ハザマのアキネ

@Yagiten

第1話 迷い人のアキネ


「ここ……どこだ?」

佐久間アキネは見知らぬ路地裏にいた。アキネは記憶を呼び起こす。

「……そうだ。鳥居を見た。」

記憶―

アキネは自分の愛車の原付バイク「ニリンちゃん」に乗っていた。中古で格安で買い、高一の夏に免許をとり2ヶ月、たくさんの景色をこの原付と見てきた。右手には山。左手には崖。たまに通る大型トラック。都会に出るには通らなきゃ行けない何度も通った道だ。だが、アキネにはいつもとは少し、景色が違って見えていた。カバンはいつもよりずっと重い。アキネは田舎の窮屈さに嫌気がさしていた。

「まずは家を探さなきゃな」

都会での暮らしに思い馳せていた。その時だった。

グンッ

原付のハンドルが左に曲がる。

「は!? 」

咄嗟にハンドルを右へと動かそうとする。

「ハンドルが動かない! 」

アキネの力ではハンドルはびくともしない。何か強い力によってハンドルが操作されているかのようだった。ガードレールに向かって全速力で走る原付。アキネがバイクから飛び出す決意を固めるより少し早く、原付はガードレールにぶつかった。ガードレールは痛々しく変形した。鈍い衝撃がアキネの全身に走る。

「ガードレールすげぇな……」

安堵と共にガードレールの必要性を実感した。カバンからスマホを取り出し、どこに電話すべきか考えていると。ブロロロロ。原付が再び動き出す。アキネの体は原付に引っ張られた。

「え!? ちょっ待っ」

原付とアキネはガードレールも飛び越え崖に飛び出る。

「高っ……助かんないやつだ……」

死を悟ると同時にアキネの目に飛び込んできた違和感。崖から鳥居が生えている。絶壁とも呼べる崖から赤い鳥居が生えている。

アキネと原付は鳥居を落ちながらくぐった。

現在―

 「そして今、路地にいる。……意味わかんねぇよ」

アキネは事態の意味不明さに頭を抱えた。頭を抱えたままの体育座りが10分ほど続き、アキネの脳内会議で「考えても分かんないことはある」との結論がついに下された。

「……よし。まずは人を探そう」

パシっ。膝を叩く。痛む体に気合いをいれ、体を起こした。

ドタドタとどこからか複数の足音が聞こえてきた。怒号とセットで…

「おおおおい! せめて腎臓おいてけやあ! 」

物騒な単語が聞こえ一瞬体が凍りつくも、人がいるのを確認したい気持ちが先走った。路地から少し広い路地に出る。路地を抜けても路地、まるで迷路のようだった。路地から顔を出すと目の前を息を荒くしたスーツ姿の熊が通り過ぎた。

「は?」

目を擦る。目を開く。その熊を追っている男は頭が歩行者用の信号になっていた。

「とまれやああああああ! 」

男の赤信号が激しく点滅した。目の前を通りすぎて行きどんどん小さくなっていく人?達の背中を見ながらアキネは唖然とした。

「………夢。……夢だよねこれ」

アキネは今夢の中にいるか判断する方法に詳しいわけではないが、ほっぺをつねる方法だけは知っていた。

「痛てぇ……」

その結果はこの意味不明が現実であることを示していた。


アキネの思考は止まった。謎が一気に頭に流れ込みすぎた。空が暗くなり始めたことに気づき、アキネの思考は再び活動を再開した。

自分が今空腹であることにもやっと気づいた。カバンからカップ麺を取り出す。このカップ麺はアキネの「家出といえばカップ麺だろう」という偏見からカバンに詰めてきたものである。カップ麺の蓋を開けたところで、お湯がないと食べれないことを思い出した。蓋の開いたカップ麺を片手に空を見上げる。月明かりがアキネのプリン髪を照らしている。

「……私何やってんだろ」

目にあたたかいものが溜まる。

ピーピロロードンチャンドンチャンピーピロローどドンチャンドンチャン

笛の音と太鼓の音が熊と信号機が走って行った方から聞こえてきた。うずくまって泣き出したい気分だったが、小学校の通知表に「非常に粘り強い子です」と書かれたことを思い出し、踏ん張る。蓋の開いたカップ麺を持ったまま音のする方へ歩き出す。長い路地を抜けるとそこは韓国の夜市のような場所に続いていた。提灯が暗闇を端に追いやり、たくさんの人が人と人の隙間を縫うように歩いていた。だが、あの熊と信号機と同じく、奇妙な頭をした者だった。身長も大小様々でアキネの3倍ぐらいの巨漢、人の肩に乗るほどの者もいた。アキネは路地から顔を出しその光景を見ていた。

「何なんだよこれ……」

ドンっ。見慣れない光景に見入っており自分の横を通る人に気づかなかった。咄嗟に謝る。

「あっすんません」

「あぁ? 」

太く鈍い声だった。その男の体は非常に大きかった。アキネは高一女子の平均程の身長で小さいわけでもなかったが、その男の胸はアキネの頭ほどの位置にあり、自然と見上げる形になった。

「お前なんかうまそうな匂いがするな。俺には分かるぞ。俺は鼻が良いんだ」

その男がアキネの顔を覗き込んで言った。「ん?お前、珍しいな。人間か」

「わっ! 」

アキネは後ずさるも、狭い路地のためすぐに壁にぶつかった。アキネは食われるかもしれない恐怖と驚きで震えた。アキネが特に驚いたのはその男の顔だった。

バキバキに割れた白い無地の仮面のような顔とその下から覗く大きい歯。髪は白く長く、ハリネズミのようにトゲトゲしていた。鼻も目も口もそれらしいものは見えなかった。

「おい」

「へい! 」 驚きと恐怖でよく分からない返事が出た。

「その手に持っているのは何だ」

その太い指はアキネの左手が持っている蓋の開いたカップ麺を指さしていた。

「たっ食べる? 」

「うまそうな匂いはするが食いもんなのか? それ」

「当たり前でしょ」と返したくなる質問に驚いた。カップ麺を知らない人がこの世界にいるとは……アキネの頭に今まで頭のどこかで「そんなわけない」と思っていた考えが浮上する「ここは今までいた世界じゃない? 」

「おい! これどうやって食うんだ」

「え? 」

左手に持っていたカップ麺がいつの間にかその男の手にある。質問に答えなければ何されるか分からないという恐怖がアキネを駆り立てる。

「そっそれは! お湯を注がないと食べれんよ! 」

「ふぅん」

男は人だかりの方へと歩き出した。アキネも男の後ろを歩く。

男が人混みを歩くと他の人はその男を避けるように歩いた。その男を見て怯えている人もいるようだった。しかしそのおかげで男の背中についていけば歩きやすかった。アキネは奇妙な頭をしていない人を探してみたが、全くいないようだった。

それでいてアキネに注目が集まらないのは、「この男が相当、人の注目を集めるやつなのかもしれない」と考えた。それと同時に「こいつは私に何の疑問もないのか? 」とも考えた。男が屋台の前で止まった。アキネも止まる。

「お湯借りるぞ」

屋台の人の許可を得る前にカップ麺にお湯を注いでいた。屋台の金魚鉢の頭をした人は、中の水をブルブルと震わせ、怯えているようだった。

「どんくらいだ!? 」

カップ面にお湯を注ぎながらアキネの方を見ないまま聞いた。

「線が書いてあるところまで! 」

3分待つことを伝え、人が少し減った場所に移動した。男はずっと右手に持ったカップ麺の蓋を見ていた。

よく観察すると男の服も妙だった。高校の制服のような白いポロシャツを着ており、赤いネクタイをしている。下は黒いワイドめなズボンを履いていて少し傷んでいた。ポロシャツはブカブカでアキネは「こいつでブカブカなら誰用のだよ」と疑問に思った。そして、ずっと左手に持っている大きいハンマー。柄の部分は長く、アキネの下半身ほどの長さがあった。頭の部分も大きく、何度か壊れたのか、継ぎ接ぎの修理の跡が見られた。

「まだかよ! 」

「あと2分ぐらいっす」

スマホのスットプウォッチの機能を使って3分を測っている。スマホに書かれた時刻は鳥居をくぐった時間で止まっているようだった。何度も電話をしようと試みても電波はなく繋がらない。「やっぱりここは別の世界なんじゃ」アキネはこの疑問を男にぶつけることにした。

「あの〜……ちょっと質問していい? 」

「あ? 何だよ」

カップ麺に待たされてか少しイライラした声が返ってきた。

「ここってどこなの? 」

少しの間があった。

「なるほどね、お前この世界に来たばっかなのか。……説明めんどいな」

長い間があった。

「ここはお前が元いた世界とは違う。お前らの世界のならずものどもが集められたのがこの街だ。お前鳥居をくぐっただろ? 」

わけが分からない説明だが、鳥居をくぐったことはアキネも知っている。

「くぐったけど」

「お前だけでか? 」

頭にハテナが浮かんだが、その質問の意味が分かった。

「原付って乗り物とくぐったよ」

男はなるほどというふうに頷いた。

「お前はその原付がこの世界に呼ばれたのに巻き込まれたんだ。」

「おい。そろそろ3分経ったろ」

頭にハテナが浮かび続けている中、スットプウォッチを確認する。05:32.21

「ちょっちょうど3分! 」

スマホをサッと隠しながら伝える。男はカップ麺を勢いよく傾け口に流し込んだ。

「そうやって食べるもんじゃ……」

男がカップ麺のスープまで全て流し込み終えると。男の顔のひび割れから激しい光が発せられた。

「うめえええええ! なんだこれ! こんなうめぇもん初めて食ったぞ! 」

アキネは男の大きな声と顔のヒビから激しく溢れ出る光、あと食べ方のトリプルパンチで顔がヒクヒクした。1日の驚きの許容量を越えたようだった。

「おい!もっとねぇのかこれ!」

アキネはカバンの中でカップ麺を探した。そしてカップ麺を1つしか持ってこなかった自分を恨んだ。

「もうないかも……」そうアキネが言うと、男の光が収まった。

「……じゃあな。美味かったぜ」

男は立ち、人混みの方へ歩いて行った。アキネはそのまま見送ろうとした。まだ「今日寝て目が覚めればきっと家のベットの上にいる」と考えていた。アキネは小学校の通知表を再び思い出す。アキネにはふとした時に小学校の通知表を思い出す癖がある。「非常に楽観的な子で危機感が足りません」と書かれていたのを思い出した。「確かにそうだ、私はずっと心の中でどんなことでも何とかなるって思ってる。そんなことはないって最近やっと気づけたのに」

「待って!」アキネは勢いよく立ち上がりながら言った。声は笛と太鼓の音にかき消される。アキネは走った。男の身長は高く目立っていたので見失うことはなかった。人混みに揉まれながらついに男のダボダボな服の裾を掴む。

だが男は気づかず、そのまま数メートル歩いた。アキネは引きづられた。

「ちょちょっと! イテっ! ねぇ! 」引きずられながら叫ぶ。

「あぁ? 」

やっと男が立ち止まり、振り向く。

「何だよ。もうカップメンはねぇんだろ? 」

「ある! 」

「……本当か? 」

「私の元いた世界にはね! 」

「……」

「カップ麺より美味い食べ物もたくさんある!この辺の屋台の比にならないぐらい美味いよ!」

アキネは屋台のものは一つも食べてないし、カップ麺より美味しい食べ物を食べたのも、両手で数えれるほどだったが必死だった。

「マジでいってんのかよ……」

男は食いついた。男の顔のひび割れから光が漏れ出す。

「大マジだよ。一緒に私の世界に来てよ。えーっと……つまり……帰る方法教えて!」

男には目らしきものがなかったので、代わりにアキネは男のひび割れを必死に見つめた。見つめ合う時間が少し続いた。男はニヤリと歯を動かした。

「………協力してやんよ。お前が元の世界に帰る方法探すのをよ」

「本当に!? 」

「お前名前は? 」

「え?あっ佐久間アキネ」

「アキネか……俺はガラガラドン」

「え? それ名前? 」

「あぁ!? そうだよ! この世界に来た時に名前も変えられたんだよ! ……元はもっとカッケェ名前だったはずだ」

「フフッ」

「あぁ? お前今笑ったか? 」

「いや……フッ笑ってないけど……なんて呼べばいいの? 」

「笑ったよな?ガラガラでもドンでも好きに呼べ」

「じゃあドン助で! 」

「はぁ? 」

「フフッ」

アキネは緊張がとけ、笑った。

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