第二幕:魔法少女ジュキちゃん、ネットアイドルへの道を歩み出す

11、聖獣ミルフィーユの行方

 翌朝、俺たち大神おおかみ学園の生徒は帰寮するため行きと同じ観光バスに乗っていた。


 リア充ほどうしろに座りたがるのか、俺の席は一番前で一人きり。事前に生徒たちがホームルームで話し合って決めたので、友達がいない俺は二人席に広々と座れてラッキーだ。


 見るとはなしに窓の外を眺めていると、駐車場をのっそりと横切る猫の姿が見えた。


 野良猫か――って違う、あいつは昨夜の白猫!


 天使のような羽は背中の毛の中にしまっているのか、普通の野良にしか見えない。


 やっぱり昨日のできごとは夢じゃなかったのか、とがっかりしているうちに、白猫はどんどんとバスに近づいてくる。


 俺が眺める窓の下まで来ると、ふとバスを仰ぎ見た。俺と目が合った途端、


「あ」


 目を見開き、あんぐりと口を開けて小さな牙をのぞかせた。


 あ、じゃねえんだよ。昼間っから思いっきりしゃべりやがって。あ、なんて鳴く猫はいねーだろ。


 にらみつけると、白猫はさっと身をひるがえし、本物の猫と変わらない跳躍を披露した。窓枠に登ったと思ったら、さらに跳んで姿を消した。


「屋根の上か?」


 まさかあいつ、バスに乗って寮までついてくるつもりかよ!


 窓を開け、身を乗り出したところで、


樹葵ジュキ、隣いい?」


 華やかな玲萌レモの声と、


「橘くん、どうしました?」


 瀬良セラ先生の心配そうな声が聞こえた。


「あ、いや」


 俺はおとなしく席に着く。昨夜この担任教師には、魔法少女姿で男子トイレにいるところを見られたのだ。何もバレていないとは思うが、冷や汗が出る。 


 瀬良セラ先生は俺に何か尋ねてくることはなく、


七海ななみさん、座席まちがってますよ」


 玲萌レモに話しかけた。玲萌レモはどっかりと席に座ったまま教師を見上げ、


「私、行きのバスで車酔いしてしまって。一番前なら酔いにくいと思うんで座席、変えました」


 本当だか嘘だか知らないが断言した。「変えていいですか?」と疑問形じゃないところがさすがだ。


 だが瀬良セラ先生も負けてはいない。


「酔い止め、ありますよ?」


 ウエストポーチから市販の紙箱を出して見せた。


「あ、私けっこういろんな薬にアレルギー出る体質なんて、遠慮しておきます」


 満面の笑みを浮かべて断る玲萌レモに、瀬良セラ先生も頬をひきつらせながら笑みを作った。


「それでは仕方ありませんね」


 目の前で展開される狐と狸の化かしあいに感心しているうちに、バスがゆっくりと動き出した。


 うしろの方の席から、


「なあ、昨日の夜また魔人が出たそうだぜ」


 という男子の声が聞こえた。さっそく瀬良セラ先生が、


「ほらほら、バスの中でスマホを見ると車酔いしますよ」


 注意をしに行く。


「ニュースサイトっすよ?」


 面倒くさそうな生徒の声に、


「反抗的な態度を取ると頭撫で撫での刑です♥」


 冗談とも本気ともつかない瀬良セラ先生の答えが聞こえた。


 周りの友人たちが爆笑し、


「お前、撫でられてこいよ」


「頭ナデナデでちゅよー」


 などとからかい出す。


「スマホ見なきゃいいんだろ」


 生徒はおとなしく従ったようだ。


 バスが車道に出てしばらくすると、そこかしこから聞こえてきていた話し声が、少しずつ寝息に置き換わっていく。昨夜は夜更かしした生徒が大半だから、皆バスの中で爆睡し始めた。


 騒がしかった行きの車内とは打って変わって、バスの走行音だけが響いていた。


 バスに揺られて隣の玲萌レモがこてんと俺の肩に頭を乗せた。重さとあたたかさが心地よい。


 可愛い顔してるよなあ。


 今まで直視してこなかった彼女を、ここぞとばかりにまじまじと見る。


 やっぱり女の子って肌のきめがこまかいし、なんだかいい匂いがするし、全体的に丸みがあってやわらかそうだし、触りたくなるな。


 いかんいかん。


 俺は自分をいましめて目を閉じた。


 彼女は親友なのだ。変なことをしちゃいけない。


 だが肩に彼女の重みを感じたままでは、どうにも妄想が止まらない。


 丸くてやわらかいなら猫も同じ! 俺は自分に言い聞かせ、可愛げない白猫を思い浮かべた。


 猫の触り心地抜群な毛並み、お日様の匂い、そして守ってあげたくなるか細い鳴き声――猫とたわむれる自分を想像するうち、俺は眠りの世界へいざなわれていった。




 学生寮までは三十分もかからないから、寝付いたと思ったら到着した。


 生徒たちはバスから降ろされ、男女それぞれの寮へ戻っていく。


 どこかで、


「あ、猫ちゃん」


 という女子の声が聞こえた。あの白猫ミルフィーユか? 寝ぼけまなこをこすっていると、


樹葵ジュキ、また明日、学校でね」


 玲萌レモが笑顔で手を振った。


「あ、うん。また明日」


 友達がいるっていいなと思い、つい笑顔になる。


「ぐはっ、天使のほほ笑み!」


 玲萌レモは意味不明なリアクションをして鼻と口を押さえると、女子寮のほうへ走り去っていった。


 大神学園の寮は二人部屋が基本だ。俺も二人部屋に入っているが、ルームメイトはおらず一人で使っている。


 一人分の机とベッドがセットになっていて、間にはクローゼットが置かれたプライバシーの保てる形だから、二人部屋に一人で暮らしていても広々と使える印象ではない。俺は使っていない方のベッドにギターを二本置き、机の上には機材を乗せて、曲作りの場所とリラックスの空間を分けていた。


 窮屈な制服のブレザーとワイシャツを脱ぎ、お気に入りのロックなロゴが入ったTシャツに着替える。


 ベッドにあぐらをかき、エレキギターのストラップを肩にかけた途端、全身に開放感がみなぎってきた。三日間もギターから離れていたのだ。魂の半分を寮に置いてきたかのように落ち着かなかった。


 小さな四角い缶の中で乱雑に重なるピックさえも、ジェリービーンズのように輝いて見える。


 チューニングを終えると俺は、スマホメモに書き溜めたコードと歌詞を見ながら曲作りを始めた。寝室は防音じゃないからギターをアンプにつなぐわけにはいかない。長時間ヘッドフォンを装着するのも窮屈だから、俺はいつもエレキから出る小さな生音で作曲していた。


 曲作りに没頭していたら、窓の外が暗くなっていることに気が付いた。


「やべ、めし食いに行かなきゃ」


 生徒の自主性を重んじる大神学園の寮生活に、決められた食事時間はない。各自が学食へ行き、カフェテリア形式で好きなものを食べる。学食棟は敷地の真ん中にあり、男子寮・女子寮含めすべての棟とつながっていた。ただし夜になると食堂から教室棟への扉は閉まる仕組みとなっている。


「めんどくせぇからいいや」


 俺はベッドの下から段ボール箱を引きずり出した。ツナ缶やコンビーフなど常温で保存できる食材が詰め込まれている。


「こいつにしよ」


 ピリ辛チーズの魚肉ソーセージを取り出し、前歯で包装を嚙みちぎる。




 何時間経ったのか分からないが、俺は名曲を完成させた。


「録ってみたいな」


 スマホの画面をオンにすると、2121の数字が浮かんだ。


「なんだまだ九時か」


 俺はギターと楽譜をソフトケースにしまい、アンプやシールド、コンデンサーマイクからスタンドまで必要機材一式を積んだカートを引っ張り、ドアの前に立った。




─ * ─




次回『ヴォーカリストJUKIの動画撮影』

樹葵ジュキがオリジナル曲を歌います。

彼の書いた詞も掲載しますので、どうぞ見てやってください!

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