16、魔法少女の変身は突然に
音楽室のドアには鍵がかかっていた。
「職員室から鍵借りてこねえと開かないんじゃね?」
俺の言葉に
「このタイプの鍵はヘアピンで簡単に開くのよ」
指先につまんだヘアピンを鍵穴に差し込み何度か回すと、カチャッと小気味良い音がして鍵が外れた。
「まじかよ」
あっけにとられる俺に、
「安心して。住居の鍵は構造が複雑だからヘアピンなんかじゃ開けられないから」
涼しい顔で答えて音楽室に入ったところで一限開始を知らせるチャイムが鳴った。
「
俺みたいなアウトローと違って
「一人で教科書読んだ方が早いのよ。あっ」
表情一つ変えずに答えた
「
「お、おう」
「あの、JUKIさん」
いきなり敬称つけて呼ばれるとビビるからやめて欲しい。戸惑う俺に、
「もし嫌じゃなかったら新曲のコードとか送ってもらえたり、しますか?」
彼女らしからぬうかがうようなまなざしで尋ねてきた。
「
俺はアコギを机に寝かせてスマホを操作する。
「もちろんですっ! 『窓をあければ』気に入って昨日の夜からエンドレスで聴いてたから歌詞、全部覚えちゃった!」
幸せそうに告白した。
再生数は確かに回ってるのにチャンネル登録者が一向に増えない理由が分かった気がする。檸檬さん一人が聴きまくってたんだ。いや、ものすごくありがたいんだが。
「いま送ったよ」
歌詞にコードを記入しただけの自分用メモをメッセージアプリで
「ふわぁっ! これが私の尊敬する作曲家が書いた和音進行!!」
興奮してその場で足踏みを始めた。
「作曲家ってそんな大げさな」
アコギをチューニングしながら苦笑する俺に、
「何言ってるの! 時代が違えば
「いやいや」
褒められ慣れていない俺が恐縮すると、
「昔ピアノコンクールの小学生部門で優勝した私が言うんだから間違いないわ」
「ええっ、全国一位の腕前?」
そんなすごい人とこれから合わせるのか!?
「あー昔の話よ」
「小学校卒業と同時に音楽教室は辞めて、今は趣味でジャズピアノを練習しているわ」
「なんか勿体ねえ」
「姉がピアノを習い始めたから妹の私も通わされただけなのよ。小さい頃はほかのジャンルを知らなかったから夢中になって練習してたら姉を差しおいてコンクールに出るようになって、心の狭い姉から無駄に嫉妬されて、面倒くさいからクラシックは辞めたわ」
さらりと
「さ、始めましょ」
譜面台に立てかけたスマホを見ながら鍵盤を押した。
「前奏はこんな感じかしら?」
「めちゃくちゃかっこいい」
「
言われてみればそうか。七度だの九度だのを加えて複雑なテンションコードになってたから、俺の書いたコードとは一瞬気付かなかった。
自分の曲だとは思わず歌に入れなかった俺のために、
「The real life, I say goodbye
Hey fantasy, come tonight――」
生ピアノが加わることでオケの音域が広がり、曲の世界が厚みを増してゆく。
「You know I've been waiting for this night
So long time」
一人で歌っているときより何倍も気持ちよくて、自分の声が昨夜より伸びやかに響くのを感じる。
昨夜、俺が一人でレコーディングしたバージョンが黒一色の線画なら、二人で演奏する『窓をあければ』はキャンバスに次々と色を重ねていく油絵のようだ。
「Mom held on my wings saying “No”
I asked her “Let me go”
Before the moonlight disappears, I have to go.」
コーラス前のタイミングで、
「窓をあければ、ほら見えるだろう
空に浮かぶ下弦の月に 腰掛ける少女の姿が」
弾き歌いしながら
「小さな手を振って 手招きしているんだ
素敵な旅に出たいから」
「うおおおおっ! 良い! 良すぎる!!」
いきなり
「ど、どうした……?」
目が点になる俺を見つめ、
「
震える声でつぶやいた。
頭もいい、ピアノもプロ並み、さらに美少女――なんでこんな完璧な子が俺なんかに関わってくるんだろうと思っていたが、やっぱり檸檬さんなんだな。俺をずっと応援してくれていたリスナーさんなんだ。
「あなたの声がじかに私の鼓膜を震わせる。ネットごしじゃない、生きているあなたの声」
暴走の止まらない
「なんて綺麗なの。やっぱり素顔で歌ってる
「ねえ、触れていい? 美しい君が今ここにいるって感じたいの」
「え、あ、どうぞ?」
魂が抜けたままうっかり答えてしまった。
吐息のかかる距離まで少女の美貌が迫ってきて、一気に沸騰した血潮が全身の血管を駆け巡る。
「
彼女が俺を抱きしめたとき、俺の高揚は頂点に達した。と同時に左側から突然まばゆい光が放たれた。
「なんだ!?」
「
そうだ、左の耳介にはイヤーカフ形状になったステッキを装着していたんだ! 気付いたときにはピンク色の光に包まれて、俺はあっという間に魔法少女のコスチュームに変身していた。
「なんでだよーっ!?」
午前中から、しかも学校で変身するなんて地獄だ!!
─ * ─
突然変身してしまった
と思っていたらちょうどよく女魔人がやって来たようです。
次回『女魔人と二度目のバトル!?』
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