12、ヴォーカリストJUKIの動画撮影

 俺はギターと楽譜をソフトケースにしまい、アンプやシールド、コンデンサーマイクからスタンドまで必要機材一式を積んだカートを引っ張り、ドアの前に立った。俺は忘れ物の常習犯だから、必要な物は常にまとめてあるのだ。防音室は外へ出ずに行けるとはいえ女子寮の近くにあるので少し遠く、自室と行ったり来たりするのは正直面倒くさい。


 なお当然ながら勝手に女子寮へ立ち入ることはできない。建物内の至る所にセキュリティゲートが設置されており、学生証をかざさないと開かないからだ。防音室の扉も学生証で開錠される仕組みだ。


 ちなみに各生徒の移動記録はしっかり保存されているようで、去年、しょっちゅう夜中に防音室を使っていたら、久しぶりに顔を合わせた担任からしっかり寝ろと注意された。門限はあっても消灯時間はない自由な空間かと思いきや、ひそかに監視されていたわけだ。


 ドアに掛けてあった学生証を入れたネームカードを首にかけ、俺は革ジャンを羽織って部屋を出た。


 カートを引きながら談話室の前を通ると、数人の男子生徒たちが液晶テレビを見ていた。


「うおー! 銀髪美少女さいこー!」


 などと浮かれた声が聞こえる。アイドルも二次元キャラも興味がない俺は、さっさとエレベーターに向かった。


 大神学園の生徒ならだれでも使える防音室には、アップライトピアノと譜面台、椅子などが備え付けられている。だがドラムセットなどはなく、ロック系のスタジオとは異なる。音楽推薦といってもクラシック系のお嬢様枠だったんじゃないかと思うのだが、ダメ元でアコースティックギター弾き語りをした俺になぜか合格が出た。なんでもやってみるもんだな。


 そんなわけで俺は、自室からアンプやらエフェクターやら運んできたわけだ。幸い電源はある。


 セッティングとチューニングを終えて、クリーントーンでコードを鳴らすと、せまい防音室にふわりと音が広がった。やっぱりアンプにつないで出すと気持ちが良い。


 作曲しながら弾きまくったので最初から最後まで弾けるようになっている。どうせ俺が弾けるのなんてカッティングだけ。ソロが弾けるギタリストとバンド組めねえかなあ。SNSにTuTubeのチャンネルURL貼って募集しても、全然集まらねえんだよな。


 今度こそ名曲をアップして、ぜひ一緒に活動したいと言う人を釣りあげたい。いや、むしろレコード会社から連絡がきたりして? それよりチャンネル登録者数が増える方が先かな?


「はぁ。チャンネル登録者、一年前から一人しかいないもんな」


 一人でも登録してくれたことは舞い上がるほど嬉しかったし、しかも新曲をアップするたびコメントをつけてくれるのだから感謝しかない。俺はその登録者さんを「檸檬れもんさん」と呼んでいた。アイコンがさわやかなレモンのイラストだったからだ。


 曲の頭から終わりまで通して歌ってみると、なぜかいつもより高音が伸びやかに出る。


「なんか今日、調子いいな。これならキーを一個あげてもいけそうだけど――」


 歌の移調は簡単だが、ギターの方はコードが変わって面倒くさいのでAメジャーのまま行くことにした。


「録音して確認してみよう」


 マイクスタンドにコンデンサーマイクをセットし、備品の譜面台にスマホを置く。


 もう一度ギターのチューニングを確認してから、スマホの録音を開始した。


 イントロと呼べるほど大したものはないので二小節程度、シャッフルのリズムでコード弾きして歌い始める。


「The real life, I say goodbye

 Hey fantasy, come tonight

 You know I've been waiting for this night

 So long time

 Mom held on my wings saying “No”

 I asked her “Let me go”

 Before the moonlight disappears, I have to go.

 窓をあければ、ほら見えるだろう

 空に浮かぶ下弦の月に 腰掛ける少女の姿が

 小さな手を振って 手招きしているんだ

 素敵な旅に出たいから」


 とりあえずワンコーラス歌ってスマホの録音を止める。プレイバックしてみると――


「うーん、バースのノリがいまいちだな」


 この曲はバース部分とコーラス部分に分かれているが、バース部分は全て英詩となっている。


 曲調がレトロなブリティッシュロックっぽいから頑張って英語の歌詞を書いてみたのだ。俺の英語力で書いた詩だから間違っているかもしれないが、そこは気分というやつだ。


 実際に歌ってみると英語の発音に気を取られ、シャッフルのグルーヴ感がおざなりになっていることに気がついた。


「かっこ悪いからバース部分だけ繰り返し練習しよう」


 多分コツはシラブルの強弱を曲のリズムに乗せること。基本的に音符は母音のある音節にしか乗ってこない。英語はもともと音に強弱があってリズミカルな言語だから、シャッフルのビートに乗せやすいはずだ。


 何度も試し録りして試行錯誤を繰り返した後で、俺はようやく自分にOKを出せた。


「よっしゃ、二番行ってみよう!」


 一番の要領で歌ってみると思いのほかすぐに、なめらかに発音できるようになった。わくわくしながらスマホアプリの録音をスタートさせる。


「The real life, I say goodbye

 Hey fantasy, come tonight

 She came to call my name in the moonlight

 So alright

 “I can be anything” She said

 “I love you who you are” I said

 I don't care whether you are or not, honey.

 窓をあければ、ほら聞こえるよ

 夜の雨音の向こうから 近付く河童の足音が

 僕らを不思議の国に連れて行ってくれるんだ

 楽しい冒険に出たいから」


 ストップボタンを押して、いま録音した二番を聴き返しながら俺は盛大にニヤけた。


「なんていい曲なんだ!」


 どこかなつかしいメロディに胸を締め付けられる。


「やっぱり俺は天才だ!」


 興が乗ってきて、リピートコーラスも録ってみることにした。


「窓をあければ、ほら見えるだろう、今も

 十三の夏と同じ風の匂いに、少女の姿が

 消えないでいて

 目を覚ませと言われたって

 夢を信じて生きたいから

 空を飛べると信じてるから 今も……」


 アプリの録音を聴き返して俺は身もだえした。


「良い! 良すぎるぞ! 曲も歌詞もたまんねえ」


 これは何としても世間に聴かせてやらなければ、それこそ人類の大いなる損失となってしまう!


 俺は興奮に震えながら壁の時計を見上げた。


「まだ十二時前か。いける!」


 今夜中に演奏動画を撮影してTuTubeにアップすることを決意した俺は、部屋から運んできた機材一式の中からメイク用のペンと、ヘアワックスを取り出して防音室を出た。




─ * ─




次回、樹葵ジュキが頑張って撮影用にメイクをします笑

撮影後は風呂へGO。『ジュキ、脱衣所で重要な変化に気付く』

何に気付いたんでしょう?

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