09★私がジュキを見つけた日(レモ視点)
※
部屋に入ると数人の女子がまだ起きていた。コソコソと内緒話をしながら時折りキャッキャと笑い声をあげる様子から察するに、好きな男の話でもしているんだろう。
「あ、
一人が小声で話しかけてきた。すでに寝ている生徒もいるので当然の気遣いだ。
「どこ行ってたの?」
ほかの女子が探りを入れてくる。
私はわざと眠そうに目をこすりながら、ネグリジェのポケットからスマートフォンを出した。
「眠れなくて。駐車場で夜風に当たりながら数独アプリやってたの。ようやく眠くなったから寝ようと思って」
「さすが秀才は違うねえ!」
「ゲームするにしても頭脳派!」
女の子たちが感心しつつ、どことなく距離を感じさせる空気をかもし出した。
無駄に詮索されたくないとき、秀才キャラは便利である。
枕元に置いた鞄のポケットからブルートゥースイヤホンを取り出すと、もう片方の手にスマートフォンを握ったまま、頭から布団をかぶった。最高潮に恋のドキドキを味わったあとで寝つけるはずはない。
イヤホンを装着し、スマホのファイル一覧をひらく。興奮に震える指先で、さっき撮影した動画のサムネをタップした。
『俺ぁさいたま市から来た未来のロックスター、マジカル・ジュキだ!』
イヤホンから流れ出した
「み、耳が幸せ。じゅるり」
枕によだれがたれそうになって慌てて口元を拭う。
カメラは
映像でもはっきりと分かる長いまつ毛が、月光を受けて輝いている。澄んだ瞳は秘境にたゆたう湖のように神秘的なグリーンだ。
ちょっぴり吊り目がちだけど童顔で中性的な美少年だから、女装したら似合うだろうなと何度も妄想してきた。だがまさか想像が現実になる日が来るとは。
一時停止してスクショを取る。壁紙に設定しよう。
『魔法の装備で身を飾ろうとも、中身は臆病な普通の女の子か』
意地悪な女魔人に
『食べてしまいたいわい』
あざけりの言葉を投げつけられて、
『俺は男だ! 正々堂々と戦ってやるっ!』
あっさり挑発に乗って地上に降りてしまうあたり、純真すぎてハラハラするけれど、守ってあげたい衝動に駆られるわ。
きらめく白銀のツインテールを揺らしてふわりと地面に降り立つ姿は、まさしく魔法少女だ。男の子らしい胸筋は大きなリボンで隠されているが、そもそもこれほどの美少女を男子だと見抜く者はいないだろう。
『エンジェリック・アロー!』
闇を切り裂く鋭い声は、女性声優さんが演じる少年役を思わせる。小柄だから声が高いのか、それともずっと歌っているからなのか理由は分からないが、私が彼に惚れたきっかけも中性的な声に魅せられたからだった。
メロディアスな音楽と、詩的な言葉選び。そして変声前の少年のように無邪気な一面を見せつつ、時には陰影に富んだ表現を聴かせる、両性具有を思わせるセクシーな歌声の虜になった。
だが彼の登録者数は増えなかった。理由は明白、一体どんなバンドから影響を受けたのか、いつも変なメイクをしていたから。
だが私は彼の作る曲と、書く歌詞と、綺麗な声が大好きで、素顔がどんな不細工でも構わないから推そうと誓った。
地球上のどこかに彼が実在しているからといって、住んでいる場所を突き止めたり、会いに行ったりするつもりは全くなかった。彼の作品を愛しているだけだと分かっていたから。
だがある日、動画の中に彼の居場所を特定する情報を見つけてしまったのだ。
JUKIはいつも、どこかの音楽スタジオで演奏動画を撮影しているようだった。おそらくクラシックなどアコースティック楽器用の防音ルームだと思われる。その部屋にはドラムセットやアンプ、PAシステムなどが揃っていなかったからだ。
その日の動画はいつもと少し違う画角で撮影されていて、アップライトピアノが映りこんでいた。その足に貼られた小さなプレートに、「私立大神学園備品 減価償却番号2024-〇〇」と刻印されているのを私は発見してしまったのだ。
すぐに
背徳感と期待と不安が渦巻いて、私の鼓動は速くなった。
画面のこちら側から応援できればいいと思っていた。
でも、現実に会う方法があるとしたら?
いやでも彼はプロフィールに現役高校生と書いていたから、私が高校一年に入っても学年が違うはず。先輩後輩の間柄ならやっぱり遠くから応援しているだけかも。いやいやそれなら今から猛勉強して高二か高三に入る? それはさすがに無理があるか……。
私は幼少期、天才と騒がれてうんざりしていたから、飛び級制度が施行されても利用する気はなかった。だが今から準備すれば、そこまで偏差値の高くない大神学園の高一に飛び級進学するのは可能と思われた。というのも私は学習塾で一番上のクラスに在籍し、そのクラスのカリキュラムでは中二までに中学校の内容を終わらせて、中三一年間を受験対策に費やすことになっていたから。
夏休みが終わった九月、私はストーカーじゃないと自分に言い聞かせながら、大神学園の文化祭を見に行った。音楽活動をしている彼なら軽音楽部のステージに出てくるかも知れないと期待して待っていたのだが、JUKIらしきヴォーカリストは現われなかった。
でも文化祭を見たことで、私は大神学園の自由な校風が気に入ってしまった。
表向きは家計を助けるために学費・寄宿料全額免除を狙うという理由で、私は大神学園を受験することに決めた。わがままな姉が音大進学を希望して経済的負担をかけていたので、両親は喜んで私を応援してくれた。
私は予想通り特待生として合格し、新入生総代を務めた。寄宿料無料の女子寮では学園長の娘さんと同室になった。私は成績が良いだけなのに、生活態度も真面目だと誤解されているのかしら?
大神学園では科目ごとに成績に応じたクラスに移動して授業を受ける形式だから、同じクラスと言ってもホームルームでしか顔を合わせない生徒も多い。それでも自己紹介くらいはする。学園初日、頬杖をついてぼんやりと聞いていた私は、
「
という透明感あふれる声にハッとして顔を上げた。
─ * ─
憧れの
次回『天才少女の凡ミス(
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます