第5話 火葬
乃亜が修也の部屋で待ち続けて2時間くらいが経過した。
やっと恵が部屋に帰ってきた。
「桜泉くんを火葬することに決めました。今日はもう遅いので明日火葬してくれるギルドを探しに行こうと思います」
恵は状況を淡々と説明した。
乃亜は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら頷いた。
それからいっさい表情を変えないままこう言った。
「私も死にたい」
「私も死にたいけど、生きるの。だから頑張って」
「もう頑張れないよ」
その場で俯く乃亜。
(こんなことになるならあんな事しなきゃ良かった)
乃亜はずっと考えていた。
自分の間違えについて。
(ウザ絡みなんて漫画やゲームのキャラがするからいいだけで、現実でやられたらイライラするのも当たり前だよね)
反省していた。
でも反省しても修也は帰ってこない。
「そういえばさ、今日は桜泉くんの誕生日なんだよね」
乃亜はみんなの顔を見回した。
柊姉妹は「知らなかった」と答えていた。
「ケーキもプレゼントも用意してみんなで祝おうと思ってたのに、うぅ……なんでぇ」
涙をポロポロと流していた。
止めどなく溢れてくる涙を止める術を乃亜は知らなかった。
「そのケーキ持ってきてくれる?白石さん」
「うん。どうせ処理しなきゃいけないし、みんなで食べようよ」
乃亜は虚ろな目で時計を見た。
「気付けばもう夜の18時だもんね。お腹減らないから時間分かんなかった」
乃亜は自分の部屋に戻ってケーキを持ってきた。
ちゃんとキレイな箱に入っている立派なケーキだった。
箱を開けると、中にはチョコレートケーキが見えた。
真ん中には白い板が載っており【Happy birthday】と書かれている。誕生日を祝うためだけに用意された専用のケーキ。
「これはお店で買ってたの?」
「違う。自分で作った」
結衣が目を見張っている。
「へ〜。驚きました、先輩ってこんなに上手にケーキ作れるんですね」
「たしかに、これは見事なものね」
柊姉妹にはなかなか高評価なケーキ。
「あはは、ありがとう。でも一番食べて欲しかった人がいないよ」
ケーキを見ていた乃亜の目はどんどん光を失って虚ろになっていっていた。
元々は光を反射していそうなほど輝いていた笑顔が今ではいっさいの光が見えない。
それくらいに濁っていた。
「訓練でもらったお金を全部貯金していい材料を揃えて作ったの。桜泉くんに食べて欲しくて……」
乃亜は机の上にケーキを置いた。
その姿は誰がどう見ても痛々しいものだった。
誰も声をかけられない。
「お腹ぜんぜん減らないや。食べたい人から食べてくれていいよ。チョコレートばっかり使ってるからすぐ溶けちゃうかもだし」
乃亜はそう言ったが、ケーキに手を伸ばす人間は一人もいなかった。乃亜や恵はとうぜんの話として、あまり深い関わりがなかったような柊姉妹も、仲間が亡くなったあとにすぐ食事ができるほどような人間ではなかった。
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誰も何も話さないまま数時間が経過していた。
だが、その静寂は結衣のひとことで打ち破られる。
「そういえば先輩たち。遺体は冷やさなくていいんですか?夜で冷えるとは言えこのままだと腐敗進むんじゃ?」
「そうね。仲間の死体なんだからキレイなままで保管したいし、皆で氷とか集めてこれるかしら」
「分かりましたよ、先輩」
「ふたりはよく喋ってたみたいだし、桜泉といてあげて。私たち2人で集めてこよう」
柊姉妹は気を利かせて部屋を出ていった。
残されたふたり。
乃亜はボケーッとして、口を開けたまま虚空を見つめていた。
このままにしていると魂が抜けて一生このままではないのか、という不安を恵が感じるような状態だった。
「大丈夫?」
ゆっくりと首を動かして恵を見た乃亜。
「うん」
答える声にも元気はなかった。
「私たちで桜泉くんの体洗ってあげない?その時間的に風呂にも入ってないんだろうし、最後は綺麗にしてあげたいしさ」
「うん」
「私が頭側持つから白石さんは足側をよろしく」
「うん」
「歩く時注意してね」
「うん」
コクコクと頷くだけの乃亜。
それを見て恵はこう思っていた。
(まさか、私よりショックを受けてる子がいるとは思わなかったわ。というよりなんで私は桜泉くんの誕生日知らなかったのにこの子は知ってるの?)
勇者たちに与えられる部屋には風呂が備え付けられている。
彼女たちは風呂まで入ると、浴槽の壁にもたれさせるようにして修也の体を置いた。
「白石さんはズボンを脱がして」
「うん」
カチャカチャ。
乃亜はていねいに服を脱がしていっていた。
それを見て恵は少しだけ安心しながら上半分の服を脱がせにいく……。
修也の服を脱がせ終わるとふたりは修也の体を洗い始める。
一見順調そうに進んでいると思われた作業だが……。
しばらくすると乃亜が泣き始めた。
「えぐっ、ぐすっ。私はなんでこんなことしてるの」
まったく動かない修也の体を見て乃亜は急に涙を流してしまった。
修也の体が完全に動かないことで、もう既に修也が死んでいることを嫌でも改めて理解させられたのだ。
「虚しいよ、こんなこと。やだ、やりたくない」
虚ろな目で乃亜は恵を見た。
「ごめん、先に上がっていい?これ以上は頭がどうにかなりそう」
「後悔しないならどうぞ」
「これ以上見てる方が後悔しそうだよ」
乃亜は風呂を出た。
風呂を出ると時計に目をやった。
風呂に入って作業をしている間、1時間ほど経過しているようだった。
(ケーキは大丈夫かな?)
そう思って乃亜は机を見た。
そこには崩れたケーキがあった。
中に入れてあったアイスが溶けてしまい、ケーキの形を保てなくなったようだった。
そして周りに塗ってあったチョコも、とうぜん時間経過でドロドロに溶けていた。
「ケーキ、壊れちゃった」
これからあのケーキを食べるんだろうか?
完全に崩れてしまったケーキ。
「修也くんのために用意したケーキ」
一番食べて欲しかった人はもういなくて、そんなケーキを自分たちはこんな虚しい気持ちで食べるんだろうか?
彼女はそんな光景を思い浮かべてしまった。
「もうやだよ……修也くん……涙でなにも見えないよ」
乃亜はふとクローゼットを見た。
そこにはまだ、ハンガー掛けにくくりつけられたロープがあった。
乃亜は修也を下ろしただけでロープの処理まではしていなかった。
つまり、まだ首を吊る気がある人間がいるのであればまだ吊れる状態にある。
「もう、限界だよ。私も天国に行けるかな?……なんてね。私は地獄かな?」
(でも……どっちに転んでも
そう思った乃亜はクローゼットに近付いていった。
乃亜はもう完全に首を吊る気でいた。
「こんな世界もういやだ。死のう」
そう思ってからの乃亜の行動は早かった。
「私は部屋触ってないから踏み台に使ったはずの椅子がまだこの辺にあるよね?」
乃亜がクローゼットから少し目をそらすと部屋の角に小さな椅子があるのが見えた。
「あれかな。同じのを使おう」
乃亜は椅子を運ぶとロープの下に置いた。
そして、椅子に昇った。
「私の方が身長低いからちょっとだけ高さ足りないなー。でも背伸びすればロープまで届くや」
乃亜は背伸びしてロープに首をかけようとした。
その瞬間、
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁっ?!!!」
お風呂の方から恵の声が叫び声。
(なんだろう?虫でも出たのかな?まぁいいや、私にはもう関係ない)
「今から会いに行くね、修也くん。今から死にます」
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