14、美少女化ジュキちゃん動画、拡散される

「なになに完全版って!?」


 玲萌レモが俺の前の席を立ち、クラスメイトのほうへ走って行く。


「あ、七海ななみさん。秀才も魔法少女に興味があるんだ」


 どことなく棘のある言い方をした男子の手から、


「見せてっ」


 玲萌レモはスマホを奪った。


「これこれ」


 一人の女子が隣からのぞき込んでスマホの画面を指さす。


 一瞬の沈黙のあと、


「うえぇ~っ!?」


 玲萌レモの絶叫が教室中に響いた。


「なんでこれネットに流出してるの!? 誰が!?」


 取り乱す玲萌レモに、


「えっ七海さん、何か知ってるの?」


 隣に立つ女子が恐る恐る尋ねる。


 玲萌レモは自分のスマホを取り出すと目にも止まらぬ速さで画面を操作し、


「しまったぁぁぁ! 公開にしてたー!」


 再びのけぞって叫んだ。


「えーっ、このレモンのアイコン、七海さんだったの!?」


 当然ながら仰天する友人に、


「うん。非公開動画としてルームメイトに共有するはずが間違えて公開にしちゃってた」


 玲萌レモは涙ながらに答え、スマホを操作する。横から友人たちが、


「非公開にしたらもったいないよ! すごい再生数だよ!」

「もうすでに拡散されてるから意味ないよ!」


 などと口をはさむのを聞きながら、俺は震える指先で自分のチャンネルをひらいていた。コメントを表示し、見慣れたレモンのアイコンをタップする。


 檸檬さんのチャンネルページには、ぽつんと一つだけ動画が上がっていた。タイトルは「めっちゃ可愛いから見て!」。サムネから魔法少女姿で戦う俺の動画であることは明らかだ。そして動画のアングルから、公衆トイレの屋根で待機していた玲萌レモが撮影したであろうことも――。


「嘘だろ、檸檬さん……」


 俺は思わず席を立っていた。椅子がガタンと音を立てて後ろに倒れた。


 一年近く、ずっと俺の動画にコメントし続けてくれた唯一のリスナーがクラスメイトだったなんて! 俺、今までどんな返信したっけ!? 変なこと書いてないよな!?


 頭の中で思考が目まぐるしく回転し、冷や汗が背中を伝う。


 混乱した俺は、しんとした教室の中で注目を浴びていることに気がつかなかった。


「えっと、樹葵ジュキ――」


 玲萌レモのか細い声で我に返った俺は、己に突き刺さるクラスの奴らの視線に動揺し、片手にスマホを握ったまま教室を飛び出した。


「待って!」


 背中に聞こえる玲萌レモの声を振り切って俺は廊下を疾走した。行くあてもなく校内を走り、階段を駆け上る。


 俺は気づけば屋上まで来ていた。去年よく曲作りをしていた場所だ。


 手すりに額を押し付けてぼんやりマンション群を眺めていると、鉄扉の開閉する音が響いた。


「ごめん、樹葵ジュキ。私のミスで動画が拡散されちゃった」


 聞いたことのない硬い声で玲萌レモが謝った。


 俺は玲萌レモが動画を公開してしまったことに腹を立ててなどいない。玲萌レモが撮影しなくたって本職のマスコミが撮っていたんだ。しかも彼らの望遠レンズはプロ仕様なのか、玲萌レモよりずっと遠方でカメラを回していたはずなのに、まつ毛の一本一本までしっかりと写っていた。


「私、友達に自慢したかったの。戦う樹葵ジュキがすごく素敵だったから」


 玲萌レモは近くまで歩いてくると、俺から少し離れた位置で手すりから地上を見下ろした。うつむく彼女の横顔は、初夏の太陽に照らされているのに暗く沈んで見えた。


玲萌レモ、俺のチャンネル知ってたんだね」


「えっ」


 顔を上げた玲萌レモの頬が見る見るうちに紅く染まってゆく。俺と目が合った途端、彼女はぎゅっとまぶたを閉じた。


「ずっと、ずっとファンでした!」


 思いがけない可愛らしい反応に、俺の胸は火が灯ったように熱くなった。


「ありがとう。もらったコメント、いつも嬉しくて何度も読み返してた」


 俺の告白に玲萌レモの面差しは、急に陽射しを集めたかのように明るくなった。


「ほんと!?」


「うん。俺の支えだったよ」


「これからも、コメントしていいですか?」


 玲萌レモの明るい茶色の瞳が、かすかにうるんで見えた。


 俺は不思議に思いながら、


「もちろん、してくれたらすっごく嬉しい」


 本音をそのまま口にした。だが玲萌レモは不安そうに、上目遣いで俺を見た。


「私、色々失敗しちゃったのに、それでもファンでいていいの?」


 失敗ってなんだろう? 動画を間違えて公開にしちゃったことかな? 俺は自分から玲萌レモへ二歩、三歩と近づいて、まっすぐ彼女を見つめた。


「むしろファンでいてください!」


「ありがとう、JUKIさん!」


 玲萌レモは両手で口元を押さえながら、キラキラと輝く瞳で俺を見上げた。


「推しが目の前にいて私を認識してるとか幸せすぎるっ」


 初夏の風が、陽射しに透ける玲萌レモの髪をふわりと撫でて通り過ぎる。


「あぁっ、JUKIさんの輝かしい銀髪が風に揺れているっ! 至高の芸術品だわ!!」


「えっと、玲萌レモ――」


 俺は反応に困って目をそらした。


「あのさ、俺たち親友同士になったから互いに下の名前で呼び捨てしていいんだよな?」


「そうだった! ごめん樹葵ジュキ。私はきみのこと、ずっとJUKIさんって呼んでたから」


「それなら俺もアイコンから檸檬さんって呼んでた」


 俺が思わず笑うと、


「ぐはぁっ! 推しの笑顔! 尊すぎて目がとける!!」


 また玲萌レモがおかしくなった。この子の前で俺うかつに笑えねえじゃん。玲萌レモ、教室にいるときは秀才キャラで高嶺の花っていう雰囲気なのに、実は底辺TuTuberのファンだったなんて知ったらクラスの奴ら驚くだろうなあ。


「はぁ、樹葵ジュキの笑顔、純粋無垢で私に刺さりまくるのよ。ショタに目覚めそうだわ」


 ショタだって!? 俺、玲萌レモより二歳も年上なんだが!? 留年した件は秘密にしたいから口には出さないが。


「なんて罪深い童顔なのっ!」


 玲萌レモは両のこぶしをあごに当てて興奮冷めやらぬ様子で首を振っていたが、ハッとして顔を上げると両手で俺の二の腕をつかんだ。


「そうだわ、樹葵ジュキ! 魔法少女姿で人気が出れば、シンガーソングライターとして注目を集められるかもしれないわ!」


「え――」


 魔法少女マジカル・ジュキちゃんが俺だって白状するの!?




─ * ─




玲萌レモが名案をひらめいたようです。

次回、樹葵ジュキ玲萌レモのプレゼンに丸め込まれてしまうのか!?

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