第3話

 あの返信を見てからというものの、僕はせっかくのデートに身が入らず終始上の空だった。朱美ちゃんが歌って、間が開かないように僕が次の選曲をして、歌って。

 朱美ちゃんが歌っている時には、テーブルの下で千咲さんのDMをみて沸々とする。

 このDMにどう返信をしたら、ぐうの音もないほどに相手を論破できるだろうと頭の中はそればかりで、全身をモヤモヤが占領する。

 

 大体前提として、誰と誰が付き合っているかなんてデリケートかつプライベートな質問をされたところで、どの程度の内容を他人に明かすかどうかは本人ないし本人たちが決めることじゃないの?

 それを、第三者がいかなる理由があろうとも回答を強要することはできない。リアル生活に限定されるならまだしも、不特定多数が見るSNSで発信するのはリスクが伴うのに。

 

 なんでそんな当たり前のことがわからないのかな。仮にも千咲さん、三十五でしょう? まあ、それだって本当のことかどうか分かりゃしないけど……やっぱり、SNSで知り合っただけじゃ人間の程度は計れやしない。現にこうして、まともそうに見えていた人がすぐに化けの皮を剥がしてくる。本当に勘弁して欲しい。

 

 そんなささくれた気持ちでスマホを開いたものだから、指が打つのは自然と強気な文面に。

 

【千咲さんに質問をされた時、驚きました。強い表現になるかもしれませんが、デリカシー、ネットリテラシーに欠けていると思ったからです。常識的な千咲さんらしからぬ行動だなと。その上で、千咲さんが私をリア友のように思ってくれていて、友達の恋路が気になってつい質問してしまったのかなと思い直し、できる限り真摯に回答をしたつもりでした。ですが前提として、ネット上で不特定多数の目があるなかで、当の本人たちが決めるプライバシーに関する話に触れない、というのは大人として当たり前なんじゃないですか? 話の内容にツッコミを入れたくても突っ込まないのが普通だと思います】

 

 ほんとこれ。こんなの、会社で〇〇さんと△△さんが付き合っているかもしれない空気を感じ取ったとしても、セクハラになるから話題として触れないようにする、っていうのと一緒。常識でしょ?

 

【僕の返信を脅しや牽制などと仰いますが、それは千咲さんがプライバシーに関することを敢えて質問した、僕が解答を避けたのに執拗に回答を迫ったなどの理由から、千咲さんを警戒したからです。問い合わせ先から、イエス・ノーで回答したくないと言われたのですから、千咲さんは僕の意見を尊重するべきでした。ただ、私としてはこの件を踏まえても、千咲さんとは今後も仲良く————】

 

「ねえ、和樹くん聞いてる?」

 

 いつの間にかカラオケのBGMは止まっていて、室内のテレビ画面には広告映像が流れていた。

 

「え、ごめんなに?」

「……もういい。私帰る」

「え? なんで」

「和樹くんさっきからスマホばっかで全然心ここにないじゃん。つまんない」

「ちょっと待ってよ。なんなら、僕はいま朱美ちゃんのためにこうして」

「は? 私のせいにするの? 意味わかんないんだけど。じゃあね」

「あ、ちょっと!」

 

 追いかける猶予もなく、勢いよく開かれたカラオケの扉は閉まる直前にゆっくりと速度を落とし、やがて廊下との音声を遮断した。

 

「あぁ! くそっ! なんなんだよマジで!!」

 

 カラオケルームであることをいいことに鬱憤を吐き出す。気持ち的には、右手に光るスマホの画面に唾をも吐きたい思いだった。

 どれもこれも全部、全部……このババアのせいだ。


 そうして勢い余った僕は、ささくれまくった返信の内容をそのままに、送信ボタンをタップした。

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