第6話 お待たせ


ほんの少しだけ時間は遡る。

時間にして数分くらいのこと。


「修也くん、今までありがとう」


恵はひとりで修也の体をシャワーで流しながらそう口にしていた。


「いろいろあったよね」


もちろん返事は無い。

修也が死んでいるからである。

死人に口なし、という言葉を恵は思い出していた。


「一言でいいから喋ってよ、うぅぅぅ」


シャワーの音だけが響いていた。

恵は1人で会話していることが虚しくなってきていた。


(なにしてるんだろう、私)


「……」


恵は無言でホースを見ていた。


以前聞いたことがある。

どこかの施設でシャワーホースを使って首吊り自殺をした人がいる、と。

その首吊りは成功して、その後からその施設ではシャワーを使う時は2人以上で使うという決まりができたそうだ。


恵は容姿端麗、頭脳明晰。

なにをやらせても"ほぼ"完璧超人な女子生徒である。


だから、こんな雑学も知っていた。


首を吊っての自殺というのは「脳への酸素供給が止まればそれでいい」という話。

足が地面についていたとしても首さえしまっていれば成立する。


「ねー、修也くん。苦しかった?」


返事は無い。


恵の目からは涙が止まらなかった。


「私には来世とかあの世があるのかどうかは分からない。でもどっちみち今から確認できるよ」


恵はシャワーヘッドを外すとホースを器用に風呂場のとっかかりに引っ掛け。そして顔を通せるだけの輪っかを作った。


恵はスポっと首を通すと修也の顔の方を見ていた。


「はぁ、はぁ♡私も今から死ぬよ修也くん♡修也くんの味わった首吊りの苦しみを今から私も味わうの♡この苦しみも痛みも、ぜーんぶはんぶんこ」


ここまできて恵はボロを出すことになった。

彼女は"ほぼ"完璧超人なだけであって、完璧超人ではない。


東堂 恵という少女は表では完璧超人を振舞っているだけである。誰も見ていない場所で、かつテンションが跳ね上がる状態では素が出てくる。

自殺寸前なんていう状態はとうぜんテンションが跳ね上がる。悪い意味で。


「私が死ぬところ特等席で見てて♡苦しむ顔も、苦痛に呻く顔も、全部全部見て欲しいの。死体から溢れた体液は最初に修也くんにかけたい。ごめんね、変な女で」


すぅ、はぁ。

恵は最後に深呼吸してから言った。


「修也くんのことが好きでした。もしもあの世で会えたら……


しゃぶらせて欲しいなぁ」


ニコッと笑って首を吊り始めた恵。


「ぅぁっ……」


だんだんボーッとしてくる。


死がだんだん近付いてくる。


「ぼーっとする。これが死ぬってことなの?わっ。すごい、修也くんが立ち上がった」


「それはのぼせてるだけだと思うよ。経験者は語る」


修也は恵の体を掴んでホースから頭を抜かせた。


「え?」


数秒だけ修也を見ていた恵。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁあ!!!」


叫び声を上げたが修也には気にしている暇がない。

彼は死んだ後パーティメンバーの動向を見ていたから全て知っている。


「もうひとり現在進行形でやばいのがいるから後でな」


「へ?もうひとり?」


修也はすぐに風呂場を出ていった。

服なんて脱がされたままである。


だがそんなことは気にならない。

それほどまでに急いでいた。


クローゼット前まで修也が移動した時、そこには輪っかに首を突っ込んでいる乃亜の姿が見えた。


「とりあえずそこを降りろ」


「え?なんで?」


「危ないからだ。そんなことも分からないのか?」


乃亜はキョトンとしていた。


「そっちじゃなくて、なんで生きてるの?」


「いろいろあってな」


修也がそう言うと乃亜は椅子から降りた。


「よ、良かったぁぁぁぁ、生きてたんだ」


乃亜は走って近寄ると修也に飛びついた。


修也はこう思っていた。


(俺が全裸じゃなければ感動の再会にでもなっていたのかもなぁ)


修也は乃亜を宥めた。

乃亜が落ち着きを取り戻してから服を身につける。


「これで、よしっと」


それから机の上にあったケーキに目をやった。


「食べていいんだよね?あれ」

「うん!いっしょに食べよ!」


修也は机に近寄ると手掴みでケーキを食べていく。


その間に恵も合流した。


「信じられないわ。さっきまで死んでたのに、急に動き出したから」


恵は修也の体をペタペタ触ってた。


「体温あったかい、腐敗臭とかもしない」


「ついでに言うと普通に味覚も生きてるよ。俺は普通のそのへんの高校生ってわけ」


「でもー、でもー信じられないよぉほんとに」


修也は呆れたように首を横に振った。


「そんなに信じられない?東堂」

「うん」


恵は修也のことを見上げながら目をうるうるさせた。


「もう、心配かけてさ。やめてよね」


修也はここまでの流れを知っているので内心では反省していた。


彼にとって死ぬということは「ちょっとコンビニ行ってくるわ」レベルの感覚になっていたからである。

だからここまでの反応をされると思っていなかった。


壁に言わせてみればコンビニ行ったらパーティメンバー全員がめっちゃ落ち込んでた!みたいなものだから。


でも修也は内心で少し嬉しかった。


(俺がいなくなったらこんなに泣いてくれるんだな、この2人は)


少々意外だったのが乃亜の反応だった。

こんなに泣かれると思わなかった。


そのため少し悪いことしたなというきもちはあった。


だから贖罪の意味も込めて修也は乃亜の目を見て言った。


「ケーキ、けっこうおいしいね。ありがとう」

「うん、全部食べていいから」

「全部もいらないかな」


修也はとりあえず椅子に座ることにした。

乃亜が修也の顔を覗いてきた。


(顔ちかっ)


よく顔が見えたけど本当に心配そうな顔をしてくいた。


「体は大丈夫?」


「前よりパフォーマンスはいいくらいだよ」


「んー、でも私が食べさせてあげる」


乃亜がフォークでケーキを取るとそれを修也の口へと運ぶ。


「私もっ!」


恵も負けないと言った感じで修也の口へとケーキを運んでいく。


修也はそうして割と幸せな時間を送ることとなった。


食事が終わると恵が話しかけてきた。


「今日は私の部屋で寝てくれないかな?修也くん」


「え?」


乃亜も乗り出してきた。


「私も監視するから。もう桜泉くんが勝手に死んじゃわないように」


その手にはいつの間にかロープ。


「ベッドに固定してでも死ねないようにするから」


乃亜はロープでベッドに固定してでも修也に死なれたくない。それくらい自分に死んで欲しくないということは修也にも分かっていた。


「そんな事しなくても、もう死なないよ」


そのとき恵は顔を赤くしながら修也の手を握った。


「そうそう、修也くん。お風呂で私の素を見たよね?」


「なんのことやら」


シラを切ろうとした修也だったが、恵の洞察力からは逃げられない。


「今までのお礼とかも兼ねて。一発ヤラせて」


(それ、キミのセリフじゃなくない?どちらかと言えば俺のセリフでは?)


困惑する修也だった。



そんなわけで修也の自殺から始まった一日は長いようで短かった。

そして、この日は修也にとって悪くない一日となる。


自分はパーティメンバーにそこそこ愛されてるんだなぁと実感できたからである。


「修也が死んだから自分たちも死にます」と言うのは少々メンバーの愛が重い気もするが、それは気のせいだろう。

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ウザイ同級生女子の目の前で首吊り自殺してみたら驚くほど素直になってめちゃくちゃ尽くしてくるようになった、ついでに何故かクラスで一番可愛いアイドルも俺に尽くしてくるようになった にこん @nicon

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