四天王の苦悩

やざき わかば

四天王の苦悩

 ここは、魔界の首都『レゼロン』。首都だけあり、魔界で一番の発展を遂げている。そんな大都市の真ん中に、魔王の居城は建っている。


 レゼロン民は、魔王が鎮座ましましているその魔王城を誇りに思い、「おれっちの魔王様」と常日頃から尊敬と畏怖の念を忘れない。


 もちろん、魔界の統治は魔王ひとりだけでは成り立たないし、魔王自身も独裁体制は性に合わないとのことで、魔王以下数人の幹部による合議制で国の運営を決めている。


 魔王をサポートする幹部は、暗黒騎士、竜人、ダークエルフ、奇術師の四人で構成されており、国民からは『四天王』と呼ばれていた。


 週二で行われる、『四天王』による幹部会議が今日も滞りなく終わり、他の幹部がそれぞれ帰宅する中、奇術師だけは会議室に残り、直属の部下と雑談をしている。


「最近、ちょっと考えることがあるのだ」

「突然、いかがなされましたか」


 奇術師の忠実なる部下である魔道士は、能力、知力共に申し分なく、何よりも高身長で美形であり、他部署の女性からの視線も熱い。面倒見も良いので、周囲から好かれる、信頼されている好人物だ。


「ワシは奇術師。四天王のひとりだろう?」

「はい。それが何か」


「普段着ている服も、どこかの司祭だか教祖だかわからないような印象を持たれている」

「服の好みは千差万別。お気になされなくても良いと思いますが」


「さらに身長が低く、老いぼれており、醜い」

「そうですね」

「否定はせんのか」


 この何を言いたいのかがわからない奇術師に、魔道士が優しく諭す。


「奇術師様、何をおっしゃりたいのですか。悪いものを食べたのなら、言ってください。もしやご禁制の薬物に手を出したのでは」

「そんなことはしない」


「自分ではわからないものだが、ワシの笑い声は『ケケケ』であり、魔術、奇術を扱うものだから知力には長けているが、おかげで陰謀や謀略を駆使していると思われている」

「違うのですか」

「違うわ」


奇術師は深い溜め息をついて、居住まいを正した。


「では聞くがね」


 奇術師がぴしゃりと言い放つ。


「例えば、魔王様を陥れようと罠を張ったものがいたとしよう」

「そんな不届き者が。ふてぇ野郎ですね、とっとととっ捕まえて」


「例え話だ。それで、その罠を張った容疑者が二人に絞られたとしよう。暗黒騎士殿と、ワシだ」

「奇術師様。そんなことをしていたのですか。自首してください。今なら魔王様も許してくださるはず」


「例え話だと言っただろう。それで、容疑者はワシと暗黒騎士殿だ。お前なら、どっちが犯人に見えるかね」

「もちろん、奇術師様です」

「即答」


 奇術師は残念そうに、魔道士に思いの丈をぶちまける。


「そう。そうなるのだ。ワシは何もしていないのに、人間の国に買い物に行っただけで、『わぁ。きじゅつしだあ』『にげろお。せんのうされてしまうぞお』『わるいかおをしているやつめえ』ときたものだ。いくらワシでも、これは泣くよ」

「奇術師様は、人間の国でも有名人なのですね。私も鼻が高い」

「悪名で有名になりたくないよワシは」


 魔道士はうーんと考え込み、頭をかきながら答える。


「しかし、不思議なものですね。奇術師様は魔界のみならず、人間の国の孤児院や学校などに多大な寄付を行っていますし、ボランティアにも精を出しているでしょう。なぜそこまで悪者に見られているのですか」

「ワシが知りたい。それでこうやって、お前に愚痴を言っているのだ」

「やっぱり見た目が悪いからでしょうか」

「お前ね、もうちょっと言葉をこう、優しさというオブラートに包みなさい」


 しばし無言で考え込む二人。窓の外では小鳥がさえずり、よく晴れた青空に弧を描く。そよ風が吹き、木々は葉を揺らし、まるで歌っているかのよう。こんな日は、お弁当を持って近くにピクニックでも行きたい気分だ。


「これはもう、イメチェンをするしかありませんね」


 魔道士がぽつりと、しかし力強く言う。


「イメチェン? しかしワシは先程も言ったように、背が低いし老いているし、頭もすっかりさびしんぼうなのだが、なんとかなるのか」

「大丈夫です。『男ってのは髪の量で決まるんじゃない、ハートで決まるんだ』と誰かが言っていました」

「誰だよもう」


 魔道士による奇術師のイメチェン大作戦は、この日始動した。まず、その妙な服装を脱がし、チョイワル(ちょい古)なコーディネートを施す。白地にド派手なバックプリントのポロシャツに黒のカーゴパンツ。靴はブランド物である。



 ヒゲは全ゾリ。サングラスを着用し、アクセサリは一切排除。したかったのだが、奇術師様がどうしてもと言うので、小さな魔法石の入った指輪だけを許した。まったくワガママな人だ。


 眉毛も剃る。あまり剃りすぎては輩になってしまうので(まぁ奇術師様は最初から輩みたいなものだが)、整えるレベルだ。顔の産毛も剃る。スキンケア用品を買い込み、マッサージに連れて行き、デトックスだかなんだか知らないがそれも受けさせる。


 ここまで来ると、もはや奇術師様はもう何もかも諦めたように沈黙している。少々可哀想になるが、これも奇術師様をイケオジにするための試練。涙を飲んで遂行する。嗚呼、なんて上司思いの部下なのだろうか。


 すべてが整った。勝負は次の幹部会議。


 そしてその日は来た。普段、幹部会議に魔王様は来られないのだが、私が気を利かせて呼んでおいた。


「そろそろ幹部会議の時間だというのに、まだ奇術師殿は来られないのか」


 真面目な暗黒騎士様が私に問いかける。


「は。間もなく来られます。大変申し訳ありませんが、もうしばしお待ちいただければ」


「今日の会議は、魔王様もご同席なの? 珍しいね」

「いや、魔道士のやつがどうしても、と言うものでな」


 魔王様大好きなダークエルフ様はほくほく顔だ。竜人様に至っては、お茶とお茶菓子を楽しんでおられる。この日のために奮発したのだ。奇術師様のお金で。


「来られました! 奇術師様の、おなぁーりぃー」


 扉が開け放たれ、まばゆい光の中から、奇術師様がお出でなされた。神々しい。さすがは私の直属の上司である。さすがは魔界きっての切れ者である。


 イメチェンした奇術師様の姿を見た他の方々は、驚いておられる。それはそうだ。今までの小悪党のような見た目から脱し、シャレオツでイケオジな奇術師様に生まれ変わったのだ。


 さぁ、存分にご覧なされい。これが私の尊敬すべき上司、奇術師様でございます。



 魔王が、おそるおそる尋ねる。

「ど、どうした。何か我に至らぬところがあったか。そうであれば、言ってくれたら良いものを。なぜグレたのだ」


 他の暗黒騎士、ダークエルフ、竜人も、思い思いに、口々に、好き勝手に言う。

「どうしたんだ。お前らしくもない。この国一番の知識あふれるお前がグレるとは」

「あたしとしてはかっこいいと思うけど、突然そこまで雰囲気変えるのはちょっとどうかな。存在感がドリフトかましてスピンしながらガードレールにぶっこんだ感じ」

「奇術師殿は、もうちょっと柔らかめな雰囲気が似合うと思うゾ」


「奇術師殿、おいたわしや」

「全部全てまるっとどこまでもお前のせいだろうが」


 この日の幹部会議は、奇術師を励ます会となった。


「はぁ、疲れた。こんなに心配されるとは思っていなかった」

「ですが奇術師様。まんざらでもないのでは? 行き過ぎたイメチェンに、ここまで親身になってもらえるというのは、なかなかありませんよ」

「お前が言うことではないと思うが、まぁ、確かにそうだな」


 奇術師はさわやかに笑う。


「無理して、自分を変えなくても良いかもしれぬな」

「おや。それではもう、悩みは解消いたしましたか」

「ああ。ん、待てよ。まさかお前、こうなることを見越してこんなことを」

「さて、どうでしょう」


 二人は抜けるように青い空を見上げる。


「今日という日を、ワシは日記にでも書いておくよ。記述師、なんてな」

「そんなオヤジギャグを言われたら、私は惑うし」

「オチはダジャレかよ」

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