第2話
ありがとうございますってことは、これ以上千咲さんは僕と関わることを望んでいないということか? いや、違う。僕の予定していた結末はこうじゃない。僕の返信に対して、『ごめんなさいデリカシーのないことを聞きました』そう言って謝ってもらってそっとしていてもらいたかった、それだけだ。これでは、千咲さんが誰かにこのことを話してしまうかもしれないじゃないか。
僕はトイレの個室の便座に腰掛けて、乾いた唇を舐めると指を動かす。
【あー、僕の伝え方がダメだったのかも? 千咲さんとこうしてDMで話したことが変に広まったらトラブルが起こるので、僕はこのいざこざから距離を置きたくて今いるグループから消えることになりますよっていう話です。千咲さんは内緒ごとをベラベラ話す人じゃないと信用していますが、もし万が一漏れてしまったら僕はいなくなるよって伝えたかったです(DMを晒さないことの念押しです)僕は、千咲さんはとても大切なグループの仲間だと思っているので、これからも仲良くしてほしいです(やりにくいところが出ちゃって困るということなら別途相談しましょう)】
……こんなもんでいいか? うん、大丈夫だろう。きっと千咲さんはこれを読んで、分かりましたと返信をくれるはずだ。こんなことがなければ、普段は温厚で害のないタイプの人なのだから。
僕はトイレを出ると席に戻った。つまらなそうにスマホをいじる朱美ちゃんにデザートを頼み、なんとか機嫌を直してもらって店を出る。あれから数分、千咲さんからの返信はまだない。
「このあとどこ行く? カラオケとかどう?」
「あ、うん。いいね。行こうか」
「和樹くんのカラオケの選曲、古いものが多くてまだ覚えきれてないからさ、覚えたいんだー」
「そっか。逆に僕は朱美ちゃんの歌う歌を覚えるよ。流行りは把握しておきたいからね」
そう。僕が二十九という年齢に対して朱美ちゃんは二十一、大学四年生だった。
朱美ちゃんは久しぶりにできた彼女で、僕を好いてくれているのがよく分かるし心地よい。だから食事代やデート代は当然全て僕が出すし、彼女の願いはできるだけ聞いてあげたかった。
実を言えば、SNSで付き合っていることを公表しないで欲しいと言い出したのは朱美ちゃんだったりする。まあ、本人は忘れているみたいだけど。
まだ付き合って半年足らず。今が一番楽しい時だ。
ブブっ——その楽しい時間に、ポケットの震えが水を差す。
「あー、あのビルの三階にカラオケあるよ。いってみよう」
僕は朱美ちゃんに前を歩かせると、その隙にスマホを確認した。
【どんなトラブルを想定しているのか分かりませんが、仲良くしたいのか、それなりの距離を取りたいのか、言っていることがチグハグで難しいので、トラブルの元になりうると私に釘を刺すのであればそれはもう今まで通りにお話しするのは難しいと思います。ご自分が消えるとか、あの文面はちょっとした脅しと受け取られても仕方がないと思いますよ。私はこんなふうに牽制をされる方と仲良く会話はできません】
えっと。いや、ちょっと待って。
【一度通話しませんか? 多分僕の意図がうまく伝わっていないので。文章だと僕が意図を伝えるのが下手なのと、話した方が誤解を解くのが早いと思うので。今出先で返信しているので、強かったり荒い言い方になっていて、それが千咲さんを不快にしてしまっているのかなと心配しています】
【ごめんなさい、ちょっと時間が作れないのと、できれば文章でやり取りしたいです。私が質問したことがきっかけで申し訳ないですが、当面距離をとりましょう。お出かけ中に失礼しました】
いやいや、え? 待ってよ。なんで僕の方が突き放されたみたいな形になってるわけ? 不本意すぎるんだけど。
うざい。単純にめっちゃウザい。
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