13、ジュキ、脱衣所で重要な変化に気付く

 今夜中に演奏動画を撮影してTuTubeにアップすることを決意した俺は、部屋から運んできた機材一式の中からメイク用のペンと、ヘアワックスを取り出して防音室を出た。


 最初の頃は素顔で撮影していたのだが、「小学生?」とか「ロリ? ショタ? どっち?」などと意地の悪いコメントがついたので、ロックなメイクをして撮ることにしたのだ。


 ちなみにメイク道具は姉のポーチからパクった。姉はしばらく「アイライナーがどっか行った」と騒いでいたが、新しいのを買ったようだ。ちょっぴり良心が痛むけど、大事に使わせてもらうよ。


 便所の鏡をのぞき込んで、とりあえず目と口の周りを黒く塗る。参考にしたのは海外のメタルバンドだ。一番男らしく見えるやつを選んだ。


「よしオッケー。あとは髪だな」


 両手のひらにヘアワックスをつけ、白に近いくせっ毛をぐしゃぐしゃっとやる。


「うん、髪立ってるしこんなもんかな」


 よく手を洗って指についたワックスを流し、便所を出た。防音室に戻る途中、すれ違った男子生徒二人組が俺の顔を見るなり、


「ぎゃっ!!」


 と悲鳴を上げて逃げて行った。やっぱ寮内でロックっぽいメイクは目立つよな。うしろで、


「夜中にまじビビるわ。今ハロウィンの時期じゃないじゃん」


「今日どっかで仮装イベントでもあったのか?」


 ひそひそと話す声が聞こえるが、俺は無視して防音室に入った。


 譜面台の高さと角度を調節して撮影用にセッティングする。


「よし、一発でれるかな!?」


 今日はなぜか高い音がよく出るのでワンテイクで行けるかと思いきや、いまいち低音の鳴りが悪いので、結局いつも通り何度かり直すこととなった。


 だが動画撮影は何度やっても少し緊張するもの。五回も六回も続けていると集中力が落ちてくる。


「こんなもんかな」


 俺は四回目のテイクを採用することにして、機材を片付け始めた。時間も一時近いし、潮時だろう。


 片付けながらTuTubeへのアップロードを待つ。寮のWiFiはあまり速くないので時間がかかるのだ。


「タイトルは『窓をあければ』。サムネはこれでいっか。終了画面はいつものやつで――」


 部屋を片づけ終わったので動画のタイトルを入力し、TuTubeが自動で提案してきた静止画の中から適当にサムネを選ぶ。


「お、アップロード完了したな。公開っと」


 これで世界に俺の名曲がお披露目された。いよいよすごいことになるかも知れねえ。


 ギターを背負い、カートを引いて自室に戻る。メイクも落としたいし、寝る前にひとっ風呂浴びたいから大浴場へ行こう。深夜一時になると脱衣所の扉にロックがかかるが、零時五十九分までに学生証をタッチすれば入れるのだ。


 誰もいない脱衣所で服をかごに放り込んでいると、スマホの通知ランプが光っているのに気付いた。


「あっ、TuTubeにコメントついた!」


 震える指先でスマホ画面をタップすると――


「また檸檬さんからだ」


 ホッとしてコメントを読む。


【JUKIさん、新曲UPありがとうございます! 今回の曲もとっても好きです。なんだか癒されます。声も綺麗で最高です。今回もリピートしまくってます!!】


 さわやかなレモンのアイコンと丁寧なですます口調から、なんとなく年上のお姉さんを想像してしまうが、年齢も性別も分からない。これでオッサンだったらショックかな? いや、俺の大切なリスナー第一号だから大切にしたい。


 あたたかい気持ちに包まれてタオル片手に風呂場へ向かう途中で、鏡に映った自分の姿に気付いた俺は嫌な予感がして立ち止まった。


「ちょっと待て。なんか縮んでね?」


 鏡に映る自分の股間のものをまじまじと見つめる。全裸でスマホをさわってたから冷えたかな?


 あの白猫め、なんと言っていたか?


 変身には精霊力が必要。精霊力とは自然界の精霊の力ではなくて――


「あいつどこに行ったんだよ!?」


 今度みつけたら首根っこひっつかんで問い詰めてやる!!




 だが翌朝登校した俺は、さらに別の問題が発生したことを知った。いつもと同じように教室へ入ろうとした俺の足は、廊下まで漏れてきたクラスメイトの会話に、はたと止まった。


「魔法少女の動画見た?」

「ニュースじゃなくて?」


 そうだ、埼玉スタジアム前で女魔人と戦ったとき、確かにマスコミのヘリやカメラも見かけたじゃないか。ニュース番組として人々の目に触れていて当然だったのだ。


 宿泊学習から帰ったあと俺はずっと曲作りに夢中になっていて、談話室のテレビも見ていないし、ネットニュースもSNSも目を通していない。


 魔法少女の正体が俺だと気づかれたらどうしよう!? あんなフリフリピンクのミニスカートを履いて、生足を露出して堂々と戦っていたのが俺だなんて知られたら、今年こそ一切登校できないぞ!!


 俺はいつも以上にうつむいて、不揃いな前髪で顔を隠すようにして、コソコソと自分の席まで歩いた。


「マジカル・ジュキちゃん、すっげーかわいいじゃん」

「なんつー美少女だ」

「胸があれば最高なのに」


 スマホを囲んでワイワイと騒ぐクラスメイトの会話が突き刺さる。なんで俺、本名、名乗っちまったんだろう? でも髪の長さが違うから、ワンチャン気付かれないかも!?


 淡い期待を胸に鞄を下ろして席に着くなり、俺はスマホを出した。「魔法少女 女魔人 さいたま市」と検索するとすぐに大手ニュースサイトがヒットした。


 アナウンサーが淡々と女魔人の出現を告げたあとで、画面はVTRに切り替わった。


 十年前の、まだ小さかった頃の姉を彷彿とさせるような美少女が、ツインテールを夜空になびかせて 魔人と戦っている。女装した自分の姿に全身の肌が粟立つのを感じる。想像以上の美少女と化していて、驚愕を禁じ得ない。


 だがコメント欄には気持ちの悪いのも混ざっていて、俺は無言でスマホの画面を消した。とにかく身バレしないようにおとなしくしていよう。


 机に突っ伏したところで後ろから元気な声が聞こえた。


「おっはよー!」


 声の主は近づいてくると、


樹葵ジュキ、おはよ。なんか落ち込んでる?」 


 ふわりと俺の前髪に触れた。


「ひゃっ」


 顔を隠していた髪を持ち上げられて、つい驚きの声が漏れる。


「あら、驚かせちゃってごめんなさい。でも前髪長いとせっかくの綺麗な顔が見えないわよ?」


 腰に手を当てて身を乗り出す彼女から目をそらして、


「あの、七海ななみさん。距離が近いんですが」


 俺は口をとがらせて小声で文句を言った。


「私たち親友になったんだから、これくらい普通よ。それから樹葵ジュキ、言ったでしょう? 親友同士は下の名前で呼び合うの。私のことは玲萌レモって呼んで」


 どうやら宿泊学習中に起こったことは、俺に秀才美少女の親友ができたという奇跡も含めて、全て現実だったらしい。


「うん、玲萌レモ


 俺が素直にうなずいたとき、ひときわ大きなクラスメイトの会話が聞こえてきた。


「魔法少女が戦ってる動画、完全版がTuTubeに上がってるんだぜ」

「知ってる知ってる、レモンのアイコンの人が上げてるヤツでしょ」


「「えっ!?」」


 俺と玲萌レモの声がハモった。 




─ * ─




凡ミスに気付いた天才少女はどうする!?

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