~騎士団時代~
詰所で休んでいたイカロスに声をかけた。
「なんだ、アリシアか」
「なんだとはなんだ」
そう言いながらイカロスの隣に腰かける。
誰がどう見てもだらしない情けない近衛騎士。
超人などではなく、ごく普通の一般人が騎士団に入団すればこうなるのだろう。
それがイカロスという男だった。
少し情緒が不安定なのは騎士団長からかけられているストレスが大きいからだろう。
ひどいとたまに幼児退行するけど、意外とそれもかわいい。
イカロスの席の前にスっと葉巻を置いた。
「タバコか?吸わないって言わなかったかな」
「知り合いに作ってもらったものだ。依存するような物質は入っていない、健康にも害はない」
調合師の知り合いにストレスで眠れないと相談したら特別に作ってくれた葉巻。
「こういうの嫌いなんだけどな」
「吸ってみれば分かる。精神安定剤にも使われるような効果の入った薬草を使っているそうだ。煙を口内に入れるだけでも効果が出るそうだ」
「へぇ」
そう言いながら手に取ってみるイカロス。
そのまま口にくわえていた。
「ライターは?」
「火魔法でいいだろう?」
「俺使えないんだよ魔法」
そう言ったイカロス。
そういえばそうだったな。
この人何をやらせても魔法はてんでダメだった。
お世辞にも魔法が使えるなんていうレベルではない。
この人の魔法適性はゼロ。
(生活魔法なのだが、まぁしかたないか)
この世界ではすでに子供でも使えると言われている生活魔法すらこの人は使えない。
それを思い出して先端に火をつけた。
「はぁ、たしかになんか落ち着くなぁ」
背もたれに背を預けて深く座り込むイカロス。
騎士としてはあるまじき行為だろう。
だらしない。
私から見たイカロスという人間はよく言えば子供っぽい。
悪く言えば、大人になりきれなかった人。
でも私はこの人としゃべるのが好きだった。
この人には裏も表もないんだから。
心の中のことをすぐに言ってくれるから、そこまで気を使わなくてもいい。
でも
(こういうところが騎士団長の気に触るんだろうな)
そんなことを思ってたら私の顔も見ずにこう言ってきた。
「気にいったわこれ。もうないの?」
「追加で調合を頼んでおこうと思う」
「へぇ、よろしく」
そう言いながら向こうから話しかけてきた。
「お前はなんでこんな騎士団にきたの」
「騎士団に憧れてる人がいるんだ。その人に近付きたくて」
「ふぅん。俺にだけこっそり教えてくれよ。本人にはぜったい言わないからよ」
私の顔なんて見てないくせにニヤニヤして話している。
その姿に『子供かっ』、って思うけど返答する。
「やだ」
「けち」
そのときだった。
扉の外から団長の声が聞こえる。
「おい!イカロス!休憩は5分までと言ったな?!早く出てこい!続きの草むしりをしろ!花壇に水やり。家畜に餌もやっておけ!終わったら走り込みな!それが終わったら王族の方々に酒を持っていけよ!粗相のないようにしろ!それと食堂のシェフがネズミに困っていた。巣も潰しておけ。全部終わったら深夜0時まで素振りしておけ!寝る間も惜しんで努力しろ!俺の若い頃はな!寝てなかったぞ!睡眠など本気を出した人類には不要なのだ!努力で壁を越えろ!」
「お前がやれよ」
小さく悪態をつきながら立ち上がるイカロス。
くわえてた葉巻を手で掴むと灰皿に押し当てて火を消してから扉の方に歩いていった。
「あ、今のは聞かなかったことにしてくれよ?副団長?」
子供みたいに小さく笑いかけて出ていったイカロス。
おそらく私のことを信用して口にしていたのだろう、今の悪口は。
扉の向こうに消えていく背中を黙って見送るしかなかった。
そして私はひとりで思い出してた。
あの人と出会った10年くらい前のことを。
私は辺境の小さな村で育った。
そんなある日その村はモンスターの襲撃に合った。
近くには騎士団がいたけど、重要な任務をしていたらしくみんな見ぬふり。
私が「助けて」って呼んでも誰も来てくれなかった中イカロスだけは来てくれた。
それでモンスターを倒してくれたんだけどその後イカロスは騎士団長と呼ばれる人にひどく怒られることになっていた。
それを見て私は決意した。
(こんなの間違ってる。あの人が怒られる理由なんてない)
間違ってるのはほかの人たちでイカロスじゃない。
だから私はその間違いを正すために騎士団を目ざした。
そして副団長の座までこれた。
(もう少しだ。もう少しで騎士団長になれる。待っていてくれイカロス)
でも、そのもう少しは一生来ることがないことを私はこの時知らなかった。