闘神大陸編

絶望の闘神大陸


「ッ!?」


瞬間、視界が開かれる。俺の体を包んだ転移の光が消えるとそこは、激しい吹雪が吹きすさぶ雪山だった。


(は…おい、待てよ、師匠、は?)


俺の頭に過るのは、左胸を貫かれ今までにないほどの優しい笑みを浮かべた師匠の姿。それは確実に、心臓を穿ち抜かれた様相だった。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッッ!!!!????」


それを思い出した時、耐え難い苦痛が襲ってきた。3歳からの七年間、共に過ごし特別な感情さえ湧いていたリシア=イフリートはもう、この世にはいない。それを考えた途端、全身が焼けるような思いだ。


(あの時、もっと魔力を練れば、もっと熱を上げれば、もっと魔龍神を研究していれば…)


否。そんなことをしても、絶対に勝てない。こうなる未来は変わらない。それは、俺の意思を粉々に砕く絶対的な事実だった。


でも、師匠は俺のせいで、死んだ。俺がいなければ、なんとか応戦して隙を作り、転移魔法で逃げていただろう。それどころか、俺が希望の炎を放たなければ、奴を怒らせることもなかったのだ。


「全部、俺の、せいじゃないかッ…!」


涙が溢れる。声が掠れる。俺は、この世界のことを、見誤っていたのかもしれない。魔法が人並み以上に扱えて、魔力量も人外の域に達し、10歳とは思えないくらい強くなった。だからこそ、油断していた。自分の大切な人が死ぬなんて、思いもしていなかったのだ。


そして、現実は非情である。


『ワォォォォォォン!!!!!!』


俺の後方から、いくつも重なった遠吠えが聞こえる。俺が勢いよく振り返るとそこには、氷と雪で全身を覆った2メートル近い狼、ざっと20体が居た。


(ブリザードウルフ!?)


『ガウ!!』


先頭に立っている一際大きな氷狼、リーダーらしき奴がこちらに駆ける。俺は瞬時に、足元に火炎を巻き起こし加速する魔法、炎脚フレアアクセルを発動。雪を溶かしながら奴の噛みつきを回避する。


「ブリザードウルフ…単体Bランク、群れだとA−にもなる魔物…てことは、、、」


俺は、この魔物と俺を苛む異常な寒波、そして猛吹雪から見て、とある場所を連想してしまった。俺が知る限り、最悪の場所を。


(戦闘民族だけが住む危険地帯、『闘神大陸』の北東部、『絶望の雪山』…!!)


俺の住んでいたルード王国は、人間が主に住む聖大陸の中央部。そしてここは、聖大陸から北に4000キロ以上離れた別の大陸、その中でも屈指の危険地帯だ。


「っと!?」


だが、そんな事を考えてる暇はない。ブリザードウルフたちはすでに臨戦態勢。俺のことを見てその全員が連携を取りながらこちらに駆け出した。


(高温の炎で、包み殺す!!) 


炎獄包フレアヴェール。」


『ガォォッ!!』


雪を踏み躙り、牙を剥き出しにして襲いかかるブリザードウルフたち。奴等は、俺の足元から展開された炎の物理的な結界により包みこまれ、中で豪炎に苛まれる。


『ガオッッ!!』


「いっ、たいなぁ!!」


しかし、俺が魔法を発動した頃には別のブリザードウルフが飛び出しており、そのうちの1体が背中の肉を抉り取る。すぐさま振り返り、やつの頭に手をかぶせ魔法を発動。奴の頭部はハイすら残さず燃え尽きる。


「クソ、がぁ!!」


ひたすらに、数が多い。一体一体が強く、早いのに奴等が連携を取って襲い掛かると俺も対処しきれずにダメージを負う。俺は順調に奴等を燃やすが、それでもまだ10体は残っている。


(なんで、だよッ…)


俺の頭には、諦めの2文字が浮かびつつあった。魔龍神に襲われ、師匠が死に、こんな家から離れた場所に転移したというだけで、もう立ち直れないほどに辛いのに、なんでこの仕打ちなんだよ、と。


そして、思ってしまった。死ねば、師匠に会えるのではないか、と。その瞬間、俺は杖の魔力を解除してしまった。


『ガオ!!!』


ブリザードウルフのタックルは、杖の魔力を解除したことによってモロに喰らう。肋骨の数本が折れ、地面に叩きつけられる。そして、別のブリザードウルフは倒れた俺の右肩の肉を喰らった。


(このまま、死ねば…)


俺が瞳を閉じようとする。それは敗北の合図であり、死を意味する行いだ。


『ガオオオ!!!』


そして、ブリザードウルフの牙が迫る。頸動脈へと向けられた牙は、一直線に首へと振り下ろされる。








――――――『これからは一緒だ、楽しい時も、辛い時も、死ぬ時も、ね。』


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」


魔力全開放。ただ魔力を全身から放っただけで群がっていたブリザードウルフたちは吹き飛ばされる。 


(忘れんなよ、アレン。お前が死ねば、一人の少女が涙を流すってことを。)


前世の俺。普段は魔法の研究ばかりを脳内で行っていて、全然現実に口も体も出そうとしてこない前世の俺が、今俺の体を乗っ取り、動いた。


「そう、だよな。絶対に、死ねない、よな…」


なんで、そんな単純なことを忘れていたんだろうか。約束したじゃないか、楽しい時も、辛い時も、死ぬ時も、一緒だと。


そう考えると、俺の首からかけられている勾玉のペンダントから伝わる体温を、ようやく認識できた。俺はこの温もりを、手放してはいけないと本能的に思った。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」


そして俺は起き上がり、その瞳を一つの意志で染めた。痛みも、悲しみも、ショックも、今はひとまず置いておけ。絶対に、生き残るんだ。





―――――――――――――――――――――




「はぁ、はぁ、はぁ…」


30分も経つと、そこには、俺しか立っていなかった。20のブリザードウルフは全員がどこかしらを焼き尽くされていて、地面に伏している。


「大丈夫、だ。俺なら、帰れる。」


自分を安心させるために、そう呟く。まずは自分の現在地を把握する必要があると考えた俺は、自身を出力に弱めた炎魔法で暖めつつ、氷魔法で氷の地面を高く高く積み上げて、その上から辺りを見渡す。

 

(吹雪で見えにくいが、ある程度はわかるな。あそこに青龍山があるということは、こちらが南か。) 


現在地は、ルード王国から北東に存在する絶望山脈の一つ、絶望の雪山の麓だ。ということは、ここから南西の方面に向かえば、ルード王国に帰れる。


だが、俺の体は10歳。未だ子供の体で、何も知らない土地で、わからない言語を相手に、何千キロも旅ができるのだろうか。


「無理だ。」


ならば、協力者を見つけるしかない。それか、こちらである程度の地位や権力を持ってしまえば、超高額ではあるが、空でルード王国まで帰れる『魔導船』を使えるかもしれない。


現実的なのは、魔導船で帰ることだ。この闘神大陸には基本戦うことしか考えていない奴等しかいない。そいつ等が、人間族の子供のお守りなんてするわけがない。ならば、俺も力で成り上がり、帰るほうが現実味があるだろう。


「そうと決まれば、行動開始だ。」


まずは、絶望山脈の脱出。そしてここから南東方面にある闘神大陸三大都市『冒険都市ネクス』に向かう。それが、ひとまずの目的だ。


俺は、絶対に帰る。何年掛かったとしても、絶対に帰ってみせる。それを心に決めて、歩き出したのだった。



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