10★天才少女の凡ミス(レモ視点)
※引き続き
学園初日、頬杖をついてぼんやりと自己紹介を聞いていた私は、
「
という透明感あふれる声にハッとして顔を上げた。聞き覚えのある声と名前に、まさかと思いながら背筋を伸ばして声の主を確認する。明るい窓際の席に華奢な少年が、少しうつむいて立っているのが見えた。不揃いな銀髪からのぞく目元は伏し目がちで、色白な頬は桃色に染まっていた。小柄な彼は少し緊張した声で、
「音楽推薦で入ってきたのでバカです」
自虐的な自己紹介をしてさっさと席に着いた。十代前半の少年を思わせるややハスキーな声は、私が毎日聴いているJUKIの歌声を彷彿とさせる。しかも名前まで同じ。
だがJUKIのプロフィールには去年から現役高校生と書いてあったのに今年、高校一年の教室にいるのはおかしい。
私は生まれ持った頭脳を駆使して教員用WiFiのパスワードを破り、校内の非公開ドライブにアクセスして生徒たちの個人データを盗み見た。その結果、橘
JUKIは現役高校生とは思えないくらい頻繁に曲をアップしていた。一体いつ学校に通っているんだろうと疑問に思っていたのだが、やっぱりちゃんと登校していなかったのだ。
声と名前と、音楽推薦という才能までが一致している上、年齢の謎も解けた。シンガーソングライターJUKIの正体は橘
最愛の推しと同じクラスになるというあり得ない幸運に恵まれたことを確信して、私は打ち震えた。
だが何よりも驚いたのは、彼の素顔が少女と見まごうほど美しかったこと。ギャグみたいなメイクをしていた理由が全く分からない。顔出しできない事情でもあるのかしら?
脱色しているのかと思っていた髪も、白塗りに見えた肌も、カラコンを入れているのだと思っていた瞳も、近くで見たら生まれつきなんだと分かった。雑然としたクラスの中にあってただ一人、白い光をまとっているかのように彼は美しかった。
窓際の席から外の景色を眺めて考えにふけっている姿は、教室内の喧騒とはおよそ無縁で、彼の周囲だけが静けさに満ちているようだ。陽射しに透ける彼の髪が、月明かりに照らされた雪原のように清らかな白銀に輝くのを、私は時折り眺めていた。
とはいえ、いくら美形でも学校が終わった途端に帰ってしまう彼には友達もできないし、モテなかった。大体目立つ外見なのに、誰ともしゃべらずスマホでコードを書いてる奴なんて、学校生活には向かないのだ。
本人が自己申告した通りバカ――じゃなかった、勉強のできない
だから私は今回の宿泊学習中に告白して絶対つきあうぞ、と気合を入れて挑んだのだ。クラスの女子が彼の可憐さや音楽の才能に気付くのは時間の問題だろうから、早めに手を打たなければと焦っていた。
だが
「はぁ、綺麗」
何度も繰り返し再生した動画をまた頭から見ようとして私はふと、この喜びを誰かと分かち合いたくなった。
私はクラスメイトの女子には心を許していない。だが女子寮で同室の後輩ちゃんは別だ。学園長の娘というから高飛車なお嬢様なのかと思いきや、大神
私はメッセージアプリをひらき、さっそく文章を打ち込んだ。
『ユリア、起きてる? 推しを女装させてみた。めっちゃかわいいから見て』
すぐに既読がついて、
『レモせんぱい 変態大爆発』
という意味の分からない短文が返ってきた。
私は動画をアップしようとしてすぐに気が付いた。このメッセージアプリでは、五分以上の動画は送れないのだ。ちょっと面倒だが、クークルフォトにバックアップした動画を共有することにした。
だが機械音痴の
『ぐるぐるしてる』
と、状況が伝わってこない返信が届くだけ。クークルドライブにアップして共有しようにも、やはり彼女は理解しなかった。
だんだん眠くなる頭で私は、しょっちゅうJUKIの動画を
「まずTuTubeにアップして――と」
アップロードを待つ間にも幾度か寝落ちしながら、私は何とか睡魔に打ち勝ち任務を完了した。
『レモせんぱい、見られたよ! まだ最初しか見てないけどレモせんぱいよりつるぺた』
腹の立つ
睡魔と格闘しながらアップロードしたためにミスタップをしていたことなど、気付くはずもなかった。
─ * ─
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