【短編】縁 —えにし—

千鶴

第1話

 そのDMは突然だった。

 

【あの。火野さんって金田さんと付き合っているんですか?】

 

 火野とは僕、火野和樹ひのかずき。そして文面にある金田さんとは僕の彼女、金田朱美かなだあけみ

 つまり、このDMの問いに僕がまともに対応するならば、答えはイエス。だが……

 

【えー、何故? 何か噂になっているんです?】

 

 あえて確信には触れずに質問形式で返信をする。まずは様子見だ。するとすぐに返事は来た。

 

【いや、SNS上でのやり取りを見る限り明らかに付き合っているだろうなあと思う部分が多く、ですが明言はせずに何やら周りの反応を楽しんでいるようにお見受けしたので、興味本位で聞いてみました】

 

 ……は? いやいや。まず、文面のはじまりの『いや』が妙に腹立つんだが。それに、周りの反応を楽しんでいる? それは僕が金田さんとのやりとりをSNS上で匂わせていることを指摘してきているのだろうか。だとしたらとても面倒だ。

 

【なるほど。僕としては、付き合っているという段階でその事実を誰かに明言することは避けたいんですよね。恋人がいること自体は、過去にお付き合いしている人がいるのにアタックされたりしつこく付き纏われた経験があるので、トラブル回避のために仄めかしているんですが。まあ、結婚するとかになったら、もちろん千咲ちさきさんにもご報告しますよ。ですが今は明言できないです。申し訳ない】

 

 うん、これでよし。ここまで誠意を見せれば千咲さんも納得してくれるはず。そもそも、どうしてSNSで知り合っただけのおばさんに自分のリアルを教えなきゃならない? ちょっと考えればわかるでしょ普通。

 そんなことを考えつつスマホ片手にフォークでパスタを巻いていると、向かいの席に座る彼女が話しかけてきた。

 

「和樹くん、さっきからなにしてるの? メール?」

「ああ、DM。千咲さんだよ。朱美ちゃんもフォローしてるでしょ」

「千咲さんがなんで和樹くんに?」

「んー? なんか、僕が朱美ちゃんと付き合っているかどうかを聞いてきてる」

「え、なんで?」

「知らないよ」

「もしかして千咲さん、和樹くんに気があるんじゃないの?」

 

 え、まじ? 勘弁。千咲さんは三十五歳で僕より六つも年上、恋愛対象外だ。

 

「ねえ、なんて返事したの? 付き合ってるって言った?」

「いや。明言は避けた」

「え、なんで。私と付き合ってること人に言いたくないの?」

「そういうことじゃないけどさ。ほら、僕と朱美ちゃんはSNSで知り合って今でも仲の良いグループ含めて交流があるし、そんな中で付き合ってるってことが分かって対応変わるのも微妙じゃん? 千咲さん口軽そうだし、ベラベラ喋られても困るから」

「あー、確かに。うちら、お互いがお互いの彼氏彼女の話をボイチャでしてるのに、他の人が分からないで羨ましがったり盛り上がるのが楽しいんだもんね」

「そうそう。まあ、気づいてる人もいるとは思うけどさ。普通、千咲さんみたいに訊いてこないよ。ネットリテラシーなくない?」

「わかる。ちょっと踏み込んできすぎだよね」

 

 その時、スマホの通知音が鳴った。

 

「千咲さんから?」

「うん」

「なんだって?」

 

 僕はスマホの画面をみて眉を顰める。

 

【これは一意見として聞いてもらって良いのですが、明言を避けることで関わりづらくなるパターンもあるのかなって(この二人どうなんだろうって話すのに気を遣ってしまったり、話の内容にツッコミを入れづらかったり)こんな言い方をすると強くなってしまいますが、そのお答えはもうほとんどイエスと言っているのと同じだと思いますし、正直恋人を仄めかしておいて明言を避ける意味があるのかな、と……。それなら最初から恋人がいるとは言わずに、アタックされた方に恋人がいるとお断りを入れるだけで十分なのでは?】

 

 は? なに、このおばさん。

 

【いや、いいんです。私はたかがネットの知り合いですから、言いたくなければ言わなくても。ですが、少しは距離の近いお友達だと思っていたので、少々思っていたことを言わせていただきました。ごめんなさい】

 

 ——いや、めっちゃうざい。距離の近いお友達? 僕とあなたが? すげー勘違いなんだけど。

 

「どうかした?」

「なんか、僕が返信した内容だとそれはもうほとんど僕と朱美ちゃんが付き合っているって言っているようなものだって。僕のやり方にケチつけてきた」

「うわ、まじ? やばいね千咲さんって。前から思ってたんだけどさ、千咲さんってなんか鼻につくよね。SNSの投稿も料理載せたりいい女アピール、充実してますアピールが強いし。性格悪そうだなって思ってた」

「わかる」

「なんて返事するの?」

「うーん、どうしようかな」

 

 正直考えるのも面倒くさいが、これがさらに面倒なことに千咲さんと僕には共通のフォロワーが多い。このことを変に拗らせて、周りに言いふらされたら最悪だし……一応釘を刺そう。

 

【千咲さんのことは僕も近しい友人だと思っています。ですが、そもそもそういう話は当人たちから話があるまで待つのが大人かなあって思います。ごめんなさい、強い言い方になっていたら。ただ、打ち明けたことでトラブルになった事例があるので、そこは慎重に行きたいんですよね。千咲さんがリア友なら全然話すんですけど……あ、そうそう、このことはご内密にお願いしますね。波及してトラブルになるのが一番面倒ですし、そうなったら僕は姿を消さなければならなくなりますから】

 

 ここまで言えば、もうこれ以上突っ込んではこられまい。うん、完璧だ。

 ——だが、次に千咲さんから来た返信は予想に反した。

 

【いえいえ。そういうことでしたら、わたしも火野さんとの距離は考えなければなりませんね。寂しいですが、納得します。たくさんお話しできて嬉しかったです。今までありがとうございました】

 

 ……ありがとうございました? え、ん? なに、どういう意味これ。

 

「ねえ和樹くん、そろそろちゃんとパスタ食べたら? 私もう食べ終わるけど」

「ああ、うん」

 

 僕は慌てて残りのパスタを口にかき込むと水で流しこみ、

 

「ごめんちょっとトイレ」

 

 そう言い残して席を立った。

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