17、女魔人と二度目のバトル!?

 俺はピンクのフレアスカートからのぞく、うっすら筋肉の浮き出た白い太ももを見下ろして絶望した。


「人生、終わった」


「唇にキスしなくても恋人らしくスキンシップしたら変身しちゃうのかしら?」


 隣で玲萌レモが冷静に分析する言葉も、俺の脳が拒否しているのか意味を理解できない。


樹葵ジュキったら元気出して。かわいいんだから自信を持つのよ」


「自信を持つとかそういう問題じゃない。こんな恰好、誰かに見られたら俺、退学だよ」


 音楽室から一番近いトイレどこだっけ? 廊下で先生や生徒と鉢合わせたら、恥ずかしくて明日から登校できない。


「退学なんかになるわけないわ!」


 玲萌レモが大きくかぶりを振る。


「今の日本はLGBTQの人たちにも生きやすい社会を目指しているの」


 ん? 話の方向性が全く見えないんだが?


「むしろ樹葵ジュキは女子の制服で登校することを許可されるかも知れないわ!」


「余計に嫌だーっ!」


 俺は絶叫した。


 その瞬間、ピアノの椅子のうしろからガラスの割れる音が響いて、白い羽を生やした白猫が飛び込んできた。


「大変ニャー! また女魔人プリマヴェーラが―― ってすでに変身してるにゃと!?」


 白猫が空中に静止して俺を指さした。


「あ。もしや、おにゃのこ姿で日常生活を送ることにしたのかにゃ?」


「なんでだよっ!!」


 スカートの裾を押さえて怒鳴り返す俺に、白猫は短い前脚を組んで首をかしげた。


「うーみゅ。身長低いし、かわいい顔と高めな声で生きづらかったのかにゃと思って」


「生きづらくても女装はしねーよ!」


 肩で息をして否定する俺の横で、玲萌レモはスマホの画面に指をすべらせていた。


「SNSに速報が上がってるわ! 露出狂の女魔人が大神おおかみ学園に向かってるって!」


 あいつネットでは露出狂呼ばわりされているのか。敵ながら不憫な奴。


「そうなのニャ! おとといの夜に負った怪我を魔法で治して、またやって来たニャ! 今回はニンゲンの兵士たちを避けて地中を掘り進んで、ひょっこりこの学園の近くに現れたのニャ!」


「どうして私たちの学校に……?」


 不安そうに眉をひそめる玲萌レモを安心させようと俺は彼女の肩を抱きしめた。


「おい、白猫。お前には訊きたいことがたくさんあるんだ! 一体今までどこにいたんだよ!?」


「ワイの住みかは食堂の裏庭だがにゃにか? 毎日たくさん残飯にありつけて太っちゃうニャ」


 学園の敷地内に住み着いていたのかよ、この野良猫め。


「まず俺がいま変身している理由はなんだ?」


「ああ、それはジュキちゃんの精霊力が――」


「その精霊力とやらの説明をもう一度――」


 白猫の言葉をさえぎった俺の言葉は、けたたましい高笑いにかき消された。


「おーっほっほっほ!」


 耳をつんざく笑い声に振り返れば、窓の外に立っているのは真っ赤なビキニアーマー姿の女魔人。おとといと違うのは、体のいたるところに絆創膏を貼っている点か。魔法で怪我を治したわりには中途半端だな。ていうか絆創膏、異世界にもあんのかよ。


 ガッシャーン!!


 派手に窓ガラスを割って音楽室に侵入してきた。実に迷惑なことに白猫とは別の窓を割りやがった。


「マジカル・ステッキ・メタモルフォーゼ!」


 俺はイヤーカフ形状だったステッキを素早く魔法の弓に変え、玲萌レモを背中にかばうように立った。


 だが女魔人は攻撃を仕掛けてくるどころか、悩ましげに身をくねらせている。


「我がいとしの魔法少女マジカル・ジュキちゃん、逢いたかったぞ。宝石のように輝くエメラルドの瞳、あどけない顔立ちを引き立てる白銀の髪、そして成長途上の体つき。この瞳に映るすべてが奇跡のようだ!」


 なんか様子がおかしくないか? こいつ本当に埼玉県を征服しに来たのか?


「わらわの心はそなたを前にして、直射日光を浴びた高級チョコレートのごとくとろけているよ!」


 たとえが下手くそ過ぎる! 玲萌レモとは別方向のポエマーだな。


「今日は愛らしい魔法少女を我らの世界に連れ帰るためにせ参じた!」


 女魔人は大股で歩いて俺のそばまで来ると、片膝をついて俺を見上げた。俺の目は彼女の胸の谷間にくぎ付けになる。谷底まで手を突っ込んでみたい! いや、あのボリューミーな双丘に顔をうずめたい!


 女魔人プリマヴェーラが、俺に向かってうやうやしく片手を差し出した。


「一生わらわがかわいがってあげよう。さあ、お姫様お手を――」


樹葵ジュキを一生かわいがるのは私よ!」


 恐れ知らずな玲萌レモがあっさりとセリフをかぶせた。


「ミルフィーユ、撮影係は任せたわ!」


 スマホを白猫に押し付ける。


「任されたニャ!」


 えっ、撮影って!? 戸惑う俺の前で女魔人は立ち上がり、玲萌レモに向かって不敵な笑みを浮かべた。


「愛らしさではジュキちゃんに負け、胸のサイズではわらわの足元にも及ばないくせに、邪魔をしようとは笑止千万! お前など、そこの野良猫の抜け毛を鼻の穴に突っ込んで猫アレルギーにしてやる――」


「隙あり!」


「ぐわっ」


 玲萌レモの投げた指揮棒が女魔人の眉間に突き刺さった。


「すげぇ」


 感嘆のつぶやきをもらす俺のうしろから、玲萌レモの舌打ちが聞こえた。


「ちっ、はずしたか」


「いや、命中しただろ?」


「私はあいつの目ん玉を狙ったのよ」


 もはやどっちが悪役か分からないぞ!?


 眉間から血を流した女魔人が、ゆらりと立ち上がった。


「セリフの途中で攻撃するとは卑怯なり! ジュキちゃんはわらわのもの! わたさんぞ!!」


「純粋無垢な樹葵ジュキにはあんたのような乳牛より、私のような慎ましい美少女のほうがお似合いよ!」


「にゃ、にゃんと! ジュキちゃんをめぐってファイトが勃発!!」


 猫がそれを言うか。


「食らえ、風魔法!」


 玲萌レモが適当なことを言いながら吹奏楽部のスコアのコピーを投げつけた。


「なっ、この世界の人間も魔法が使えるのか!?」


 女魔人は騙されている。


「だがこんな初級魔法、ただの目くらましだ!」


「それならここまで来てみなさい!」


 玲萌レモの挑発に乗った女魔人は舞い散るコピー用紙を手で払い、歩みを進め――


 ビターン!


 派手な音を立てて転んだ。


「ふっ、さっき足元にこっそりコントラバスの弦を張っておいたのよ」


 秀才のくせになんて古典的な罠を張るんだ、こいつは。プリマヴェーラも魔王四天王とか名乗ってるくせにあっさり罠にかかるし。


 床とキスしたまま沈黙した女魔人の後頭部を冷たい目で見下ろしてから、玲萌レモは俺にアコースティックギターを手渡した。


「さあ樹葵ジュキ、歌うのよ!」


「ええっ、今!?」


「当たり前じゃない。樹葵ジュキの名曲が拡散されるチャンスよ! 魔法の弓、持っててあげるわ」


 玲萌レモは俺の手から弓を受け取り肩にかけると、白猫からスマホを受け取った。


「このままだとだかが足りないわ。今日ジュキちゃん戦ってないから」


「ちょっと待て。また動画公開するのか!?」


「だって樹葵ジュキは有名になりたいんでしょ? たくさんの人に曲を聴いて欲しいんでしょ? さあ勇気を出して、成功への一歩を踏み出しましょう!」


 有名とか成功とか、甘い言葉が蜜のように耳をくすぐる。


「ジュキちゃん、安心して歌うニャ。魔人はワイが監視してるから」


「おい白猫、なんであんたまで玲萌レモに賛同してるんだよ?」


「ジュキちゃんにとって魔法少女活動にメリットがあれば、今後も変身してもらえるニャ?」


 そういうことか。


「さあ樹葵ジュキ、魔人が目覚めないうちに始めましょう! 大人気ロックスターへの第一歩を!」


「おうっ!」


 大人気ロックスターという甘美な響きに心を奪われ、俺はアコギを弾いて歌い始めた。


 玲萌レモのプロデュース力は絶大だった。だが俺の歩き始めた道は大人気ロックスターではなく、大人気ネットアイドルへとつながっていたのだが。


 新曲『窓をあければ』を歌い終えるころには、玲萌レモはスマホも弓も白猫にあずけて、自分もノリノリでグランドピアノを演奏していた。おかげで俺の書いたシンプルなロックは、どこかブルージーな香り漂う厚みのある楽曲へと変貌を遂げた。


 ちなみに演奏中、目を覚ましたプリマヴェーラと目が合ったが、気付かないふりをした。床にうつぶせになったまま静かに俺の歌を聴いてくれるオーディエンスを、わざわざ攻撃して追い出す気はない。


 一曲目が終わり、


「それじゃあ次の曲は――」


 白猫が構えるスマホに向かってMCを始めたとき、廊下を走る複数人の足音が近づいてきた。




─ * ─




ライブを邪魔するのは誰だっ!?

じゃなくて。授業中に音楽室で勝手に演奏し、さらに魔人と戦っていたら人が来るのも当然ですね。

次話『魔法少女のピンチ』です。

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