【『都心大震災』発生から10日目】~教団序列1位~
同じ頃、タワータウンから外に出て、都心タワーを見上げた群青寺は呆然としていた。
月明かりに照らされた都心タワーは、ライトアップなどされていなくても、その形状がよく分かる。
少し歪んで見えてはいるが、破壊はされていない。
電波塔としての機能は果たせていそうだ。
「マズい……計画と違う……」
――計画? 計画って、なんだ……?
自然と自分の口から漏れた言葉に驚き、息を呑む群青寺。
健在な都心タワーを観た途端に、脳裏に妙な言葉が浮かんだ。
ボヤけた意識の中、玉虫色の髪をした男の顔が頭によぎる。
「明けぬ、夜……? なんだ……俺の頭は、どうしちまったんだよ」
「――まだ混乱しているようですねぇ」
そこで背後から声を掛けられた。
振り返ると、そこに立っていたのは丸メガネとカジュアルスーツの男、志崎。
「志崎、テメェ……!」
つい先ほど自分たちを裏切った男の登場に、群青寺は思わず掴みかかった。
しかし志崎は、軟体動物のように奇妙な動きで群青寺の手をかわし、背後を取る。
そして耳元でボソリと耳打ち――
「思い出してください……今のあなたは群青寺宗介ではなく、教団序列1位『
「――っ!?」
志崎の一言で、視界がパチパチと明滅し、頭の中にフラッシュバック映像が流れる。
幼馴染が殺されて絶望したこと。潜入捜査で訪れた『夜明けの明星会』で、教祖に捕まり、才能を見出されたこと。普段から都心タワーを訪れては、各部に仕込まれた爆薬が問題無いかを確認していたこと。トークショー会場への階段を降りる途中でも爆薬を確認し、異常無しと判断していたこと。
ずっと蓋をしていた記憶が一気に解放され、群青寺は呆然と立ち尽くしてしまう。
「いやはや、あなたの補佐役としては気が気じゃありませんでしたよ。地下に閉じ込められて以来、あなたは我々の使命のことも忘れて、未覚醒者どもを救うのに躍起となっているんですから」
「……そのまま俺が死ねば万々歳って思ってんだろう?
「ハハハッ、そんなまさかぁ。大事な教え子の一人であるあなたを、見殺しにするはずないじゃありませんか」
演技がかった所作で丸メガネを指で押し上げたあと、志崎が群青寺の外れたままの肩に触れ、素早く関節をハメ治す。
まだ痛みこそ残っているものの、動かすのに支障は無い。
それからペットボトルの水を群青寺に差し出して、都心タワーを指差した。
「さて、それでは都心タワーに残った爆弾を起爆させに行きましょうか。序列1位のあなたでしたら、全ての爆弾の位置を伝えられているでしょう?」
「ああ……知っている。ここから観た感じ、四個ほど不発で終わっているようだな」
「なるほど、記憶が戻ってくれて助かりましたよ。私のような下位には、一部の爆弾の場所しか教えられていませんからね。それでは、明王様のために、テキパキと手早く起爆させましょう」
「あっ……ま、待ってくれ」
群青寺が呼び止め、「先に救助を呼ぶべきだ」と言うと、志崎は眉をひそめた。
「何をバカなことを言っているんですか……まだ
「でも、地下にはまだナージャちゃんやボーさん、灯里ちゃんも――」
「彼らは全員瀕死。今から救助を呼んでも無意味ですよ。というか、そもそも……あの地下で起きた悲劇の元凶は、あなたが爆弾を見過ごしたことでしょう?」
志崎がうつむいた群青寺へと歩み寄り、かすかに震えた両肩に手を置いて、耳元で妖しく囁きかける。
「今まで何度も教えてきたじゃないですか……未覚醒者どもが何人死んでも気にしてはいけません。我々の行いは、この暗き世界を明王様の極光で満たし、人々を
「ミワ……」
頭の中に霧がかかったように意識がボンヤリとして、群青寺は力無くうなずいた。
それから残りの爆弾の位置を共有したあと、志崎の先導の元、タワータウンへ。
タワータウンの屋上から都心タワーの展望フロアへと続く、長い階段を登り始めた。
先を行く志崎の足取りは軽く、とても一週間以上絶食していたとは思えない。
「
「……そうか。じゃあ、よろしく頼むわ」
「フフフッ、お任せあれ。我が国の象徴とも言うべきこの赤き塔は、教団序列10位『
言うが早いか、志崎が群青寺を置き去りにし、凄まじい勢いで階段を登っていく。
志崎は前々から、教え子である群青寺に序列を抜かれ、補佐役を命じられている現状に不満をいだいている様子だった。
都心タワーを破壊したという実績を得て、序列を上げたいのだろう。
「序列とか……どうでもいいんだけどな」
空腹状態で階段を登るのに疲れて、足を止め、溜め息を吐いた。
空腹のせいか、ずっと記憶が飛んでいたせいか、まだ頭がハッキリしない。
――いずれ来たる大地震の際に、都心タワーを破壊して、世界に夜明けを。
そんな言葉を頭の中に刷り込まれ、ずっと正しいと信じて爆弾のチェックを続けてきたものの、信念が揺らいでいくのを感じる。
「俺は一体、どうしたらいいんだ……」
その時、上の方で志崎の叫び声が聞こえてきた。
気になって見上げてみると、パタパタと何かが顔に降りかかる。
手で拭き取ってみると、それは紛れもなく血液。
「チッ……また自害されたか。腐れ狂信者どもめ」
声で初めて気配に気付き、向き直ると、階段を登った先の踊り場に、フード状の黒装束の男が立っていた。
男がフードを取ると、薄茶色の髪と、切れ長の鋭い目、それに血に濡れた頬が露わとなる。
よく見るとその手には、まるでビニール袋でも持つような気軽さで、血まみれの志崎の首根っこが握られている。
「あん? なんで宗介がここにいるんだよ」
男の赤い目に射抜かれ、群青寺の背筋に寒気が走る。
群青寺は男のことをよく知っていた。
同じ事務所の所属でかつ、古くからの馴染み。
そして、かつて失った幼馴染『
群青寺が知る限り、この国の探偵――いや生物の中で、最も戦闘に長けた男。
「
「何度も言ってるだろ……もうその名前では呼ぶな。
今のオレは『鬼畜探偵』だ」
鬼畜探偵は頬の返り血も拭かぬまま、気安い笑顔を群青寺へと向けた。
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