第3話「英雄愛好家の殺人鬼は英雄に討たれる」

 その日、ヒロはかつかつと歩ていた。場所は騎士学園の領内であり、確かな足取りで足を前に出すその姿はさながら戦場に向かう戦士そのものだった。

「なにやら、急いでいるようだな。ヒロよ」

「……レグルス」

ヒロに声をかけてきたのは入学試験で仲良くなった友人の貴族レグルス・コペルニクスだった。彼は休日の朝だというのに上半身裸で練習用の木製の槍を待っていた。明らかに朝の鍛錬の後である。

「まぁな。明日の早朝にやらなきゃいけないことがあってな。その準備で今日は忙しくなりそうなんだ」

レグルスに重要な部分はかくしてこれから自分に待っている命の次くらいには大事な決戦があることを伝える。

「なるほどな、つまり貴公はこれから決闘に赴くということか」

「……おう、俺の魂の誓いをかけた戦いさ」

恐らく、レグルスは武器で殺し合う戦い以外のことも『決闘』と呼んでいるのだろう。こいつはそうゆうところがある。

「ならば、そんな不安そうな顔をするな。お前はおれを倒したほどの強者なのだ何を恐れることがある」

「あぁ、ありがとうな」

そう言って、俺はレグルスの手を掴んで腕相撲のような形で互いに固い握手を交わした。


 その日の昼。ヒロは前日来たオケラ横丁の武器屋を通っていた。件の魔王と戦えるようにするための武器を手に入れるためだ。

「おっちゃん」

短く一息ただはっきりと鍛冶屋の店主に声をかける。その声は前日の時は打って変わって覚悟と信念とに満ち溢れるものだった。

「来たか小僧」

その声を鉄を打つ音と聞き分けた店主は作業を弟子に交代させてヒロの前に出てくる。

「注文通りの品はできてるぜお代だが……小僧の顔を見て気が変わった半額でいいぜ」

「ありがとうございます」

いつもの天真爛漫の空気でやったー!と無邪気にはしゃぐのではなくただ淡々と感謝を伝えて代金を払い、例のブツを受け取る。それは金属製の棍棒をT字型にしたシンプルな武器トンファーである。取っ手を掴み、くるくると振り回してみると感覚が前世と同じように体に馴染んできた。不思議と鍛えた技術は転生してもなお変わらないらしい。だが、それはその技に対する並々ならぬ愛着とこだわりがあったからだろう。前世でヒロは刑事としてこれ二本だけで異能犯罪者を取り締まってきたのだ。ヒロの前世で過ごした世界は武器に超能力が宿る不思議な世界であった。故に自然とジャックも前世のヒロもその中に入っていた。その力で犯罪を犯すのがルナの前世であり、それを取り締まるのがヒロの前世であった。そして明日、その因縁に決着が着こうとしていた。


 朝四時、春先のこの時間では日が出るには少し早い時間であっただが、今までの紆余曲折を思えばヒロにとっては遅すぎるほどであった。ブリタニア王国の離れにある森の中、仄かな明かりの中ヒロはこの森の街道の真ん中のある場所で立ち止まる。そこは魔王と初めて会った場所であり、今世での父を失った場所でもある。前世孤児だったヒロによっては彼が初めての家族だった。初めて暖かさを知ったのだ。だが、そんな父を失った復讐心よりも、なお、それに勝る彼という咎人の性の解放するべきだという使命感、愛情が心の中で熱として燃え上がっていた。

「……待ちましたかね愛しい人モナミ

霧の中から魔王……ジャックと呼んでおこう。ジャックが姿を現した。その姿は紳士風であり、礼儀正しさや高貴さを身にまとっている。だがその優雅さが表面上の見た目だけであることをヒロは知っていた。その中身は人殺しの自殺願望者である。

「いや、今来たところだよ。始めようか?」

ヒロはトンファーを構えてジャックに挑まんとする。

「えぇ、いいでしょう。我々の決着は速くつけておくに越したことはありませんから」

そう言って、ジャックは杖から仕込んでいたであろう刀身を露わにする。そして、ジャックは右手を絞り込み顔の真横に構えて刀身を真っ直ぐこちらに向けてくる。このまま突いてくるつもりだろう。

「ッ!」

そのままジャックは真っ直ぐ刺突してきた。ヒロはジャックの狙いは首であるとあたりを付けて顔のあたりにトンファーを置いておき、盾代わりとする。すると、綺麗にジャックの剣はヒロのトンファーにぶつかり合った。ジャックは剣を抜こうとした時、違和感に気づいた。

「剣が食い込んでいる?」

ヒロ注文したトンファーは特別製だ。折れないようにするために日本刀の芯が柔らかい鉄を使うのとは逆にトンファーの芯だけに金属を使い、周りは木製とする造りとしている。これによって重量をある程度維持しながら強度を上げることができるようにしている。しかも、刃物が切り込んできた際は木材が食い込んで、中心の軸である金属に止められることで相手の刃物を無効化する働きもあるのだ。これこそが即席で思いついた対ジャック用戦法である。そして、その隙にヒロはジャックの剣の側面を叩いた。ジャックの剣は日本刀に近しい形状をした剣であったため横の力には弱い形状となっていたのだ。それゆえに、ジャックの剣はポキッと折れてしまった。畳みかけるようにヒロはジャックの腹にトンファーキックをかました。直撃すると同時にヒロは手ごたえの可笑しさに気が付き、自分が逆にはめられたのだと気づいた。

「すいませんね、愛しい人モナミあなたの作戦真似させてもらいます」

ジャックの腹の前には魔術で作られた半透明で六角形の板のようなものがあった。その六角形の中心にはヒロの足首の大きさに合わせた穴が開いており、ヒロの足首はその穴にすっぽりとハマっていたのだ。ヒロの足は宙ぶらりんで空中に固定されていた。身動きが取れない中ジャックはヒロの顔を殴ってきた。手でガードしたが魔王と人間と言う種族による能力差の前では意味をなさなかった。そして、足が固定されているため吹き飛ばされることはなくその場に留まることとなってしまった。もう一撃だと言わんばかりに蹴りをくらわしてきたジャックだが、ヒロも只黙っているわけではない。トンファーで腹に来る蹴りを防いで見せた。が、それが逆効果だった。なんと、ジャックはブーツに刃物を隠していたのだ。怪我をすることはなかったが、ジャックの靴の刃物はトンファーに食い込み、持っていかれてしまう。ここでも能力差が明確出てしまっていた。

「さて、残念ながら最後です。敬意を表してこの技で葬ってあげましょう」


龍の咆哮ドラゴニックシャウト


手刀での切り落としによる斬撃の暴風はヒロの足を固定していた魔力の壁を砕いた。だが、ヒロの全身はそれ以上のダメージを喰らってずたずたにされてしまった。ヒロの命は風前の灯火だった。

「……死」

二度目の臨死体験という最悪な状況の中ヒロは残る意識を結集させて打開策を考えていた。ふと、騎士学校の入学試験の前に迷子になった時のことを思い出した。その時もらった果実はまだ処分することなく大事に持っている。なぜだか、それが自分の手の中にあるとわかった。そして、迷うことなくそのザクロの実を貪った。口から血のような液体がしたたり落ちる。それがザクロから何か自分の体からなのかわからなかったが口に広がる血のような味からどちらもあり得ると思えた。体は驚くほど回復していった。先ほどの死がどこか遠くに行ってしまったのだ。

(まさか、こんなに早く黄泉戸喫アンブロシアーをつかうとはの。一時的な強化じゃ三分が限界じゃぞ?)

脳内であの時の老人の声が響く。三分か……十分だ。力がみなぎる。そして、今なら出来ると確信する。

「さぁ、第二ラウンドだジャック!」

「いいでしょう。それでこそあなただ!」

ジャックは手刀を構えたままこちらに近づいてくる。応戦するようにヒロも近づいていく。片手にはトンファーが握られていた。


琉球武術奥義りゅうきゅうぶじゅつおうぎ無手打ちむてうち


全速力の剛腕より繰り出されるトンファーによる正拳突きは音を、果ては時を置き去りにする。それがヒロの持つトンファーが魔法武器として覚醒し、【加速】の能力の最高到達点に至った。前世では一度しか打てなかった一撃をようやくジャックに、魔王に当てることができた。

魔王の一撃は放つことが叶わず、魔王ルナ・フォン・ドラキュラは心臓に風穴をあけられて佇んでいた。

「満足か、ジャック」

「……えぇ、あなたに敗北して死ねるなら悔いはない」


そう言って、


――――心の底から彼女は笑った

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英雄愛好家の殺人鬼による英雄育成計画 夜野ケイ(@youarenot) @youarenot

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