第32話


 茨城県夏の甲子園予選が終わってから一週間が経った。

 八月に入り、暑い日差しが照り付けている下で博一はゆっくりと歩いている。

 隣を歩く退院したばかりの歩幅に合わせて。

 

 「良かったのかよ。車で帰らなくて」

 「歩きたい気分だったの」

 

 白那は親の車を途中で降り、こうして博一と歩いていた。

 歩幅は小さく、ペースも早くない。けれど、足取りは軽く、跳ねるようにぴょんぴょんと一歩一歩踏み出している。

 一週間も経てば白那は決勝のことは全部知っている。映像も見た。

 それなのに何故か嬉しそうにしている。


 「博一君のピッチングもバッティングも本当に凄かった。生で見られなかったのが悔やまれるっ!」

 「これから幾らだって見られるじゃんか」

 「それもそうだね!」


 手術は成功し、無事に完治。定期的な検査は必要になるが、それが必要なくなるのも時間の問題らしい。

 つまり、博一が野球を続ける限りは見放題と言う訳だ。

 

 「けど俺はナルとの約束も果たせなかった」

 「みたい、だね。でもね、私との約束はまだ残ってる」

 

 甲子園に連れて行く。

 それが白那と博一が指を切った約束だった。

 確かに今年の夏は負けた。甲子園への切符は掴めなかった。

 だが、博一たちは二年。来年がある。


 「プレイングマネージャーはもうやりたくねーな」

 「うん。だから約束を変更しようと思います!」

 「待ってくれ全然意味が分からん」


 話の流れが意味不明過ぎて足を止める博一。

 そして一歩前に進んだ白那が振り返り、宣言する。

 

 「私が常磐二高野球部の監督やる」


 白那が八方美人で基本誰とも深く関らず、流れに身を任せてきたのは病気が原因だった。深く関われば関わるほど、死んでしまった時に悲しみが大きくなる。だから一定の距離感を保ち続けることにしていたのだ。

 高校を卒業すれば自然と記憶が薄れていくように。

 しかし、今は違う。

 誰とどれだけ深く関わっても、忘れられない思い出を作っても、病気による死で誰かを悲しませる心配はなくなった。

 

 「私、やりたいことを全力でやりたい!」

 「それで監督か……色々とゴタゴタ起きるぞ。特にクラスメイト関係。小佐向とか小佐向とか小佐向とか」

 「そこは私のツケだから……なんとかする」

 「シロが監督なぁ……面白そうだな」

 「でしょでしょ!」


 野球好きの白那がどんな采配をするのか。打順やポジションはどうなるのか。

 考えるだけでワクワクする博一だった。


 「でも覚悟してね。やるからには勝ちを目指すから! 甲子園優勝だから!」

 「当たり前だろ。やろうぜシロ。次こそSK学園ぶっ倒して、ナルたちもぶっ倒してやるさ!」

 「そう言ってくれると思ってた! だから新しい約束はもう分かったでしょ? 一緒に甲子園に行く。そして優勝!」

 「あぁ、約束だ」


 博一が小指を立てるとぱあっと目を輝かせた白那も小指を立て、指切りを交わす。

 

 「と、その前に私はちゃんと家でただいまをしないと」

 「何があっても必ず無事に家まで帰すから安心しろ」

 「守護神に言われたらこれ以上の安心感はないね!」

 「言うならそっちじゃないだろ」

 「……?」


 首を傾げる白那。

 敢えて博一は答えを言わずに歩を進める。

 太陽に見守られながら歩く、歩く。

 白那の家まで並んで歩く。

 家に帰る。

 家まで帰る。

 二人で。

 

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