第3話 確認
つい先程まで。
「この部屋暑くないですか〜?」
とか
「東堂先輩、彼氏とかいないんですか?w」
みたいな軽口が飛び交っていた部屋。
それが乃亜のひとことで一瞬にして凍りついた。
恵はさすがに聞き間違えだと思い、再度聞いてみることにした。
「今なんて?白石さん」
「桜泉くんが死んじゃった」
恵以外のパーティメンバーの顔が歪んだ。
「冗談はやめてください」
「笑えない冗談ね。乃亜」
他のパーティメンバーからもそんな声。
恵がこの部屋の騒がしさを鎮めるように口を開いた。
「嘘よね?タチの悪い冗談はやめて白石さん。とにかく見に行きましょう。実物を見ていないことには私からはなにも言えない」
今度は恵を連れて乃亜は修也の部屋へと向かうことになった。
ふたりは扉の前で立ち止まった。
「表札は桜泉って書いてるし、ここね」
「修也くん」
その場でしゃがみこんでしまう乃亜。
恵は扉をノックした。
信じられなかったのだ。
クラスメイトが死んだなんて話を。
「桜泉くん、いる?」
コンコン。
「無駄だよ、もう」
「桜泉くん?入るわよ」
恵は修也の部屋を開けた。
「カギかかってないじゃない。不用心すぎるわよ」
なんの抵抗もなく開く扉。
恵はこのとき乃亜と修也がふたりで手を組んで、自分を驚かそうとしているのではないかということを考えていた。
まだ余裕の面持ちで入っていく恵。
彼女は【パーティ16】をまとめるリーダー的存在の人物。
いついかなるときも取り乱してはいけない。
モンスターと向かい合ったときも恐怖心を見せては行けない。恐怖は伝播しやがてパーティメンバー全員にも伝染するから。
だから恵はリーダーとして常に堂々としていなくてはならない。
「ちょっと桜泉くん。悪趣味よ?こんなドッキリ。もう十分驚いたから。なにか答えて」
恵は部屋の中に入っていった。
廊下を少し歩くとリビングがある。
恵がそこまで歩くとベッドが僅かに見えるようになって……そこには、ベッドで寝ている修也の姿があった。
見た目だけなら普通の人間が寝ているようにしか恵には見えなかった。
「……」
恵は修也に近付いていった。
「冗談、よね?」
恵はおそるおそる修也の体に指を当てた。
体は冷たくなっていた。
息もしていない。
脈もない。
体は少し硬い。
それらが示す答えは、【死】というものだけだった。
「うそっ」
その場で崩れ落ちた恵。
「どういうこと?!これはっ?!」
恵は思わず乃亜に詰め寄ってしまった。
「私だって分からないよ。見に来たら桜泉くんが首吊ってて。とりあえず下ろしたの」
「とにかく、他のパーティメンバーにも報告しましょう。それから女神様にもね」
「うん」
「女神様への報告。パーティメンバーへの説明は私からやっておくから、白石さんはここで桜泉くんを見ててあげて」
「分かった」
そう答える乃亜の声は弱々しくか細いものになっていた。
恵は部屋を出ていくと扉を閉めた。
扉のすぐ横の壁に背中を預けて、ズズズっとしゃがみ込むようにして座った。
「ぐすっ、桜泉くん。なんでぇ……」
放心状態になり恵はその場から動けなくなった。
リーダーとして動かないといけないのは分かっていても体が動かなかった。
体を動かそうとしてみても、動かない。
「桜泉くん、なんで?もしかして私がリーダーとして頼りなかったから?」
恵はこれまでのことを思い出していた。
異世界に転移する前のこと、そして転移したあとのこと。
恵と修也は異世界転移してくるまでは特に接点なんてなかった。
東堂 恵という人物は顔もよく、性格もよく、スタイルもよく。クラスメイトの男子がすれ違えば一度は振り向くくらいの絶対的美少女であった。
もちろん、クラス内のカースト上位組であり、修也はその真逆。
そんな2人に接点ができたのはやはり転移してからだった。
初めは恵も修也にたいしてはなんの想いも持っていなかった。
だが、転機が訪れたのはあの時だった。
転移して最初の方、Eランク勇者と判定された恵に魔の手が迫っていた。
それはクラスで4番目くらいにかわいいと言われていた女子生徒、"四条 よつか" からのものだった。
四条はAランク勇者と判定されていた勝ち組であった。
彼女は一番人気のある恵に嫉妬していた。
そこで、四条はEランク判定されたことを好機と捉えて恵をいじめてくるようになった。
ひとりではなく、取り巻きの女子たちを引き連れて。
『あっ、Eランク勇者さまの恵ちゃんだ』
『ザコはっけーん』
『あはは、Eランクのゴミは処理しないとね。女神様やこの国の負担を減らさないと、穀潰しは排除』
『ファイアボールっ!』
多勢に無勢という状況であった。
Eランクの恵ではどうしようもないような壮絶なイジメが始まった。
だけどすぐに修也が助けに入ってくれることになった。
四条たちは修也に言いくるめられて退散していった。
その時から恵は修也のことを密かに思うようになっていた。
恵はこのパーティのリーダーであるため、その感情は決して表に出すことは無かった。
パーティ内での恋愛はご法度だと女神様から聞いていたからだ。
恋愛をキッカケに崩壊していったパーティは山ほど見てきた、と女神様は言った。
彼女は女神様の言葉を信じて思いを告げることはなかった。
そんな関係のまま数日が経過した。
恵は見てしまったのだ。
今度は修也がイジメの的になっていたところを。
そのときに助けようと思ったけど、恵には力がなかった。余計にこの場をかき混ぜてしまうだけかもしれないと思ったら止めに行く勇気も出なかったのだ。でも、心の片隅ではいつかなんとかしようと思っていた。
そのあと二人で会話することができた時にイジメのことをふたりで相談した。
『女神様に相談しようよ。こんなのひどいよ』
『俺が我慢していたらいいだけだよ。好き勝手に動かないでほしい。余計に酷くなる』
修也からこんな言葉を受けて恵はなんの対処も出来なかった。
恵はそのことをずっと後悔していた。
そして、今回の自殺。
(私のせいだ。私がイジメを止めなかったから。ツラかったよね。桜泉くん)
いろんな感情がごちゃ混ぜになって恵は泣いていた。
「ごめんなさい。私がこんなに情けなくてイジメを止められないダメダメ女だから自殺したんだよね」
この件にはぜんぜん関係がない話で恵は自分を責めていた。
事実修也にはイジメを終わらせる算段があったので、本当に気にしていなかった。
だが今の恵は止まらなかった。
修也を失った(と思い込んだ)彼女に最後に残ったのは、自殺の原因(と思い込んだ)となった四条への恨みと憎悪だけだった。
「ソウダヨネ。四条ヲ殺さなきゃネ。待ってて桜泉くん、もう少しであの女を地獄に送ってあげるカラ」
恵は自分の部屋によく切れる異世界産のナイフを取りに向かうことにした。
もちろん人を殺すためである。
勇者殺しはこの世界では重罪になる。
激しいパッシングを周りから受けたあとに、重罪人として公開処刑される決まりになっている。
それは殺人犯が同じ勇者だとしても扱いは変わらない。
でも今の恵は自分がどうなってもいいと思ていた。
それだけこの事件がショックだった。
「修也君のためなら私はなんだってできるから。私があのクズを殺すとこ見ててね」
これからの人生も、これからの幸せも、これからの未来も。
なにもかもが今の恵には必要なくなっていた。
「安心して。私だけはなにがあっても、修也君だけの味方だから」
自室に入るとナイフを手に持って、じっと刀身を見つめながら恵は笑った。
「修也君きっと喜んでくれるよね、好きだよ。こんなことになるなら、初めからこうしておくべきだったね」
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