第4話 報告


恵は数分泣くと立ち上がった。


「いつまでも泣いてられない。桜泉くんに怒られる」


リーダーは、辛い時もキツイ時も弱音は吐いてはならない。なぜならリーダーの動揺や恐怖などはパーティメンバーにも伝染してしまうから。


耳にタコが出来るほど聞かされた言葉である。


修也を失ったのは悲しい事であるが、現実に自分感情を持ち込まないようにしなければならない。


「女神様に報告、それから仲間への報告」


いろんな感情が混ざり混ざってドロドロになっていた。

強がってはいるが恵の足は泥沼にハマったような重さだった。


だが、それでも彼女は役目をまっとうするために歩き出す。


勇者養成施設の中には一際大きく目立つ扉がひとつだけある。

恵はその前に向かうと深呼吸をした。


ここにはいる時はいつも緊張している。

なぜならこの先には女神様がいるからだ。

異世界の勢力で1番権力のある人物。


部屋を数度ノック。

中からの返事があるまで待つ。


「どうぞ」


「失礼します」


中に入るとそこそこ大きな机がひとつ。その奥には女性がひとり。


金色の髪。

青い目。


あれが女神様である。

この異世界で全ての上に立つ人物。


「どうかしましたか?東堂 恵さん」


「……」


口が開かなかった。


それだけ重い出来事があったから。

しかし、嫌な考えを消すように彼女はがんばって口を開いた。


「パーティメンバーの桜泉 修也が亡くなりました」

「そうですか」


興味がなさそうにそう口にした女神。


「そ、それだけですか?」


「はい。なにか不満ですか?」


キョトンとしている。

その顔は桜泉修也の死など心底どうでもいいと思っているようなものであった。

事実ここの女神はこの勇者たちの面倒見以外にもやることがある。

そのためいちいち勇者ひとりひとりの名前なんて覚えてないし、誰が死んだとしても興味が無い。


「……ギリッ」


恵は歯を食いしばった。

自分たちの命がこんなにも軽いものだとは思っていなかったからである。


女神は不思議そうな顔をしていた。

彼女は神である、人間の悩みなど理解できないような存在だったからだ。


そこで彼女は恵が中々動かない理由について勘違いしてしまった。


「あー、次の指示をして欲しいのですね。これは失礼しました」


女神は部屋の中にあったカップを手に取ると、日常会話をするようにこう言った。


「死体はゴミ捨て場にでも捨てておいてください」


恵の中でなにかが壊れた。


「きさ……」


言葉の続きは出なかった。


なぜなら背後で扉が開き恵が驚いたためである。


「おはよー。女神さま」


中に入ってきたのは、四条 よつか。


(恵にとっては)仇であった。

睨むような目で恵がよつかを見ていると、よつかの方も恵に気付く。


「あれ?誰かと思えば元人気投票一位の東堂 恵さんじゃないですかー」


ニヤニヤと小馬鹿にしたような笑顔で話しかけてくる。


「どうして、ここにいるんですー?恵さーん?」


「あなたには関係の無いことよ」


恵はこれ以上四条と話すつもりはなかった。

この人物と話しても得られるものは無いからである。


そのため顔を背けたのだが……よつかは鋭い女である。


「あれ?ひょっとして泣いてた?あの恵さんが?」


ニヤニヤしていた。

他人の不幸を笑うように。


「ま、ましゃか。泣くようなことが起きたって、誰か死んだとか?」


四条のカンは冴えていた。

恵の様子を見て四条は誰かが死んだことを確信した。


「ねーねー、誰が死んだの?教えてよ、恵さんっ!クラスメイトの誰が死んだのかー、把握したいなー?」


四条は恵の肩に手を回す。


その様子を微笑ましい笑顔で見ていた女神。


女神には人の気持ちが分からない。

四条がとてと邪悪な笑顔を浮かべていることも、恵が失意のどん底にいることも分からない。


そのため、女神はシステム的にこの質問に答えてしまった。


「どうやら桜泉 修也という方が亡くなったようです。残念ですねー」


「ぷはっ!」


四条は吹き出した。


「あのオタクくん死んじゃったんだー、かわいそーにー」


「黙れ……」


「ん?なに?」


「黙れっ!」


いつもは優しく温厚な恵が怒鳴っていた。


だが四条はそのようなことでは驚かないし、ビビらない。


「かわい〜。パーティメンバーをバカにされておこっちゃったのぉ〜?」


「桜泉くんを馬鹿にするなっ!」


そう言うと恵はアイテムポーチからナイフを取りだした。


そして、四条に向かって突っかかっていく。


「ぷっ。なにそれ笑える〜。【魔法障壁】で簡単にガードできるけど」


恵のナイフは見えない壁に阻まれていた。


「くっ」


四条はそれ以上何もすることなく目をキラキラさせてた。


その顔はまるで何かを楽しみにしているような子供のような笑顔。


「ところでさ、恵さんはオタクくんとヤッたの?」


「え?」


「あのオタクくん、どーてーのまま死んじゃったんならかわいそーだなーって思って。イジメから守ってくれたんだし、とうぜんお礼にヤらせてあげたよね?一発くらい」


「……」


恵の反応を見て四条は全てを察していた。


「うわっ。ひっど。イジメを肩代わりしてくれたのに、恩のひとつも返さないなんて。血も涙もない人だねー」


四条はこう続けた。


「それともあんなオタクくんと"クラスで一番人気がある私"じゃ釣り合わないかなー?」


不快げに笑うと四条は恵から興味が失せたらしい。


四条は女神様に【冒険活動記録】を提出すると部屋を出ていった。


取り残された恵と女神。


恵は最後の望みをかけて女神に聞いた。


「彼の遺体は捨てられません。その場合どのようにすれば?」


「さぁ?民間の火葬ギルドにでも頼んでみてはいかかでしょう?もちろんこちらからはそんな無駄なお金出しません。のでご自身でご用意お願いします」


「……分かりました」


恵は最後に頭を下げて部屋を出ていった。


部屋を出ると次に彼女は会議室へと向かった。


会議室の中に入るとさっそく声を掛けられる。


「恵さん、一時間くらい経ちましたけどどうしたんです?」

「なにかあったの?かなりの長時間出ていたようだけど」


そう声をかけてきたのは柊 結衣と柊 優花。


2人まとめて柊姉妹と呼ばれている。

恵は静かに2人にこれまでの経緯を包み隠さずに説明した。


「ごめんなさい。私のせいで桜泉くんが自殺しました」


「「え?」」


目を丸くするふたりだった。


「きっと、先輩のせいじゃないですよ」


ユイはそっと恵を慰めていた。

優花の方はふと気になったことを質問。


「遺書はあったの?」


「見てないわ」


「ならあなたのせいじゃないかもしれないし、自分を追い込むのはやめてね」


「うん。ありがとう優花」


四条とは言い争いがあったが、恵の気持ちは今の一言で落ち着きつつあった。

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