ピグマリオン

色街アゲハ

ピグマリオン

 街の外れの小さな博物館。今では訪れる者も稀になったその場所に、足繁く通い詰める男がいた。


 お目当ては、館内の隅に奥ゆかしく展示されているニンフェットの像。大理石に写し取られた、少女の瑞々しい肢体。薄目を開けて、恥じらう様に結ばれた唇。


 その姿に、一目見た時からすっかり虜になってしまった男は、愚かにもその少女像に恋心を抱く様になってしまったんだ。


 叶わぬ恋さ。


 でも、燃え盛った青年の恋心、それで諦め切れる訳もない。恋に焦がれて狂わんばかり。少女の台座に縋り付き、声を殺して泣いたのも、一度や二度の話じゃない。


 その挙句に、それ迄一度も祈った事の無い、名もなき神々に祈りを捧げたんだ。どうか、彼女に人としての生を吹き込んで欲しい、とね。


 慈悲深く公平な神々は、その声に耳を傾けた。願いは聞き遂げられた。


 見る間に、少女像に絡み付いた蔦の葉が緑に色付いて行き、その花が芳しい香りを放ち、周りに色鮮やかな蝶々が飛び立った時、少女は目を見開いて、愛らしい笑みを浮かべ、血潮流れる証の赤味を頬に映した姿で立っていた。


 こうして、二人は恋人となったんだ。


 男の喜びたるや、想像するに難くないだろう。そうさ、少なくとも最初の内は。


 だけど男は気付いてしまったんだ。彼が本当に愛していたのは、生身の意思を持つ彼女ではなく、永遠に変わる事なく在り続ける、冷たく固い大理石の彫像としての彼女だった事に。


 厚顔無恥で勝手極まる事に、男は神々に再び願いを掛けた。少女を再び元の大理石の像に戻して下さい、と。


 驚いた事に、願いは聞き入れられた。ただ、慈悲深く公平な神々はその前に、かの少女にも何か願いは無いか、と問いかけるのを忘れなかったのさ。


 少女は願った。願いは聞き遂げられた。


 こうして、この博物館には、新たな展示物が一つ増えた、と。これはそういう話なのさ、ウム。



                                 おしまい

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