【10年前】群青寺宗介

 群青寺は幼い頃から、先の展開を読む力が他者よりずっと優れていた。

 そんな彼が探偵の真似事を始めると、六人の幼馴染たちも面白がって協力し、次々と事件を解決していった。


 リーダーでまとめ役の群青寺に、五才でアプリを開発した神童の一茶いっさ、No.1ドライバーの血を引く橙路とうじ、アイドル子役の碧流へきる、『歩く生物図鑑』と称される黄兎きう、リアル忍者マスター紅陽炎べにかげろう、そして最強の武道少女と名高い紫崎三輪しざきみわ


 偶然にもメンバー全員が色の名前を名前に冠していたことから、『七色倶楽部』を名乗ってチームで探偵業を始めた群青寺たちは、瞬く間に知名度を上げていった。


 メンバーがまだ小学生という話題性もあるが、それぞれが違う分野の天才であるため、七人が集まれば、どんな事件も解決できてしまうのだ。


 当初こそ群青寺は、天才たちのまとめ役というだけで、本人に優れた能力は無かったものの、難事件を解決していく内に従って、観察力の高さが覚醒。


 時には未来さえ見透かしてしまうほどに成長していく。


 自分だけ特技が無いことにずっと悩んでいた群青寺は、その成長を大いに喜んだものの、三輪は徐々に人間の域を超えていく群青寺の力に、危機感を抱いていたらしい。


 とある事件からの帰路、すっかり日も暮れて暗がりが包む住宅街をいつものように二人で歩く途中、三輪は心配した様子で群青寺に話しかけた。


「ねえ、宗介……最近、変なオジサンとよく一緒にいるけど、あのヒトって何?」


「ああ、事件現場で出会った探偵さんだよ。俺の眼に興味があるそうでさ、力の使い方を教えてくれてるんだ。なんでも理論上、極めれば未来だって見えちまうんだってよ」


「……そっか。宗介が本気で頑張ってるなら、私は止めない。ううん、止められない。でも最近の宗介は、どんどん別人になっていっているみたいで……ちょっと怖いんだ」


 三輪が宗介に肩を寄せ、いつになく悲しげな顔で続ける。


「宗介は覚えてる? 私が変な家の出身のせいでイジメられてるのを、なりふり構わず助けに入ってくれた時のこと」


「ああ、覚えてるよ……こっぴどく返り討ちにされた上に、最終的にはイジメられていた三輪に逆にかばわれて、恥ずかしかったからな」


「あはは、宗介は昔から喧嘩が得意じゃないもんね。でも、あの時の宗介は凄くカッコ良かったよ? 『変な血って、つまりスゲー血ってことだろ?』って言ってもらえて……嬉しかった。本当に、とびきり、嬉しかったんだ」


「そんなこと言ったか……? 流石に、そこまでは覚えてないって」


 住宅街を並んで歩きながら笑い合う群青寺と三輪。

 二人は今までずっと、駅から自宅までの十分足らずの時間を談笑に費やしてきた。

 これから先もきっとこんな楽しい時間がお決まりになるのだろう――と、なんの疑いもなく考えていた。


「私ね、宗介に助けてもらうまで、自分の血が、自分自身が大嫌いだったの。毎日毎日消えちゃいたいって思ってたし、生きるのが苦しかった。でもね、宗介に助けてもらって、ヘッキーやキウちゃん、色んな友達が増えて……みんなでたくさんの人を救って……ああ、私はこの世界にいていいんだ、って思えたんだよ」


「大げさなヤツ。この世界にいちゃいけないヤツなんて、どこにもいねぇだろ」


「……そう、だよね。そうなんだよね」


 群青寺の言葉に対して、三輪はクシャッと不器用な笑顔を見せた。

 時間はあっという間に過ぎて、二人それぞれの家が連なる場所に到達する。


「ありがとう、宗介。私、頑張るよ。

 これからも宗介は、誰かの救いになってあげてね」


「へいへい、持ち帰って善処することを検討できないか相談を密にしてまいります」


「んも~、またそうやって照れ隠しではぐらかす。またね、宗介」


「ああ。またな、三輪」


 それが二人の交わした最後の言葉となった。


 その翌日、三輪は都心タワーの展望フロアで起きた立てこもり事件に巻き込まれ、犯人もろとも命を落としたのだ。


 犯人は元薬物中毒者の男性で、人質となったのは三輪を含む偶然展望フロアにいた男女十五名。


 薬物のフラッシュバックによる突発的な犯行で、思想的な動機は無い。

 DVによる逮捕歴もあるほど苛烈な犯人の性格が原因で、犯人の死亡が確認されるまでの七時間に、人質に多くの怪我人が出てしまったという痛ましい事件だ。


 最終的に、警察が犯人を射殺したことで事件は解決となったが、人質の中で唯一、三輪だけが犠牲となってしまったという。


 三輪の死は、他の人質たちを守ろうとした結果……とだけ説明をされたが、詳しくは説明されていない。群青寺たち『七色倶楽部』のメンバーは納得できず、独自に推理を進めた。しかし警察も、他の人質も、関係者たちが異様なまでに事件について口を閉ざし、真実を語ろうとしなかった。


 知り合いの博士探偵ですら真相にたどり着けず、事件は迷宮入りとなってしまう。


 ただ群青寺の目には、隠された真実がうっすらと見えていた。


 きっと三輪は政府関係者に殺されたのだ。

 理由は恐らく、彼女が忌み嫌われる『死裂』の血筋だから。


 『死裂』は血液操作の秘術が代々受け継がれてきた、暗殺稼業を生業とする一族。その血の力で一時的に身体能力を向上できるそうだが、世に知られてはいない。いや、世に知られるのを食い止めているという。


 ならば、もし世に知られそうになった場合、一体どうなるのだろうか。


「三輪のお人好しな性格を考えれば、他の人質たちが傷つけてられているのに、黙っているなんてありえない……もし三輪が犯人を止めようとして、『死裂』の血の力を使っていたとしたら……?」


 頭の中に浮かぶ『粛清』『口封じ』『隠蔽工作』といった不穏なワード。

 なんとしても真実に近づきたい群青寺は『七色倶楽部』を解散し、過去の事件で知り合った博士探偵に師事した。


 そして師の手術おしえの元、異能『前知全応オール・シーイング』まで習得したが、それでも三輪の死の真相にはたどり着けない。


 探偵として成長していく一方で、真実をひた隠しにする国に対して、不信感は募り続けてしまう。


 そんな時に出会ったのが『明王』七星寿一。

 若手信者として『夜明けの明星会』に潜入していた群青寺の存在に気付いた七星は、時間をかけて群青寺を懐柔し続けた。


 三輪の死の真相に近づけずにいた群青寺に、三輪と同じく『死裂』の血を引く志崎を教育係として付けることで、証拠など無いまま「三輪は国の隠蔽工作の一環で粛清された」という思い込みを加速。さらに七星が得意とする『説法』により、国への敵意や疑念が強まって、「七星の計画は正しき善行だ」と本気で思い込まされてしまう。


 こうした時間と手間をかけた洗脳により、群青寺は自分でも気付かないまま、『夜明けの明星会』のテロ行為に加担とすることとなった。


「これからも宗介は、誰かの救いになってあげてね」


 最期に三輪が遺した言葉を今でも胸に抱きながら――

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