第2話 発見


白石 乃亜は男性とのコミュニケーション回数が極端に少なかった。ほぼゼロと言っていいだろう。


小学校、中学校。


男子と会話したことなんて一度もなかった。

話したいとも思わなかった。

彼女の中での男のイメージというものはガサツで乱暴な生き物というものだった。


女子を見る時は顔か胸しか見ないような奴ら。

女子の内面なんて見ないやつら。

そう思っていたし事実そうだった。


白石 乃亜という女の子は胸が小さかった。

その時点で男子連中から興味は持たれずに、誰も話しかけてこなかった。


そんな状況の中で異世界へと突如召喚された。

白石 乃亜はEランク勇者という判定を受けた。


同じようにEランク判定を受けた人達は何人かいた。

その人たちとパーティを組んでパーティ16を結成した。


その中に桜泉 修也という唯一の男子がいた。

他の男子のほとんどは少なくとも全員Dランク以上の判定を受けている中で修也だけがEランクだった。


そして、同じパーティを組む以上パーティメンバーと会話しない訳にはいかない。

必然、乃亜と修也の会話の回数は増えていく。


初めは慣れなくて戸惑っていた乃亜だったが、修也は乃亜を軽蔑したりせず他の女子と話すような感じで接してくれた。


さらに観察していると分かったことがある。

修也が乃亜と話す時の態度はクラスのアイドルである恵と話す時と変わらない、ということだった。


この時点で乃亜は修也に少しづつ興味を持っていった。

そして、異世界に来て3日目くらいのこと。


【キラーカマキリ】というモンスターと戦闘をすることになった。これは彼女たちのパーティが行う初めての戦闘だった。


乃亜たちのパーティは全員Eランク勇者で構成されている。

俊敏な動きをできる人間なんていなかった。


乃亜も当然できない。


そんな中で、鋭い攻撃がキラーカマキリから繰り出されることになった。


そして、その狙いはあろうことか、パーティで一番身体能力の低い乃亜へと向けられていた。


(あっ、これ死んだ)


そう思い死を覚悟してギュッと目を閉じた瞬間だった。


攻撃は乃亜まで届いていなかった。


目を開けると、乃亜の前では修也が体を貼って止めてくれていた。

だからカマキリの攻撃は乃亜へと届かなかった。


その後、乃亜たちは力を合わせてモンスターを撃破した。


この出来事があって、乃亜は修也のことをだんだん好きになっていくことになる。




それから、乃亜は修也と会話するようにした。

暇があれば話しかけた。


(桜泉くんの好きなタイプの女の子になるんだっ!)


情報収集もした。

修也に好きなゲームやアニメのことを聞いたりもした。

その中で好きなキャラを聞いたりした。


さいわい答えてくれたゲームのキャラを乃亜は知っていた。

うざかわ系の女の子キャラだった。

髪の色はピンクで、自分の髪の色もたまたまピンクであった。


その日から乃亜はそのキャラの真似をすることにした。仕草も似せて言動も似せる。


(桜泉くん、喜んでくれてるかなぁ)


乃亜はその日から修也と話すことを生きがいにしていた。


この異世界はとてもつらく苦しい世界である。

修也との会話はそんな厳しい世界での、乃亜の心の拠り所になっていた。


童貞煽りなんてほんとはやりたくなくても、頑張ってやってた。


全部は修也に喜んでもらおうと思っての事だった。


悪意なんて微塵もない、むしろ善意でしかなかった。


(桜泉くん、早く帰ってこないかなぁ)


乃亜は修也の出ていった扉を見ていた。


でも、全然帰ってこない。


「遅くない?桜泉くん」


乃亜は恵に話しかけた。


「たしかに、遅いわね」


「私見てくるよ」


乃亜は部屋を出ていった。

修也の部屋の場所はもちろん把握済みである。(というより有事の際に備えてパーティメンバー全員の部屋の場所はメンバーの必要事項である)


「忘れ物をどこに置いたのか忘れちゃったのかな?それで探し回ってるとか?いっしょに探してあげよ♪♪」


ふたりで探し物をするという状況を考えてワクワクする心を抑えて彼女は修也の部屋へ歩いていく。


そして、部屋の前についた。


扉には【桜泉】という表札があった。


「あれ?ドア少しだけ空いてる。とりあえずノックしてみよ」


コンコン。


扉をノックして声をかける。


「桜泉くん?仕方ないからカワイイ乃亜ちゃんが来てあげたよ?」


シーン。


いっさい返事がない。


修也の性格を知っている乃亜は不審に思った。


(もしかして、キラーカマキリのときの後遺症が残ってて。それで気を失ってるかも?)


最悪の展開を考えた乃亜はじっとしていられなかった。


扉を開けて中に入る。


「桜泉くん?」


入ってすぐ、乃亜の見える位置には修也の姿がなかった。


「入るよ?」


ズカズカ。


中に入って左を向いた。

本来は閉まっているはずのクローゼットはなぜか開いていて……。

クローゼットの中身を見た瞬間彼女は目を丸くした。


「えっ?」


見たものが理解できなかった。


「な、なにこれ……」


「なんで?なんで?なんで?なんで?」


なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。


どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。


「あ、あはは……嘘だよね?桜泉くん……」


乃亜の瞳に映ったのはクローゼットの中で首を吊っている修也の姿だった。


とさっ。


乃亜の全身から一気に力が抜けて膝から崩れ落ちた。


「うわぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁっ?!!!」


目からは涙。

鼻からは鼻水。


乃亜は頭を抱えた。

その場で吐き出しそうになるのを必死に堪えながら、心の底から叫び声を上げていた。


その姿はどこにでもいるような、まだ精神が未熟で心の弱い17歳の女子高生のものだった。



泣き腫らしたあと乃亜は顔を上げた。


「冗談って言ってよ、お願いだから」


もちろん返事は帰ってくることなんてない。


「なにかの悪ふざけだよね?こんなの」


乃亜はなんとか立ち上がろうとしたけど、完全に腰が抜けてしまい立ち上がれなかった。

無理もないだろう。

さっきまで隣に座っていたクラスメイトが首を吊って死んでいるのだから。


これで驚かない人間は、人の形をした化け物かなにか。


白石乃亜という人物は創作の登場人物でもない。

少し前まで高校に通っていただけのただの一般的な女子高生なのだ。


「桜泉くん、こんなのあんまりだよ……ほんとに」


それからさらに数分後、乃亜はなんとか立ち上がった。


「今下ろしてあげるから……」


修也の体を優しく掴む。


その体はもうすでに少し硬くなっており、死後硬直が始まっているように乃亜には感じられた。


「こんなに、早く硬直するの?」


今でもなにかの冗談だと思っていた。実はなにか仕掛けがあって死んでいないと心のどこかでは信じていた。

でも死後硬直が完全に死んでいることを伝えてくる。


「……」


何も考えられなかった。


乃亜の目から涙が出てきた。


「ぐす、えぐっ、なんで、もしかして私のせい……?」


今までこんな兆候なんて少しも見えなかった。


修也が自殺したがってるようになんて見えなかった。

でも、タイミングを見れば自分以外に原因は考えられなかった。


「なんか答えてよぉ、修也くん」


乃亜は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、修也の体をロープから下ろした。


近くにあったベッドに体を置いた。


「せっかく仲良くなれたと思ってたのに、なんでぇ」


乃亜は放心状態になって、修也の体の横で寝転がった。


「本当は、ちゃんとプレゼント用意してたのに。訓練の報酬を頑張って溜めて、修也くんに似合うようなアクセサリー買ってきたのに」


Eランク勇者はとても薄給である。


そんな中彼女は自分の欲しいものを我慢して修也へのプレゼントを買っていた。


「それから、ちゃんとケーキも用意してたのに……どうしたらいいの、ケーキ……」


乃亜は修也の手を握って、問いかける。


「私、これからどうやって生きたらいいの?ねぇ、教えてよぉ……」


もちろん、返事はない。



数分後、乃亜が修也の死体を見つけてから10分後くらいに乃亜はやっと体を動かした。


「みんなに伝えないと……」


フラフラと左右に揺れる歩き方。

重心が明らかに定まっていない。


「うぅ……なんでぇ……」


修也の部屋を出ると乃亜は会議室へと向かっていった。


「遅かったわね」


恵は乃亜の顔を見た。

その瞬間、なにかを察したような恵。


まだ修也が死んだことまでは察していないだろうが、尋常ではないことを恵は既に察していた。


乃亜はこれまでの経緯をポツリとひとことで伝えた。


その声は震えていてすぐにでも空中に溶けてしまいそうなほど、か細いもの。


「桜泉くんが……死んじゃった……」


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