三千夜の宝物
「アレン、財布は持ったか?」
「もちろん。」
「ハンカチは?」
「ポケットに。」
「やる気元気?」
「パワー!!」
「何やってんのよあんたたち…」
現在、俺の年齢は10歳を迎えた。まだまだ子供だが少しずつ背も大きくなってきて、魔法の鍛錬も順調だ。まぁまだ、師匠は炎聖級魔法を教えてはくれないから、魔力量だけが増えていってもう師匠5人分くらいの魔力まで増えちゃったけど。
そしてとある日の休日、俺とリルは珍しくちゃんとした服を着てやる気に満ち溢れた顔をしている。
「うちの息子のデートだからな、シャキッとさせねぇと。」
「デートではないんだが?」
「え?デートじゃないの?」
「おろろ??なんか認識が違うな?」
父さんがくしゃっと笑いながら言ったので、いつもの冗談だと思ったがリルの反応で怖い。
(まぁ、リルならデートでもいっか。)
「さてアレン、どこにいくんだっけ?」
「村から歩いて一時間もかからないくらいの距離にある大きな街『交易都市ネクス』。世界各地の名産な珍物が売ってるから、珍しいものが好きなリルも楽しめると思ったんだよね。」
「さっすがアレン、私の喜ぶものをわかってるわね。」
俺が事細かに応えると、リルは嬉しそうな顔を浮かべてふん!と仁王立ちした。その様子を見て一笑いした俺は、魔導の虹杖を右手に握り立ち上がった。
「さ、昨日から準備してたんだ。早く行こう。」
「ふふ、アレンがエスコートしてくれるの?」
「今日だけはお嬢様気分で良いですよ、リルお嬢様?」
「嫌よ、私達は主従じゃないもの。」
「そっか、なら、早く行こうか。」
そんなくだらない会話をしたあと、父さんに行ってきますと伝え家を出る。そして、交易都市ネクスへと向かって歩き出したのだった。
―――――――――――――――――――――
「ふっふ〜ん、アレン!この街、良いわね。」
「俺も初めて来たけど、なんか好きだな。この感じ。」
交易都市ネクス。世界各地から商人や冒険者が集まり売買を行うこの街には、年齢や性別どころか、種族すら違う者たちが集まる。その街を、はぐれないようにと二人で手をつなぎながら歩いていると、なんだか楽しくなってきた。俺達はグローバルなのだ。
(楽しむだけじゃなくて、今日の目標もちゃんと考えなきゃな。)
そう、今日この日にリルを連れてネクスに来たのには理由がある。なんと今日、彼女は誕生日なのだ。もう何年か一緒に暮らしてきてかなり情が芽生えているので、是非とも祝ってあげたい。そのために、珍しいものが大好きな彼女のために今日この街に来たのだ。
「ねぇアレン、あの壺凄い面白い見た目してるわ!」
「そうだね、凄く変な色だ。」
「ねぇアレン!あのネックレス頭蓋骨よ!」
「ホラー映画みたいだね。」
「ねぇねぇアレン!あの剣凄い強そうよ!!」
「良い鉄なんだろうな。」
実際、リルはこうして歩いて商人たちが展開してる露店を見ているだけで大はしゃぎだ。俺の目から見ても、面白そうなものがころころあるし、リルの反応も相まって凄く楽しい。でもまぁ、商人たちに微笑ましい目で見られてるのは気になるけど。
「ねぇ、アレン。あの串焼き、一緒に食べましょ?」
「もちろん良いよ、買ってくる。」
「私も出すわ。」
「良いんだよ、こういうときはカッコつけさせてくれ。」
「ふふ、男って馬鹿ね。」
「そんくらいが丁度いいだろ?」
時間はお昼ごろ、もう3時間近くこのあたりをうろついて少し疲れたんだろうか。リルが休憩と食事を提案してきたので快諾し、魔物の素材を売り払って手に入れたお金を使い串焼き二本を購入する。
「あそこ、座ろうか。」
露店通りを抜けた少し先、人があまり居ないベンチが置かれた休憩場所に腰掛ける。そして二人で美味しく串焼きを頬張っていると、リルが少し不安そうな顔を浮かべた。
「ねぇ、アレン。私がなんで、家を出たのか、気にならないの?」
「聞いて、欲しいのか?」
「聞いて欲しくは、無いわね。」
リルは、今更な言葉を告げた。そりゃ最初は思ったけど、あのルード王国の二番手が護衛を付けずに家出などただごとではないくらい分かるし空気を読んで、今まで聞いていなかったのだ。
「じゃあ、聞かないよ。」
「やっぱり、アレンは優しいわね。」
「別に、リルがどんな事情を抱えていてもリルはリルだ。俺にとってのリルは、こうして楽しそうに遊ぶただの可愛い女の子だよ。」
きっと、リルには事情がある。剣一本で長年ルード王国を守り続けてきたブランケット侯爵家の長女が、剣を使えず魔法を使う。それだけで、家族からどんな扱いを受けてきたのかなんて分かる。
「っ、、、ふふ、やっぱり、アレンならそういうと思った。」
「はめたな?」
「むしろ、想定より暖かい言葉でびっくりしてるわ。」
「なら良かった。よし、食べ終わったしまた見に行こうよ。」
「そうね、ここで時間を潰すのも勿体ないし。」
そう言い放ち立ち上がる彼女に、涼しく清涼な風が吹く。リルの顔は、とてもスッキリしたような表情だった。
―――――――――――――――――――――
「ねぇ、アレン。お手洗いに行ってもいい?」
「もちろん、ここらへんで待ってるよ。」
「ありがと。」
時刻は、夜六時。お昼ご飯を食べてから露店通りをひとしきり歩いて見回ったあと、リルととある魔道具を購入した。
双健のペンダント。2つで一つになるような勾玉みたいなペンダントで、魔力を登録することで、ペンダントからもう片方のペンダントの持ち主が生きている限り、持ち主の体温を感じれるというもの。今、俺とリルの首にはそれが掛けられている。
「さて、行きますか。」
リルがお手洗いに行ったタイミングで、俺は行動を開始する。先程マークしたとある店に風魔法で体を軽くしながら全速力で向かった。
店の名前は『ハット』。静かな骨董品屋のような雰囲気を漂わせるこの店の片隅に置いてある髪留めを、リルは小さく「綺麗…」と呟いていたのだ。
「金華の髪留め、別名『三千夜の宝物』。お値段300万ゴールド、か…」
現在貯金、ぴったり300万ゴールド。俺は使うことを惜しまない。なぜならこの髪留めは、リルの透き通るような蒼い髪にとても似合う金色のこれ以上ないほど美しい花の髪留めだからだ。
(金華、三千回の夜を過ぎることで美しい結晶となる花。それを加工したものを渡すということは、実質的なプロポーズに近い。三千回以上の夜を、あなたと過ごしたいという意味なのだから。)
包み隠さず言えば、俺はリルが好きだ。そして自意識過剰ではないが、リルも多分俺が好きだ。デートと言っても嫌がらないし、一緒にお風呂入るし、同じ布団で寝るし。
だからこそ、彼女は大事にしたい。俺はその意味も込めて、この金華の髪留めを手に取った。
「店主、これを買いたい。」
「金華…坊ちゃんのような歳の子が、か?」
「はい、金ならあります。」
俺は金華の髪留めをカウンターに頬杖をつく店主のとこに持っていき、金貨が300枚入った袋をカウンターに置く。それを見た店主は目を見開き、驚いた後に口を開いた。
「なら、良い。」
金華の髪留めを、綺麗な小梱包に包み純白の紙箱に入れて丁寧に俺に手渡す。金貨の入った袋を見て、確かに、と呟いたあと店主はそっぽを向き、応えた。
「渡す相手、大事にしろよ。」
「っ、、、はい!」
それだけの会話。それだけを終えると、店主は他の商品の整備を始めた。俺はスッキリした顔を浮かべて、さっきリルと分かれた場所へと向かった。
―――――――――――――――――――――
「あれ、アレン。どこ行ってたの?」
「ちょっと気になるのがあったんだ。」
「へぇ?買ったの?」
「いや、売り切れてたよ。」
リルと分かれた場所に向かうと、辺りを見渡す彼女の姿があった。リルの肩にポンと手をおくとリルはびっくりしながら振り返った。
「もう良い時間だし、そろそろ帰る?」
「そうね、ペンダントも買えたし。」
リルは勾玉のペンダントを握り、幸せそうな笑みを浮かべて目を瞑る。その瞬間、事件は起きた。
『グモォォォォォ!!!!!』
「きゃぁ!?」
「な、なんだ!?」
商人たちのうちの一人、魔物を首輪によって制御し売り捌いていた男がリードを繋いでいた魔物の一体、巨大な赤色の猪『グルドボア』が首輪を断ち切り暴れ出した。
そして、暴れたことによって飛んできた商人たちの商品。そのうちの一つである剣が、刃を向けてリルへと飛んでくる。
「リルッ!!」
その瞬間、俺はリルの前に立ち塞がる。魔法を発動する暇は無かったので肉壁ガード、そのおかげで左手首が宙を舞う。
「きゃぁぁ!!??」
「やめろ!?くるな!?」
「衛兵はまたか!?」
俺の手首が切り落とされたときにも、グルドボアは暴れる。そしてその巨体に一人の商人が叩き潰されそうになる。
「させ、ねぇよ!!」
だが、俺の右手に握る魔導の虹杖はすでにグルドボアへと向いている。次の瞬間には、奴の頭上から30を超える水剣が降り注ぎグルドボアを地面へと串刺しにした。
(犠牲者は、出さないッ!!)
『グオオオオオ!!!』
しかし、全身を風穴だらけにされても奴は吠える。その巨大な牙をなんと、銃弾のように商人へと飛ばしてみせた。
「堕ちろッ!!」
放たれた牙は、恐らく水壁では止まらない。だからこそ、水と違い固体の氷魔法を発動。商人の背中を守るように出現した氷の壁によって牙は抑え込まれる。
さらに、魔導の虹杖に魔力を流す。そして作り上げるのは蒼炎の矢。温度を極限まで上げ、高速回転させ貫通力を上げる。そして放った
「アレン!?大丈夫!?」
グルドボア、危険度にしてCランクの魔物が息絶えるとリルは冷や汗をダラダラと流し俺の左腕を掴む。
左手首から先は、無かった。ただ血があり得ないほど流れていて、普通に脂汗でいっぱいになるくらい痛い。だがそれは、リルの手から溢れ出る緑色の優しい光に包まれ消える。
「神なる癒し、かの者を立ち上がらせる力を与えん。
上級治癒魔法[
「凄えな坊や!!助かったぜ!!」
「ありがとう!!ここで死ぬかと思ったよ!」
「おら坊主!女守るなんてカッケェじゃねぇか!!」
俺の手首が再生すると、周りの溢れんばかりの商人たちは拍手と共に感謝を述べた。犠牲者ゼロ、町中での魔物退治にしては上々だろう。建物の損壊はあるが、そこまで気にしたら負けだ。
ということで、商人たちの感謝を受けるのも程々にして俺達は帰路につく。冬の夜、暗い平原を二人で手を繋いで歩く。
「最後の最後に、とんだ災難にあっちまった…」
「アレンが痛い思いをしたのは私のせい、本当にごめんなさい。」
「気にしないでよ、俺はリルが傷を追うほうが嫌だから。それに、腕も直してもらっちゃったしね。」
手足の再生は、教会とかでやってもらうと数百万ゴールド掛かる代物だ。それを無償で軽々と行ってくれたリルには頭が上がらない。
(なんだか、色々あったな。)
少し冷たい風が、俺とリルを揺らす。髪は靡きリルの青髪がとても美しく見える。そして、10分ほど歩くと薄暗い平原にて、リルは口を開いた。
「ねぇ、アレン。昼は言えなかったけど、やっぱり言うね。」
リルは覚悟を決めた顔をして、俺の目を見た。そこには、昼間の不安そうな表情はなく、俺のことを信頼している目があった。
「私の家は剣術だけで王国二番手の貴族、ブランケット侯爵。でも私、近接戦はからっきし。魔法は治癒が得意だけど、それも父様や兄様の剣ほどじゃない。」
「だから、逃げた。毎日毎日、剣を上手く振れない私を見て嘲笑い虐める兄と、失望した顔でため息を付く両親に、耐えられなかった。」
リルが言葉を紡ぐたび、すべての音が鮮明に聞こえるかのような気分になる。それだけ、彼女の言葉には意思があった。
「でも、私は所詮箱入り娘。ソードベアに襲われて惨めに失禁、このまま死ぬかと思った。でも、アレンが助けてくれた。命だけじゃなくて、私という人間を、認めてくれた。」
リルはすごく、満足げな顔を浮かべている。そして、いたずらな微笑みを浮かべて、俺の目を見つめた。
「だから、ありがとう。それと、、、」
「待って、リル。そこは、俺に言わせてくれ。」
リルは、俺が止めると顔を一気に赤らめた。俺はとてもスッキリしたような顔で、片膝を付き、懐から純白の紙包みを取り出し、その中身を両手で大切に持った。
「好きだ、リル。この世の誰よりも愛してる。だから、俺と付き合ってくれないか?」
「それ、きん、か…?」
豪華な装飾の施された箱を開け、差し出す。その中身は、透き通るような美しい金色の、吸い込まれそうなほど魅力的な花の髪留めだった。別名、三千夜の宝物。
「ほんとう、に、私で、良いの?」
「リルが良いんだよ。」
気づけばリルは、泣き出していた。その美しい薄い青色の髪を靡かせながら、嬉し泣きして、その言葉を紡いだ。
「こちらこそ、お願い、します…!」
「もちろん、これからは、ずっと一緒だ。楽しい時も、辛い時も、死ぬ時も、ね。」
金華の髪留め、三千回以上の夜をともに過ごすことを誓う約束の華を、彼女は受け取った。そしてその長くストレートにしていた青髪を、ひとつ結びにして束ねた。
そして、リルが承諾する。俺は彼女に抱きつき、リルも俺に抱き返す。そして、幸せを噛み締めた。
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