ハイヌマ様

千織

やるしかねぇな

勘平はそれはそれはどうしようもねぇ男でな。


普段は寡黙でなよなよどしでらけど、喧嘩となれば相手が悪ぃとべらべらど嘘八百を並べる。

何か頼めば、他人がやっだごどもおらばやっだと言い張って、少しでも駄賃をねだる。

夫が街さ行っでらどぎに、嫁しかいね家さ行っでよ、無理矢理上がりこんで手っこだそうどする。

普段の大人しさからは考えられねよんた豹変ぶりなのよ。


酔っ払っでらわげでもね、頭悪ぃわげでもね、性格とも言われね。

何が掛け違ったおがしねさがあったのす。




ある日、村は大雨に遭ってよ、あちゃこちゃ崖崩れだ、家が崩れだで大変だったのす。

雨が上がった翌日、村人総出で稼いでらっだのず。

しばらぐしでがら、勘平の姿が見当たらねってなったのよ。

誰もあっだな馬鹿、当でにしてねとはいえ、何しでらかわがんねのも怖ぇつって、女共が捜しまわったのす。


そしたら、童ど集まってお互い面倒見でらはずなんだが、なんだが様子がおがしねのす。

女童が足りねず。

みんなで捜しでらけど、見つからねって。

大人が大変にしでらから、すぐ言えなかっだず。


こりゃえらいこどじゃながべがど思っでらっけよ、勘平と女童が森の中から出で来たず。

勘平はへらへらへらへら笑っでよ、童ば目っこ腫らしてら。



「何してら勘平ぇ! まさが童さ手ぇ出したんじゃねぇべな!」


女衆が問い詰めだよ。


「んなごどするわげながべ。その童が森さ入るの見かけだがら追ったのす。せっかく連れで来たのだ、おらは怒られる筋合いはね」


そう言うのす。



女衆は童のおっ父と、おっ母呼んで、童の体を調べだず。

男の臭いがしてよぉ、勘平がやったんだべ、ってなったのよ。



男衆は勘平のところに押しかげで、白状しろど問い詰めだ。


「おらは何も知らね。そういえば知らね男の人影を見だ気がする。そいつがやったんじゃねぇが」


そう言うのよ。

童のおっ父は、今にも勘平の首を絞めで殺そうどしそうなんだけども、周りの男衆が止めだのす。

一回村長さ相談すべと耳打ちしでな、その日は引き下がったのよ。




翌日、話を聞いた村長と、童のおっ父、他に二人の男衆が、勘平の家さ行った。


「この間は、童助けでくれでありがどな。お礼の酒を持って来たがら、景色のいいとごろさ行って飲むべ。もぢろん、ご馳走すっからよ」


村長がそう言うど勘平は気が良ぐなって、付いてきたのす。



森の中さ入り、村が見える小高いところさ出だ。

そこさ酒と飯と広げでよぉ、飲み食い始めだんだ。


村長から注がれで、勘平はいよいよ気分が良ぐなっだず。

んめんめど、普段飲まねよんたいい酒と飯を味わったのす。



「童ば可哀想になぁ。痛かっだべが。これで行きずりのわげもわがらね男の赤ん坊なんか入っだらよ、最悪だなす。悪りがっだぁ。おらがもう少し早ぐ気づいでればよぉ」


勘平はにたにたど笑って言うのす。




しばらぐしで、男の一人がよ、小便行くべって勘平を誘ったのよ。

行ぐべ行ぐべってなって、立ち上がるけども、勘平は酒ば回ってふらふらしでら。

もう一人の男が支えで歩いだのよ。



「おらいつも一人じゃ、今日ば皆ど飲めで嬉しいのす」


勘平はそう言いながらよたよた歩いた。


「そうかそうか。それはいがったな」


「またおらのごども、誘ってくなんせ。おらはぁ、皆ど仲良くしたいのす」


勘平は親しそうな笑みを浮かべで言っだ。




「こごで小便すべ。変なところでするど、山の神に怒られるがらな」


「山の神なんぞいるが。いだらあの童が痛い目に遭うこどもながっだへぇ。神なんぞ、いねんだ」


そう言いながら、勘平はちょっと高くなっでら崖の淵から、下の池さ向かって小便始めだず。




するど、少し遠くから、だっだっだっだっど走って来たのす、童のおっ父が。

後ろから棍棒で思っ切り勘平の頭殴っでな、ふらついたどころを突き飛ばして池さ落としだのよ。


落ぢだ勘平は池から顔を出しでな、助けでー助けでーって叫ぶけどもよ、おっ父、男衆、後から来た村長は上からじいっと勘平を見だのよ。



崖はそんなに高ぐね。

見ただけなら池の淵さつけば上がってこれそうなのす。


「……村長、大丈夫だべが」


おっ父は言っだ。


「……来たじゃ……」


村長がそう言ったどぎ、池が急に真っ白になったのす。


ぎゃああああ、ど、勘平は叫んだ。

何かに体が引きずられでらように、どんどんと体が沈むんだ。

さらには、勘平の周りは血で赤く染まっでよ、徐々にぷかぷかと勘平の腸だのが浮いできたのす。


直に、勘平はすっぽりと池の中に入って、浮いでだ体の一部も見えなぐなっだよ。



「こごはハイヌマ様がいらっしゃる。こごに落ちだら帰っではこれね。気をつけらじゃ」


村長はそれだげ言っで、皆帰るごとにしだなす。



ハイヌマ様の池の場所ば、村長と信頼されだ村人しが知らね。

もし池ば見つけたらなす、ぜって近ぐでふざけるなよ。

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ハイヌマ様 千織 @katokaikou

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