第1話




↓【前編】↓


https://kakuyomu.jp/works/16817330669639164765/episodes/16817330669639170711


 ―――――――――――――――――――




 日が昇り始めた頃になっても、レイラは私室の席に腰を下ろしていた。


 まだ彼女は寝る気配がなく、手前のテーブルに置かれたカップは冷めた紅茶が残っている。


「…………兄様」


 かつてレジーナが言っていた『無理に訓練されたって、やる気のない奴は伸びない』という言葉を、レイラは思い出して歯噛みした。


 魔族は肉体を失っても、いつか復活する。これでは復讐すら成立しないと、彼女は自分の無力に失望していた。


 だから鍛錬に身が入らず、魔力の動きはぎこちなくて成長が遅い。


 それをレジーナが見抜き、以降の鍛錬はイーリスが指南役を引き継いだ。


「お兄さんはアリスを連れて宝物庫ですか……。信頼しているんですね、出会ったばかりの彼女を」


 ルシアは少し疲れた顔で、ベッドの縁に腰を下ろしていた。


「アリスが選ばれて、私は……」


 レイラは激しい嫉妬をアリスに抱いていた。


 自分は家を去らねばならないというのに、他人であるアリスはカーヴェルに温かく迎え入れられた。


 何で自分では駄目なのだろうかと、レイラは胸が苦しくなるほど嫉妬している。


「…………」


 ルシアは悲しそうな表情を浮かべ、「どうしますか?」とレイラに尋ねた。


「兄様の言う通り、家を去ります。でも、貴族の務めは果たします」


 目を閉じて、レイラは答えた。不安が交じる細い声だが、何か強い意志を感じる。


 ルシアは少し落胆した様子で「そうですね……」と、短くレイラの判断を肯定した。



 教会の庭園を眺めながら、ウォーレンとエルヴィンは歩いていた。


「君達に帝都を任せたのは、間違いだった」


 ウォーレンに並ぶほど長身の女性――カミラは落胆の気持ちを隠さない。声には憤りより、失望を滲ませている。


「エルヴィン。あまりにも臆病だと自分で思わないのか?」


 カミラは筋肉質であり、軍服がギチギチに張っている。屈強な見た目に相応しいほど、彼女は強力な魔力を纏っていた。


「………」


 エルヴィンは彼女と目線を合わせられない。彼は激しい罪悪感を抱いている、自分が裏切った相手がイーリスだけではないことに。


「お前は二年前、妻を失っている。何故逃げなかったのかと、息子に恨まれているのも知っている。だが、騎士なら果たすべき責務があるだろう?」


 エルヴィンに背を向けて、カミラは淡々と言葉を続ける。


「ウォーレンを含めた、他の聖騎士も同罪だな。二年前の戦いでも思い出したのか? それとも半年前の襲撃で怖気づいたのか?」


 目を伏せてカミラは「だとしても敵に背を向けて逃げるなんて、考えられんな」と笑う。


「確かにイーリス=アーベルは二年前の戦いで、大勢の仲間を大魔術に巻き込んだ。しかし分かるだろう? あの時、彼女は今ほど強くなかった。犠牲を出さずに済む道なんて、あの戦いにはなかった」


 二年前の出来事で、多くの騎士が死んだ。カミラ達はマモンを取り逃がし、実質的に敗北したのである。


「お前達も理解しているはずだ、あの戦いは我々の力不足が招いたことを。我々が体たらくを晒してしまったからこそ、イーリスが手を汚したんだ」


 王の地位を持つカミラですら、大魔術は上手く制御できない。思い出すだけで、カミラは自分が情けなくなる。自分より遥かに若いイーリスに彼女は、大きな責任を押し付けてしまったのだ。


「イーリスは我々に非協力的で、性格にも問題は多い。確かに彼女は民の命を軽んじているが、聖騎士の命は重く考えていただろう? その恩恵を我々は受けていたはずだ」


 墓地に辿り着く。周囲は色鮮やかな花に囲まれている。地面に刺さった十字架を前に、カミラは目を閉じた。


「私が帝都に向かえば良かった」


 ウォーレンとエルヴィンを信頼していたからこそ、カミラは帝都に向かわなかった。何が起こっても適切な対処が可能だと、彼女は二人を信頼していた。


「これが普通の仕事なら、損得の話で終わる。面倒なら休めばいい。嫌なら好きなだけ逃げてもいい。他人に迷惑をかけたとしても、自由は尊重されるべきだと私は思うよ。別に誰もが仕事の為に生きているわけじゃない。そもそも私は、真面目な人が偉いなんて価値観は嫌いだ」


 王にしては尖った価値観をカミラは持っている、生まれと育ちの悪さ故に。真面目を尊ぶことが搾取に喜ぶに等しいと、彼女は理解していた。


「しかし騎士は多くの賊に命を狙われている。我々が背負っているのは、自分の命だけではないことを忘れるな」


 目を開けて、静かに振り返る。ウォーレンやエルヴィンに、カミラは悲哀を込めた眼差しを向ける。


「騎士とは決して真っ当な仕事じゃない。時に手を汚さねばならない時もある。そんな罪に塗れた我々が、人並みに自由を尊重されると思うな」


 これくらい言われなくても理解しろと、カミラは二人に心底呆れていた。


 ―――――――――――――――――――


【★】してくれたひと! 感謝です!


 モチベになります!!









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

悪役貴族と魔女見習い タブロー @taburou23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ