迎えに来た人

時々両親から聞かされる思い出話の中にこのようなものがある。

まだ私が保育園に通っていた時分のこと。父が母から頼まれて保育園まで私を迎えに行ったらば、私から「この人、お父さんじゃない」と言われ泣く泣く帰った、というもの。

お迎えを拒否した記憶なら私にもある。確かに私の父を名乗る人が迎えに来たのを拒否した。

ただそこにいたのは確かに知らない人だった。製鉄所に勤める私の父は勤務日だろうと休日だろうと常にジャージを着ているような人だったが、迎えに来たのはスーツに眼鏡をかけた男だった。喋りもせず、私が「お父さんじゃない」と言ったら何も言わずに帰っていった。

ただ忘れているだけで別の日に父の迎えを拒否したのかとも思ったがそんなことは無い。保育園に通っていた時分の私は先生や親から叱り飛ばされる程のホームシックで、入園から卒業まで毎日何かの拍子に帰りたがったり、自由時間になれば園庭の先にある門をずっと眺めているような子供だった。それだけ待ち望んでいた親の迎えを拒否するとは考えきれない。だいたい保育園まで父が迎えに来たのは一度や二度でないのだ。

スーツの男は何者だったのか。父が迎えを拒否された相手は本当に私だったのか。もう確かめようも無いことだが、いまだに思い出しては頭に靄がかかったような気になる。

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私の怖い話 むーこ @KuromutaHatsuro

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