18、魔法少女のピンチ
廊下を走る複数人の足音が近づいてきたと思ったら、音楽室の扉が勢いよく開かれた。
「自衛隊だ。安心しなさい。我々が来たからには――」
「やべっ」
「やばっ」
俺と女魔人プリマヴェーラの声が重なった。
開け放たれた扉から次々と駆け込んでくるのは迷彩服姿の自衛隊。廊下には防護盾を手に武装した警察の姿も見える。
俺の足元で気絶したふりをしていた女魔人が跳ね起きざま指笛を鳴らした。
「来たれ、我がしもべよ!」
「気をつけろ! 敵が化け物を呼んだぞ!」
リーダーらしき女性自衛官が部下たちに注意を促すが、前回と同じパターンなら召喚獣の来訪は撤退の合図だ。
駆け寄ってきた
「
耳打ちされて思い出した俺は、おととい白猫から教えられた呪文を唱えた。
「マジカル・エンジェル・メタモルフォーゼ!」
握っていた魔法の弓からピンク色の光が放たれて、俺の背中に集まっていく。
「なっ」
俺に近づいてきた自衛官が目を丸くする。
「ここは私がなんとかしておくわ」
頼もしいセリフをささやいた。
天井へ舞い上がると廊下の方から、
「そこの子供、待ちなさい! 君には事情を聞かなければならない!」
男の叫ぶ声が聞こえた。警察の事情聴取なんて受けてたまるかよ。
「お尋ねになりたいことがあるなら私が答えます」
轟音の向こうで自衛官の号令が聞こえ、割れるガラスが飛び散る中で彼らは陣形を整えた。
エンジェリック・バリアとやらのおかげで、俺のところへはガラスの飛沫も飛んでこないが、
そうだ、
音楽室に入ってくるワームの首とすれ違いざま、割れたガラスの間をぬって外へ出る。
「重要参考人に逃げられたか! せめてあの羽が生えた猫は確保するんだ!」
廊下で男がわめいているのが聞こえた。自分のことだと気づいた白猫が、羽をしまって床に降り立つと、目にも止まらぬ速さで音楽準備室の方へ逃げていった。
「あの猫も空飛ぶ少女も、私たちの世界を守るため天界からやってきたとのことです!」
室内から
「その証拠に猫も少女も同じように天使の羽が生えているでしょう? 魔人は地底に、天使は空の上に住んでいて、私たちの世界はその真ん中にあるんですって」
すげぇ。よく架空の設定がすらすらと出てくるもんだ。
「魔人が地底に逃げ帰った今、天使たちも空へ帰って行くのです」
巨大な芋虫のごときワームの体に沿って飛んでいたら、
「今日オイラ有給取ってたのに呼び出さないでくださいよぉ」
巨体から間の抜けた声が響いてきた。
「何を言うか。わらわがこの世界の兵士につかまったら、お前はクビだぞ」
頭上から聞こえるのは女魔人プリマヴェーラの不機嫌そうな声だ。
「知ってますって。だからオイラ、プリマヴェーラ様の休日に有給取ったのに」
「わらわは今日、休日だからこの世界を攻撃せずに意中の相手を迎えに来たのだ」
「それで失敗したと」
「くっ」
一人と一匹はツッコミどころ満載な会話を交わしながら地中に姿を消した。
ふわりとピンクのスカートをなびかせて中庭に降り立った俺は、
「メタモルフォーゼ・ミニモ」
魔法の弓をイヤーカフに変えて耳に装着し、木陰に隠れた。
「ここで小便しちまうか」
スカートをめくり上げようとして、はたと考える。
「変身解除の瞬間を誰かに見られたらまずいよな」
木漏れ日に目を細めて新緑の間から見上げると、学園の窓が並んでいる。授業中だから誰も見ていないと考えるのは軽はずみかもしれない。校内に魔人が侵入し、自衛隊と警官隊が駆けつけたことを考えると、通常通り授業が行われているとも考えにくい。
「トイレまで行った方が安全か」
この時間帯に最も生徒が少ないのは部活棟だろう。今俺がいる場所からはかなり離れているが、部活棟にはめったに教師も立ち入らないし、放課後以外は閑散としている。
俺自身はずっと帰宅部だが、それくらいの知識はあるのだ。
こそこそと建物の陰を移動していると向こうから人がやってきた。
「誰だよこんな時間に。授業中だろ。大体、魔人が出たんだからどっか避難してろよ」
文句を言いながらツツジの生垣に隠れてしゃがみ込む。
ミニスカートでうんこ座りって抵抗あるな…… などと思っていた俺は、聞こえてきた水音にハッとした。
学園職員が植木に水をやってるのか!
気付いたときにはもう遅い。今さら動いたら間違いなくバレる。
幸い魔法少女のコスチュームはツツジと同じピンク色。生垣の一部になったつもりで息を殺すしかない。
俺は観念して目をつむり、頭からホースの水を浴びた。
ちっきしょーっ!!
コスチュームのうっすい生地がびしょ濡れになって乳首が透けてるじゃねーか!
十六歳男性がミニスカート姿でスケスケ女装とは、変態度合いマックスで我ながら嫌すぎる。ツインテールを胸の上に垂らして隠すと、俺はふらふらと立ち上がった。
全身ずぶ濡れだし、この場でジョボジョボと用を足してしまおうかとも思ったが、女装姿でお漏らしだなんて人として何かが終わりそうなので、やはりトイレを目指すことにした。
「クソッ」
悪態をつきながら雑草を踏んで中庭を進む。あそこの角を曲がれば目指している部活棟だ。
初夏の日差しに照らされて生暖かくなった水滴が、ぽたぽたと髪から落ちてくる。
疲れ果てて建物の角を曲がったとき突然、目の前に大勢の生徒が現れた。
「あーっ!」
整列していた奴らが振り返り、俺を指さした。
「魔法少女ちゃん!?」
生徒たちが騒ぎ出す。
俺は悟った。彼らは学園内でも音楽室から離れた部活棟前に避難していたのだ。
「しまったー!」
─ * ─
学校の生徒と鉢合わせしてしまった
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