第3話

 昨夜のことだ。

 うちの会社が昼間の警備を請けおっている笹健組のユンボのバケットから大量の生ごみが発見された。

 急きょ夜中の保安が要請され、駈り出されたのがぼくと各務かがみだった。

 とつぜん夜中の保安が入るときには、だいたい裏で何かおおやけに出来ないような出来事が起こっている。

 ――おそらく各務は、その生ゴミのについては何も知らないだろう。

 かれの言うとおり警備員は自分の立ち位置付近の状況を把握しておかねばならない。ごもっとも。なにしろ下手をすると、それが生死を分ける境目にさえなりかねない。

 そしてすでにぼくは気がついていた。

 休憩に入ったおっさんが蘊蓄をたれに僕のところへやってくるより大分まえから、森の中をなにかかなり大きなものが動き回っている。

 彼のいう住宅地のこどもなのかも知れないが、今時の子どもがあんな茂みの奥まで入り込んで遊ぶだろうか。しかもこんな夜おそくに。

 各務が去ったのとは反対方向の杉並木のずっと奧で、ふたたび何かががさがさ音をたてはじめた。

 各務の言うとおり、いい警備員は言葉尻がはっきりしている。しかし、もっといい警備員は言葉の濁しかたを心得ているのだ。

 そしてぼくはその夜、滅多にない本物のトラブルを予感していた。


                    ★


 風向きがかわった。

 河口の方から風が吹き始めると、にわかに気温がさがってゆく。

 闇をたたえた水面のあちこちで重い水音とともにぼらがはね、そのあとはざあざあと言うたくさんの小川が同時に流れるような水音のほか、何ひとつ聞こえなくなった。

 それからどのくらいたっただろうか。

 いり交じり、どちらがどちらともつかなくなった潮のにおいと濡れた砂のにおいに、とつじょ鼻を刺すような甘ったるい香りがわり込んできた。

 神経の末端をはじかれたように、痙攣にちかい動作でぼくはふりかえった。

 1メートルも離れてないところにとんでもなく大きな女がいた。

 いきなり真正面から目があった。


                    ★


 夜のハイウェイに飛び出して交錯するヘッドライトに射すくめられ、硬直して動けなくなったカモシカのような顔で、女はなおも無表情にぼくの視線を受けとめていた。

 馬面でがっしりした肩と腰をしている。上背がかなりあったがよく見るとスエットシャツはだぶだぶで、腰にはベルトをしていない。履いているのはジーンズによくにたデニム地のゴムパンツだった。

 背後にあちこち破れかかった安もののキャリーバッグを引きずっている。


 「ねえ。子ども来なかった?」 


 ようやくそういって女は額をざんばらにおおった前髪のあいだから蛍光チョッキの点滅を眩しそうにながめた。化粧は一切していないが複数まざった安物の防臭剤がひどいにおいを放っていいた。年齢は四十代の後半くらいだろうか。


 「どのくらいのお子さんですか?」


 開店直後のスターバックスの店長みたいな声でぼくは言った。年齢をたずねたつもりだったが、


 「このくらいの」


 そう言って女はこどもの頭をなでるような仕草で、肘をまげたまま腕を横にさし出した。

 背丈を示しているらしい。

 しかしそれがよく成長した6歳児のものなのか、発育不全の中学生のものなのか、ぼくには判然としなかった。


  「いいえ。誰も来ませんでしたよ」











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