15、レモ、ジュキちゃんアイドル化計画をプレゼンする

 魔法少女マジカル・ジュキちゃんが俺だって白状するの!? 二の句が継げない俺に、玲萌レモは持論を展開した。


「だって樹葵ジュキ、考えてもみて。きみの書く曲は親しみやすいし、歌詞も素敵だし、声もかわいいし」


 俺、かっこいい声で歌いたいのに! ショックで言葉が出ないよ!


「問題は唯一、曲にあわない外見なのよ?」


 ん? 外見?


 俺は昨夜、撮影したときの服装を思い浮かべた。往年のロックバンドのロゴがプリントされたTシャツに革ジャンを羽織り、黒のジーンズを履いていたはずだ。


「何か問題でも?」


 ぽかんとする俺の鼻先に、玲萌レモは人差し指を突き付けた。


「大ありよ! どうして音楽はさわやかなロックなのにメイクは勘違いブラックメタルなのよ!?」


「勘違いブラックメタル!?」


 オウム返しに問う俺に、玲萌レモは容赦ない言葉の針を降らせた。


「そうよ! 本物のブラックメタルの人たちは、顔にあんなギャグみたいな落書きしないでしょ!?」


 自分が良いと思ってやっていたメイクをギャグとか落書きとか言われて、俺は魂が抜けたように立ち尽くした。


「私、樹葵ジュキの音楽性に惚れたけど、動画を見るたび少し悲しくなってた。いつも髪の毛ぐちゃぐちゃだし、ものすごく変なメイクしてるし、きっとこの人は自分の素顔に自信がないんだろうなと思って。音楽の才能のある人が必ずしも外見まで恵まれてるわけじゃないだろうから」


 ヘアスタイルにも問題があったと明かされて、俺は真っ白に燃え尽きた。ワックスさえつけておけばOKなのかと思ってたよ!!


「私いろいろ予想してたの。もしかしてコメント欄で言われてたみたいに、本当は女の子が男装してるのかなとか、実はすでにデビュー済みの有名歌手が素性を隠して力試しをしてるチャンネルなのかなとか」


 ああ、顔を隠したい訳あり人材かと思われてたんですね。


 抜け殻になった俺に気付いているのかいないのか、玲萌レモは言葉を続けた。


「でもリアルで会ったらすっごく綺麗な顔してるんだもん。なんで動画撮るときはあんなダサいメイクするんですかってコメ欄で訊こうと思ったけど、私が樹葵ジュキの素顔を知ってるのも変でしょ?」


 コメ欄は誰でも読めるわけだし、まあそうですね。音楽活動の支えだった檸檬さんから「どうして顔に落書きしてるんですか?」なんて書き込まれたら俺、ショックでチャンネル閉じてたかも知れないけど。


「だから樹葵ジュキ、魔法少女の動画がバズったこのチャンスを生かすのよ! 樹葵ジュキは音楽性がいいんだから、話題性さえあれば世に出られるわ!」


 世に出られるという甘い言葉が麻薬のように俺の脳を痺れさせた。


「そうか。魔法少女姿で歌えば――いやいやいや!」


 俺は正気に戻ってブンブンと頭を振った。


「ロックスターになるのが俺の夢! 表現者としてそこはゆずっちゃいけない気がする!」


「ふ~ん」


 玲萌レモが腕を組んでニヤリと笑った。


「ロックスターとはなんなのかしら?」


 そんな哲学的命題を突き付けられても、頭の悪い俺に答えられるわけないじゃん!


樹葵ジュキはただ、好きなミュージシャンの真似をしたいだけじゃないの?」


 うっ、図星かも知れねえ。


「音楽に限らずアーティストっていうのは、前の世代の芸術家から影響を受けて自分の個性を練り上げていくものだけど、二番煎じじゃだめなのよ?」


 なんか難しいことを言い出した。


「スターってことは、歴史に名を刻むミュージシャンになりたいんでしょう?」


「そうなんだ!」


 勢い込んで答えてから、何か乗せられたような気になって自分に言い聞かせた。頭を冷やすべきだぞ、俺。


「なら前人未到の領域へ踏み込まなきゃ! 『僕の前に道はない、僕のうしろに道はできる』って高村光太郎も言ってるわ!」


 タカムラ――誰だろう? こぶしを握りしめて力説する玲萌レモに、俺は冷静に尋ねた。


「その道が魔法少女なんでしょうか?」


「ぐぬぬ、樹葵ジュキは自分の恵まれた素材を生かすべきなのよ! アイドルとしての人気を確立してから、やりたい色を出していけばいいわ。どうせアイドルなんて若いうちしかできない期間限定の身分なんだから」


 さらりと冷めたことをおっしゃる。確かに一理あるかも知れないと思い始めたとき、玲萌レモが独り言のようにつぶやいた。


「新曲の『窓をあければ』だってクリーントーンが似合う綺麗な曲だったし、アコースティックギターで弾き歌いしてる曲も多いし、そんなにロック調じゃないと思うのよね。まあロックだって歴史が長いから、プレスリーもビーチボーイズもロックのカテゴリーに入るんでしょうけど」


 学校で耳にするとは思いもしなかった昔のミュージシャンの名前が飛び出して、俺は目を丸くした。


「もしや玲萌レモって古い音楽、詳しい?」


「え? ああ、祖父の形見のレコードが家にたくさんあるのよ」


「アナログレコード!?」


 つい声が跳ね上がる。俺は古いロックを聴くときもサブスクで、なんだ。


「ええ、そうね。最新の音楽事情に詳しいわけじゃないけど、樹葵ジュキのやりたいジャンルの方向性がいまいち分からなくて、どう聴いてもブラックメタルじゃないし、疑問に思ってたの」


「メイクの話は忘れてください」


 俺は懇願した。適当に画像検索して参考にしただけで、俺はブラックメタルとやらを聴いていない。メタルの中のジャンル分けなんか知らねえよ。


樹葵ジュキったら泣かないで!」


「泣いてないもん!」


「涙目になってるじゃないの。本当にかわいいわね」


 玲萌レモはいきなり俺に抱き着いてきた。


「ちょ、玲萌レモさんっ!?」


 ささやかな胸だからといって押し付けるの、やめてもらっていいですかね!?


「あーん、ぎゅーって抱きしめてあげたいのに私のほうが背低いんだった!」


 悔しがる玲萌レモがかわいい。彼女は女子の中でも小さい方だ。本当に良かったと思う。


 俺はふっとため息をつき、実際のところを告白した。


「アコースティック寄りのサウンドでやってるのは、本当のことを言うとメンバーが見つからないからなんだ。リズム隊の入らない弾き歌いスタイルだと激しくひずんだサウンドは合わねえだろ?」


「そういう理由だったのね!」


 玲萌レモはぽん、と手を打った。


「それでどんな音楽性のメンバーを募集してるの? サウンドの方向性は? アレンジのこだわりは?」


 妙に積極的な彼女の姿勢を疑問に思いながらも俺は素直に答えた。


「シンセがビュンビュンいってる音楽はあんまり好きじゃないってくらいで、メンバーそれぞれの個性を生かしていけるバンドが理想だなって思ってる。俺は自分の書いた曲を歌えれば満足だから」


「そうなのねっ、ハモンドオルガンやジャズピアノが入ったアレンジはいかがかしら!?」


「えっ、ハモ――?」


 知らない楽器の名前を出されて俺は焦った。


「ジャズなんて大人の音楽、俺の曲に合うかな?」


「合うかどうかはやってみなきゃ分からないわ! 今から音楽室に行って合わせてみない!?」


 玲萌レモは俺の手を引いて、屋上を横切った。


「誰と合わせるの?」


 状況の飲み込めない俺に、


「私の入団試験よ!」


「入団? 試験?」


 俺の頭はクエスチョンマークでいっぱいになった。




─ * ─




音楽室でセッションすることにした二人。しかし――

次回『魔法少女の変身は突然に』

意図してないのに変身しちゃうのは困る!

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