仮面の独白
ウユウ ミツル🏖🌙🏙
仮面の独白
――――名探偵は遅れてやってくる。
なぜか? 自分の仕事が遅れないと現れないことが理由だ。
刺された遺体、消えた現金、おかしな落書き。トリガーはなんでもいい。
何かが起きないと名探偵はやってこない。何も起きなくても面白いのはそれはミステリーではない。
だから、笹木美玖の元に名探偵がやってきたのも――――きっと何かが起きたからだ。
「こんにちは、名探偵です」
初春の朝。名探偵が現れた。
峠は越えたとはいえまだまだ寒冷前線の影響が強く、自販機で買った缶コーヒーは半分も飲まないうちに生ぬるくなってしまう。
それに構わずベンチで好きなミステリを読んでいた時だった。
「わ」
美玖が名探偵に驚いたのには、その容姿に問題があったからだ。
茶のロングコートに首元に蝶ネクタイ。
ここまではまあステレオタイプといった感じだが、目元だけ隠すタイプの仮面はどう見てもその名探偵という名誉職業の人物がつけるものではないだろう。
まさか、変人か。
明らかに怪しい人物に美玖がそう警戒していると、時が経るにつれて少しづつ硬化していく相手の表情を察したのか自称名探偵は言葉を紡ぎ出した。
「笹木美玖さんですよね?」
声質だけでは男か女か分からなかったが、その声はやけにしっかり聴きとれた。
「はあ、そうですけど。えっと、なんで私の名を?」
「フフフ、名探偵ですから」
「……」
「あ、待ってください」
仮面をしていてもわかるほど自信たっぷりに誇ってきたので、公園から出ようと歩き出そうとすると、名探偵はぬるりと動いて立ち塞がってきた。実体のないような気持ちの悪い動きだ。
もしかして名探偵と言われるほどこの人が事件に巻き込まれたのには、このウザさが原因ではないかと思いつつも、美玖は別の質問をする。
「それじゃあ名探偵は何でここに?」
「それはあなたの心に聞いてみてくださ……ごめんごめん、待って待って。冗談だって」
美玖が先ほどよりも早く歩いて逃げようとしたのはしょうがないだろう。
またも霞のように移動した名探偵に嘆息してから、最後のチャンスだと勝手に決めて振り返る。
「じゃあ、なんで私に付きまとうんですか?」
「――――実は昨日起こった殺人事件について少し調べさせていただきました」
「え……」
美玖はその言葉を聞いて、息が詰まってしまった。昨日の殺人事件のことをなぜ知っているのか。自分たち以外誰も知らないはずなのに。
「名探偵だから、なんでもお見通しですよ」
名探偵は何でもないようにそう告げる。
先ほどと同じ、理由にならない答えをされたのにも関わらず、美玖は驚くほど自分の心が冷めていることに気づいた。
「あなたは一体、何者なんですか」
寒さのせいか何かわからない震え声になりつつ、美玖は誰何する。名探偵は笑みを浮かべたまま顔を崩さない。
(どうして……)
うつむき顔を上げようとしない美玖に名探偵は、追い打ちをかけるように昨日あった殺人事件について語り始めた。
「あなたの家で人が殺されたと思います。昨日亡くなられた方は――仮にAさんとしましょうか――長い間虐げられてきたような痕跡が見受けられました。じわじわと痛めつけられてきて、ついに昨日その命を刈り取られた」
淡々と語られた事実に美玖は耳を塞ぎたくなった。
そのことは、あまり思い出したくない。あの子はもう死んでしまった。もう戻らない。だから、もう、やめてほしい。
名探偵は美玖をじっと見ながらまたしゃべりはじめる。
「Aさんはあなたの親友だったそうですね」
「……そうですね、いつも一緒でした。あの子はわがままだけどすごく元気をもらえる子なんです」
操り人形だ。美玖はそう思った。
殺された彼女のことを話す自分を、どこか遠くで見つめている自分がいる。
悲しみの言葉を口で操りながら、凍った心でそれを観察している自分が。
(昨日まで、一緒だったのに)
そう、昨日まで彼女と触れ合っていたのに。笑い合っていたのに。慰め合っていたのに。ケンカし合っていたのに。励まし合っていたのに――なのに。
ガラスのような瞳が写す先を、地面に固定する。美玖は彼女と共にすごした日々がずいぶん昔のことのように思えた。
名探偵はなおもすべてを知っているかのように問いを続けた。
「それはお辛いでしょう。……率直に聞きます。昨日、あの現場には三人の男女がいました。貴方と、彼氏の上坂さん、親友のAさん。部屋には鍵がかかっており、誰も入れない状態だった。貴方は犯人を見たのではないですか?」
「壮馬が殺したって言うんですか!?」
思いもよらない問いに美玖は驚きと怒気を音に乗せて名探偵にぶつけた。
そんな、そんなわけない。彼が殺したというなら理由がない。あまり彼女と壮馬と話させようとしたことはないし、壮馬は優しい人だ。とにかく、そんなはずはないのだ。
「美玖さん」
名探偵はそんな美玖の発言を冷ややかな目で受け止めた。まるで殺したのは上坂だともう確定しているかのように。
「……ッ!」
美玖はそんな様子の名探偵にしびれを切らして名探偵の胸倉をつかみかかる。思っていたよりも華奢だな、なんて湧いた思いもすぐに消え失せ、美玖はついに秘密にしていたことを言ってしまった。
「――――殺したのは、私です!!」
ああ、言ってしまった。美玖はそう思う。
別に上坂を守りたいから嘘をついたわけではない。真実を言ったまでだ。本当は隠しておきたかったけれど、しょうがない。
美玖はまっすぐに見つめてくる名探偵に自分が彼女を殺した理由について話し始めた。
「あの子、本当にわがままで困ってたんです。自分の思い通りにならないとかんしゃくを起こすし、自分のしたいことしかしないし」
確かに彼女といて助かったところも、楽しかったこともある。
だがそれ以上に、迷惑したことの方が多かった。
何もかも思い通りにしないと気が済まない。イヤなことはイヤと言い、泣きたいときは泣く。何度それを押さえつけることに苦労したことか。何度やめろと言ってもわがままを言うだけ。こちらの迷惑なんて気にしない。
美玖はそこまで考えて、グッと息を詰まらせる。
それに。それにだ。
「そのくせ、壮馬に自分のことも愛して、なんて言い出すんです。自分のことも愛さないのはおかしいんだって。壮馬が好きなのは、私だけなのに」
できもしないことを訴えて、美玖にも、上坂にも迷惑をかけようとした。
美玖の大好きな上坂にまで、我儘を通そうとした。
だから美玖は、耐えかねて――。
「あんな子、殺された方がマシなんです!」
そこまで言った美玖は息を整える。
瞳から涙と、もっと大切な何かがこぼれそうになるのをこらえる。
今の話を聞いて名探偵がどう思っているか怖い。人でなしと罵るだろうか、自分のことを嫌うだろうか。
それならばいっそ体が冷え切って死んでしまえ、言葉の熱を上げる代わりに。
「だから私は――!」
「――あなたは悪くありません」
美玖の声が途中で途絶えたのは、叫ぶように主張しようとした美玖を包み込むように名探偵は抱きしめたからだ。
「あなたがあなたを責めることではないのです」
名探偵はそう言ってさらに抱きしめる力を強める。
それは、まるで壊れてしまいそうになっているものを必死に守るようだった。
「たしかに殺したのはあなたかも知れません。でも殺させたのは上坂さんです。上坂さんがあの時、Aさんのことを受け入れていれば、いや、そうでなくとも否定さえしなければあなたはこんな凶行に走らずに済んだ」
その言葉を聞いた美玖は違う、そうじゃないと思う気持ちがあると同時に、とても納得して安心する、というどこか矛盾した心地になっていた。
それでも、と美玖は思う。
「殺したのは私なんだから、私が悪いんです。私だけが罰を受ければいいんです」
「間違ってる!!」
「……!」
名探偵が上げた声は、美玖の不安や苦しさを貫くもので。
「罰なんて受けるべきじゃない。多分、彼も。でも、彼が本当は優しいのだとしても、二人ともを受け入れなければあなたにとっては苦痛でしかないでしょう」
公園の入口から上坂の声が聞こえる。自分を心配してここまで来たのだろう。じきに自分に気が付くとわかっていながらも美玖は名探偵を振り払えなかった。
「あなたはよく頑張った。だから、自分を責めないで。殺されても、あの子はどうしたってあなたの一部だから」
名探偵の言葉を聞いて、名探偵の腕の中で美玖は一筋の涙を流した。
頬を伝い涙が地面に落ちるころ、名探偵は仮面を外し笑いかけてくる。
「私はいつでも一緒だよ」
その顔は――美玖にそっくりで。
「……うん」
消えた名探偵がいた場所に笑いかけてから、美玖は近くに来ていた上坂に向き直る。
体はまだ寒い。まだ冬だから当然だ。しかし、いくら放っても消えない思いさえあれば心は熱くなれる。
名探偵が――美玖の憧れを模した自分がついてるから。
仮面以外同じ姿をした名探偵が活躍するミステリー。
ベンチに置かれたその本の表紙をそっと撫でた。
(私は――)
美玖は、自分の顔に張り付いた透明な
下から出てきたのは、不格好で子供でわがままで、しかし大好きな美玖自身。
(私のままでいい)
さあ、彼に言おう。
息を吸った。
「――私、自分を殺してまであなたと一緒に居たくないわ」
―――――
蛇足情報
ペルソナ……ユングの提唱した心理学用語。 仮面を意味する「Persona」を語源とし、人間の「外的側面」「内側に潜む自分」と定義されている。
題名は「
仮面の独白 ウユウ ミツル🏖🌙🏙 @uyumitsuru
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