物に俺はさらわれた。


 鳥さんはグングンと高度を上げていき、洞窟の天井からそこそこ離れた所で滞空を始めた。

 現在の俺はクチバシに挟まれ空の旅。上からは俺たちダンジョン攻略部隊の惨状がよく見える。


 猿型の魔物に手足をもがれて玩具――お手玉にされているヤツら。

 象型の魔物に鼻で振り回されて、遠心力に耐え切れずに頭がブッ飛んでいっているヤツ。

 俺と同じく鳥型の魔物と一緒に風を味わってるヤツ……あ、食われちまった。


「こりゃダメだぁ」


 その惨劇さんげきに心が傷ついた俺はボソリと呟いた。


「かくして我らダンジョン攻略隊は地上を発見できず、地獄の奥地へと足を進めてしまったのだった……地獄の奥地というか、俺は怪鳥のに入りそうなんだけどね」

 

 そんな傷心中の俺の声が鬱陶うっとうしかったのか、俺をくわえたままの鳥さんは頭を大きく上下に振り始めた。

 おいおいおいおい。

 

「ちょっと待とうぜ、鳥さんよ。二人で優雅に空を飛んだ仲じゃねーか! 落ちるよ、俺! 止ま、止まってくれ! お、止まっ……あ」


 俺の必死の言葉が届いたのだろうか、鳥さんは俺の言う通りに止まってくれた。

 しかもただ動きを止めるだけでなく、全身を上下にシェイクされた俺に配慮してか、俺の体を強く圧迫していたクチバシを開いてくれた。

 

 そう、鳥さんはタイミング良くクチバシをパカリと開いちまったのだ。

 途端に俺の身を包む開放感。だがしかし、その直前までの鳥さんの行動によって与えられていた運動ベクトルはそのままに。


 あぁ、現実逃避はやめようか。

 

 もちろん俺は鳥さんの動きに合わせて空中に、と言うより下方に向けて勢いよく射出された。

 そして、自由落下の力を味わう暇もなく、そのまま地面に叩きつけられ、五体が花火の如く吹っ飛んで殺された壊された

 意識が消える最期、俺の機体の腹にクチバシを突っ込んで遊んでる鳥さんの姿が瞳に焼き付いたのだった。

 ――あ、口にネジが刺さってる……。




 



 

*――*――*


 ――『囚機刑』。


 それは王国が定める最高位の刑罰。


 囚機刑に処された人間は、生身の肉体を剥奪され、記憶を封印され、機械の体へとその魂を移される。


 自らの機体が壊れようとも新たな機体を用意され、自らの精神が摩耗まもうしようとも酷使され、永遠に命令に従い続ける機械となることを余儀なくされる。


 現在の囚機刑の罪人達に与えられている絶対命令はただ一つ――――ダンジョンの攻略および人類の地上への帰還。


 ダンジョンの完全攻略時のみ、恩赦おんしゃが定められており、その恩赦以外で囚機刑を脱する方法は存在していない。

 

 そして、囚機刑制度が始まって千年が経った今、地上への足掛かりは何も無く、強力な魔物相手に罪人達はなす術が無い……要するに、だ。


 

 ダンジョンの攻略は停滞し続けている――――


 

「――んで、現在の人類はダンジョンの最下層を安全領域として生活を営んでおり、囚機刑の罪人達は最下層の一つ上――二層目以降にて怪物と戦い続ける日々を送っている。

 あるかどうかも分からないダンジョンの最上層、地上への帰還を目指して、な」


 本当に笑える話だ。

 決して届く事のない人参をぶら下げられて走っている馬の方がまだマシだろう。

 なにせ、届く事が無かろうとも、人参という理想は見えているのだから。


「大昔は騎士や魔法使い達が魔物相手に前線張ってたってのにな。騎士が前に立ち、後ろから魔法使いがトドメをさす。それがどうだ? 今は罪人っていう無限の命を持った肉壁――機械壁があるだけだ。

 罪人如きに自らの安全を委ねるなんて、この制度を考えたヤツは随分と気前がよろしいようで」


「ははは。もともと囚機刑制度自体、失われていく人的資源に心を痛めた、当時の天才技術者“テスタマン”が生み出した『人の魂を機械に移す技術』をもとにしてるんだ。人的資源の消費を抑えるために生み出したのに、人的資源を使ってたら本末転倒がすぎる。当時の人たちにとって罪人というのは、それはそれは都合が良かったんだろうね」


 俺の皮肉に返すのは白衣を身につけ、翡翠色の長髪を後ろでまとめた長身女――囚機刑に処された罪人だ。

 詳しくは知らないが荒事専門の俺と違い、安全領域箱庭では技術畑の人間だったらしい。

 そのせいか、もっぱら怪物との戦いではなく、ダンジョン第二階層目に複数存在する罪人収容施設――基地での後方支援を主としているヤツだ。


「ハッ。エリン、その言い方だと俺たち罪人は人的資源人間じゃねーってことか」


 騎士や魔法使いという貴重な資源を命令にしか従わない機械にすんのはダメで、罪人ならいくらでも機械にして良いのかよ。

 ――ホントにその技術者には、痛む余地がある“人の心”ってのがあったのか?

 

「ん、これはこれは愉快なことを聞くじゃないか。体は機械で、無限の命を持ち、よみがえるほどに精神が摩耗していく存在が人間だとでも言うのかい?」


 ――君は一番の古株なんだから、囚機刑の罪人の末路は何度も見てきたはずだろう。


 女――エリンはニヤニヤとしながら俺に言った。

 俺はコイツが罪人になった理由をなんとなく察した。


「……フン。ダンジョン探索に行ってくる」


「おや、そうかい。あまり遠くに行ってはダメだよ。最近、他の基地での機体損壊率が跳ね上がってるようだ。厄介な怪物が上層から降りてきたのかもしれないね」


 ――うるせぇ。余計なお世話だ。どうせ機体を壊した他の基地のヤツらも、既にロボットになってんだろ。

 

 それに二層目にある第一基地ここ周辺――ダンジョン第一階層安全領域に降りる道の近くにそんな厄介な魔物が近づいてきているのなら、それこそ安全領域箱庭のヤツらが何も対策をしていない訳がない。

 そんな事があれば俺たち罪人に魔物討伐の命令が下されるし、なんなら下から騎士や魔法使いを派遣するかもしれない。


 だが、俺はそういう命令は一切知らない。

 

 よって、この周辺で俺が死ぬような要因は存在しない。

 証明終了QED


「……まったくもう、アルファ君は面白……じゃなかった。君は分かりやすいなぁ。そんなに気に食わなかったのかい、ダンジョン最前線攻略作戦が失敗したのが」

 

 俺は彼女の言葉を無視して、基地の外へ散歩をしに向かった。


「……それとも、気に食わなかったのはダンジョンで死んだ事、かな」


 後ろから聞こえた声も、もちろん無視した。





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罪人機士アルファの刑務備忘録〜機械仕掛けの罪人、崖っぷち王女の騎士となる〜 七篠樫宮 @kashimiya_maverick

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