ひかり 俺は生きることにした


“父方の実家に帰ったらしい!”


“まじ? ウチは養護施設で揉めたって聞いた!”


 携帯に映し出されたグループメッセージで叶子と未来が騒いでいる。


“佐伯洸弥が行方不明”


 液晶の日付は8月12日となっていた。病室の天井をぼうっと見つめる。

 そう、あの日以来、佐伯洸弥は学校に来なくなった。彼の友人たちも何も知らされていないみたいで、学年中一時は彼の噂で持ちきりだった。おかげで私の病気についてはクラス外で特に話題にされることはなかった。夏休みになっても一部の生徒たちの間では彼の話題が止むことなく、叶子も未来もそのうちの1人だ。彼は本当に行方不明になってしまった。



 それからあっという間に2ヶ月が経過し私はほとんどの時間をベッドの上で過ごしている。

 佐伯洸弥が死んだ。

 脳腫瘍、癌。この噂は本当のようだった。現に叶子と未来はお通夜に行ったらしい。同じ病院に入院していたはずなのにいつもながら2人に知らされて初めて知った。


「ひかり、何か欲しいものはない? 雑誌とか漫画とか」


 看護師さんに見守られながら母の問いに対して首を振った。雑誌も漫画も欲しくない。そして、この日の午後に目を輝かせながら病室に駆け込んできた父の顔を忘れることはない。


「手術、する」


 この日、匿名で自分が脳死になったらその心臓を私に譲りたいという人がいたことを知った。


「会いたい」


 なぜか何も怖くはなかった。それよりもただ生きないと。生きていきたいと、そう思った。







 12月。

 湘南の空は薄い紺色をしていた。

 連日雨が続いていて天気予報では今日は曇りだったけれど、雲間からいくつもの光が伸びている。冬のつんとした空気が鼻に沁みた。


 ふと振り返った。

 もうとっくに消えていてもおかしくないのに_____________夏にコンクリート塀に彼が書いたチョークの跡がまだ残っているのが遠目で見えた。

 字が足されている。

 私はそこへ触れた。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひかり 速川ラン @hayakawaran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ