道理を弁えられない獣へ
高橋鳴海
特筆すべきことではない
まず初めに、簡素かつ粗雑な文章をこれからお見せすることをご容赦願いたい。
深く書くつもりはないし、雑に終わる。起承転結も三幕構成もフルシカトするので、ちゃんとした読み物を期待している方はブラウザバックを推奨する。
以上のことをふまえて、以降の文章を読んでいただきたい。
これを書こうと思ったのは、声優・俳優に関わらず、映像・舞台作品といった物について、おかしな認識を持って発言をしている人間を見つけてしまったからだ。
昨今取り沙汰される声優の不倫だの、俳優の不倫だのと言った話題。彼らの不祥事や犯罪行為に伴う作品の公開停止。
これらへ不満を持つ人は、まあいいんじゃねえのと思う。好きな作品が見られなくなることへの不満が起こるのは仕方がない。
しかしながら、声優・俳優は作品とは「別」と言ってしまうのは話が違う。何故ならば、彼らはその作品に出演者という形で関わり、その作品の一部。誰かさん風に言い換えるなら商品の一部になってしまったからである。
いいか。よく目に焼き付けて覚えてくれ。映像や舞台における彼らは決して生産者側ではない。商品を構成する一要素なのである。
では生産者は? その作品の制作を担当した会社あるいは劇団である。
映像も舞台も個人制作ではない。中には個人で作る者もいるが、基本は集団による仕事だ。
詳しく話すと文字数が嵩むので割愛するが、ともかく役割分担をして、彼らは作品を作っている。
その中で役者に求められているのが、商品の一部になることというそれだけの話。
それだけの話だが、商品の一部になってしまった以上は、彼らは問題を起こしてはいけない。
ケチがつくからだ。
役者一人が問題を起こすというのはつまるところその部分が「腐る」ということだ。
商品を例に挙げるのなら、一部腐った野菜がスーパーに並んでいたとしよう。そしてその腐った部分というのは、誰の目から見ても明らかである。
物好きは買うかもしれない。
腐った部分を切り捨てれば、美味いだろうという者もいるかもしれない。
けれども、大多数の人間はどうだ?
普通、腐った食い物に金を出したいと思う人間はいない。それどころか、腐ったものが店舗に並んでいるのがまず不快で、もう二度とそのスーパーで買い物をしなくなるかもしれないし、同じ生産者の商品を避けるようになるかもしれない。
作品というものも同じだ。
作品に入れ込んでいるものなら受け入れるかもしれない。
不祥事を起こした者に入れ込んでいる者も同様に。
けれども、その作品を知らない人や客観視出来るほど心の距離が、作品から離れている者は違う。
作品のファンだって、離れる者はいるだろう。
不祥事をどうでもいいと思えない人間の方が、きっと多いはずだ。
面白半分で作品を蹴り付けるものだっているかもしれない。
そうしてケチのついた作品は、時間を置いて落ち着くまで陳列棚から取り下げておくしかない。
腐った事実が消えることはなくとも、時間さえかければ再び同じものを起き直せるってのは、創作物のいいところであり、悪いところでもあるなと思う。
まあ、そういうわけだから一般論としてダメなことをダメだと不快感を露わにする人や彼ら普通の人の感性を守り、自分たちがこれからも良いものを作るために心血注いだ作品の公開を取り下げるという苦渋の決断をした人たちに対して、正義中毒などという言葉を使って攻撃するのは愚の骨頂だろとしか言えん。
大人なら自分のことしか考えないような発言をすべきではない。
作品が大切なら黙して待て。推しが不祥事を起こしたなら、正しく批判して社会が許すまで待て。別に難しい事じゃないはずだ。
我慢の二文字は幼稚園児でも知っているものだろ。
以上。お目汚しを失礼しました。
道理を弁えられない獣へ 高橋鳴海 @Narumi_TK
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