第4話

 その日の夜。自宅に戻った僕は、一人ベッドに仰向けになりながらぼうっとしていた。

 あれから朱美ちゃんとは連絡が取れないし、千咲さんからDMに返信もない。

 

 なんなの、まじで。

 僕は間違ったことは何一つしちゃいない。常識ない人間はこれだから困るよ、話したくても話にならないんだから。

 だって、朱美ちゃんが言ったんじゃないか。『匂わせはしたいけど付き合ったことはネットの人には言いたくない』って。だから僕は、朱美ちゃんの意見を尊重したのに。

 

 ブブっ——

 僕は慌ててスマホの画面を見る。

 

「ちっ……なんだよババアの方かよ」

 

 そこに表示されたのは朱美ちゃんからのメッセージではなく、DMの通知だった。

 

【私は付き合っているかどうかを明言しろと言った覚えはありません。『付き合っていないなら付き合っていないと言ってもらって構わない』そう言っただけです。そこまで仰るのなら、付き合っていないと私に嘘をつけばよかったのではないですか? そうすれば私も素直に納得しました。例え嘘だとわかっていても】

 

 ……うっぜぇ! マジで話が通じないんだけど、このおばさん!

 

【デリカシーなどと仰いますが、私は回答を執拗に迫ってはおりませんし、こんなことを言ってはなんですが、グループ内で付き合っていることを匂わせて周りの反応を愉しんでいるのはそちらです。距離感や防衛的な意味で考えるのであれば、そもそも恋人がいることを明かさなければいい、私はそう考えます(意見は食い違うでしょうが)】

 

 は? こっちにも色々事情があるんだよ。お前の意見なんて聞いてないの! 調子のんな、マジで!

 

【最後になりますが、ここまで来てこれからも仲良くしたいは無理です。デリカシーでいえば、以前わたしが趣味で受賞したイラストの佳作を運で受賞したかのように扱ったことにもイラっときていましたが、仲が良いと思ったからこそ水に流したのです。人間関係とはそういうものです。自分は安全な場所にいて、相手の情報だけを受け取りながら会話をしたいならどうぞ、そういった方達と仲良くしたら良いと思います。私には無理です、ごめんなさい】

 

 だから、なんでそっち側の立場が上みたいになってるわけ? いや、イラストの受賞って言ったってたかだか佳作でしょ? そんなん根に持ってるとか……それに僕がいつ、千咲さんのプライベートな話を開示するよう質問した? してないし、興味ないよ! 自意識過剰もここまでくるとやばくない? 

 ああ、ムカつく。知能指数がこうも違うと会話もままならない。

 

 ブブっ——

 はあ、まだなんかあんのかよ……そう思ってスマホを見れば、それはSNSのボイチャの招待。朱美ちゃんだった。

 

 僕は慌ててマイク付きイヤホンを装着し、ボイチャを立ち上げる。

 

『こんばんは火野さん。今、朱美ちゃんの彼氏の愚痴聞かされてたんすけどね、俺じゃアドバイスむずいんで。あ、火野さんなんかしてました?』

 

 そう言って話を振ってきたのはボイチャのホスト、青山さん。

 

『いや、何にもしてなかったよ。それで、朱美ちゃんの彼氏がどうかした?』

『それが今日デートだったらしいんすけど、他の女とのメッセージのやり取りにうつつ抜かして全然かまってくれなかったみたいで、泣いてます』

 

 青山さんが言えば、朱美ちゃんがすぐに反応する。

 

『そうなんですよ〜、火野さんどう思います? 酷いと思いませんかぁ?』

『うん。それは彼氏さんが悪いよ』

『でしょう? 今度会った時、お詫びにいっぱいイチャイチャして貰わないと許せない』

『そうだね。今みたいに、素直に言えばいいんじゃないかな。そんな可愛いお願いならいくらでもお詫びすると思うよ、彼氏さんも』

 

 そうかなあ、とご満悦な朱美ちゃんに、僕は胸を撫で下ろす。

 そうだ。僕はこれでいいんだ。所詮ネットでの関係。嘘をつくもつかれるも、騙すのも騙されるのも、全ては虚像なんだから気にすることはない。

 

 たった一人、相互が減るだけ。

 たった一人、居なくなるだけ。

 

 どうってことはない。僕には二千以上のフォロワーがいる。その人たちは変わらず、僕の投稿に反応してくれる。羨ましがってくれる。

 

『じゃあ、私は彼に電話するんで落ちますね』

『あ、僕ももう寝るよ。おやすみ』

 

 そうしてボイチャを終了してすぐ、リアルの番号宛に着信が入る。

 

「もしもし、和樹くん」

「ん?」

「今日はごめんね?」

「うん。僕こそごめん」

「あれから千咲さんとはどうなった?」

「ああ。話も通じないから、ブロックすることにするよ。僕は基本去るもの追わず来るもの拒まず、だから」

「そっか。千咲さんて性格悪かったんだね。ドンマイだね」

「今日の埋め合わせは来週するから。楽しみにしてて」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

 

 僕はこれでいい。袖振り合うも他生の縁とはいうけど、僕にとって千咲さんは、縁もゆかりもない人だったんだから。

 

 さようなら。

 

 一ずつ減ったフォローとフォロワーを一瞥して、僕はスマホの画面を消すと目を閉じた。

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【短編】縁 —えにし— 千鶴 @fachizuru

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