【『都心大震災』発生から10日目】~明王『七星寿一』~

「お遊びはここまでだ、七星寿一。貴様を逮捕する」


 銃口を向けたまま、ヴィドックがエレベーターへと一歩足を踏み込んだ。

 七星は眼前に銃口を突きつけられながらも、まったく慌てた様子を見せず、わざとらしくおどけてみせた。


「ワオ……どうして僕がエレベーターで逃げるって分かったんですか? そんなに信頼無かった感じ?」


「信頼していたさ。貴様はどこまで言っても『ゲーム』と称する男だ、ルールを破りはしまい。だからこそ『私はこれから最上階へと向かう』という発言が罠だと思い、不意打ちで落下する演技をしたんだよ」


「ヒヒッ、そうそう。『最上階に向かう』とは言ったけど『最上階で待つ』とは言ってないんですよね。怒りのままに追いかけてくるよう挑発もたくさんしたし、実際怒っているように見えたのに、思ったより冷静だったんですね」


「怒っているように見せたのさ……犯人を油断させ、墓穴を掘らせる技術も、探偵には必要だからな」


 語りつつヴィドックが拳銃の撃鉄を上げる。


 まるで、最後通告でもするかのように。


「ここからは演技ではないぞ。七星寿一、貴様がこの国の住民たちに仕掛けたトリックはすでに看破している。大人しく自首をしろ……さもなくば、ここで殺す」


「殺すって、そんなこと許されるんですかぁ? この国の法が黙っちゃいませんけど」


「ここが防衛省の施設内だってことを忘れるなよ。たとえバラバラ死体にしようとも、誤魔化す方法などごまんとある」


「イヒヒ、どっちが犯罪者か分からないなぁ」


 七星がヒッヒと挑発的に笑い、銃口に自らの額を押しつけた。


「別に命は惜しくないけど、冤罪で殺されるのはお断りです。僕がどういったトリックを国民に仕掛けたって言うんですか? 自主しろって言うなら、僕の罪を言い当ててみてくださいよ」


「良いだろう、貴様の罪を糾弾してやる。

 今全国で起こっている殺人事件は……貴様の仕業だ」


 ヴィドックが懐からタブレット状のデバイスを取り出した。

 最新式のアイポンと同様、片手でタッチ操作を行い、デバイスの画面に映像を映し出す。


 それは、星型のキャラクターがコミカルに歌って踊る『夜明けの明星会』のCMだった。


「おやおや、僕ら渾身の愛されCMじゃないですか。それがどうかしたんですか?」


「このCMには、サブリミナル・メッセージが入っている。1フレーム……つまり、三十分の一秒だけ、このような画像を挿入していたな?」


 ヴィドックが少しデバイスを操作すると、映し出されたのは大地震後の写真と、画面がびっしりと『明けぬ夜』という小さな文字で埋め尽くされたシーン。


 サブリミナル・メッセージとは、観る者に認識できないレベルの刺激を与えること。


 テレビや映画の映像に密かに商品名を紛れ込ませると、その商品の売上が上がったという実験結果もあり、人間は無意識下に与えられた刺激にも影響を受けるそうだ。


 これらの現象を『サブリミナル効果』と言う。


「貴様ら『夜明けの明星会』はかなり高頻度にCMを打っていた。あのCMにサブリミナル・メッセージを入れておけば、その効果は計り知れない。貴様の思い通りに動くよう、催眠をかけることも可能だろう」


「催眠だなんて大袈裟ですねぇ。その演出は、歌詞の一部を強調したホラー演出ってことで、テレビ局にも許可をいただいているんですけど? 今はテレビ局も厳しいから、サブリミナル効果を狙うとか無理ですってぇ~」


 七星の言う通り、過去に悪意あるサブリミナル効果を入れる者が出たため、現在のテレビ局はサブリミナル効果に対して敏感となっている。


 サブリミナル効果だと疑われれば、CMは停止となるだろう。


「ああ。本来ならば、この程度の映像で人間は狂わない。だが貴様は、二つの悪意によって、サブリミナル・メッセージの効力を高めたのだろう。その一つは……『歌詞』だ」


 ヴィドックが語りながら、デバイスで映像の再生を再開。

 「今宵はアゲ~♪ アゲアゲ♪ アゲる夜~♪」と、星型のキャラクターが歌う様子が流れた。


「この歌の歌詞『あげる』の語源は『あぐ』。下から上への移動を意味し、身分が下の者から上の者への『献上』を意味する言葉だ。貴様ら宗教団体にこの言葉を当てはめれば、どういう意味になる?」


「んー、どうなるんだろー? 僕としては寂しい夜をみんなでアゲてこうぜ! って感じの明るい歌詞にしたつもりだけどなぁ~」


「とぼけるな。この歌は『夜明けの明星会』のトップ……つまり貴様への献上の意識を脳に刷り込む歌詞を、若者言葉に擬態させた洗脳ソングだろう」


「えー、そうだったんですかぁ?

 作詞した僕自身も知りませんでしたよ、怖いなぁ~」


 わざとらしく首を傾げてみせた七星を、ヴィドックは睨みつけて続ける。


「『言霊ことだまという言葉があるように、人間は自分が口にした言葉に強く影響を受ける……この歌を真似して歌った者ほど、強く影響されたはずだ。教祖である貴様にすべてを捧げるべきだと、思考の根底に刷り込まれたことだろう」


 実際、全国で起きている殺人事件の犯人は、子供の割合が高い。

 それは恐らく『夜明けの明星会』のCMソングが子供に人気で、真似て歌う子供が多かったからだと考えられる。


 ここまで計算して創られたのだとしたら、あまりにも恐ろしく、あまりにも許しがたい歌だ。


「もう一つの理由はまたあとで話そう。ともかく貴様には、テレビCMを利用して全国に悪意を振りまいた疑いがある。大人しく自首をしろ、さもなくば殺す」


「イヒヒ……いやぁ、想像力が豊かちゃんですねぇ。実にいいエンタメだ」


 銃口を突きつけられたまま、七星は玉虫色の前髪を掻き上げ、目を細める。

 玉虫色の髪が妖しく、不気味に、黒光りを放った。


「でも仮に、よしんば、万に一つ、万々一まんまんがいち、僕が本当に悪意を振りまいていたとして、なぜこの大地震のタイミングで人々は暴れたんでしょうか?」


「決まっている。貴様の仕掛けた洗脳が『大地震をきっかけに理性を失う』という内容だったからだろう」


「イヒャヒャヒャヒャッ! それ本気で言ってますぅ? そんなのあり得ないじゃないですかぁ~」


 七星が腹を抱えて大笑いした。

 その反応をヴィドックは、顔色一つ変えずにじっと見つめ続ける。


「大地震をきっかけに理性を失う催眠とか、肝心な大地震が起きなかったら無意味じゃないですかぁ~? じゃあアレですか? 僕はいつ来るかも分からない大地震に備えて、せっせと準備をしてきたって言うんです? そんなのバカ過ぎるでしょ~~~?」


 ――発砲音が七星の言葉を遮断。

 放たれた弾丸が七星の左肩を撃ち抜き、大量の血が噴き出す。

 にも関わらず、七星はキョトンとするばかりで、痛がる様子を見せない。


 しかし自分の肩に視線を落とし、血が流れていると気付いた途端、わざとらしく「ぎゃー!」と悲鳴をあげてみせた。


「痛い痛い痛い……! 急に撃つなんて酷いじゃないですかぁ! ああ、もう! ママにも撃たれたこと無いのにぃ! 抗議します、僕はヴィドックさんを抗議します!」


「演技はよせ、痛みなど無いはずだ」


 ヴィドックが再び撃鉄をあげ、銃口は七星の額に押し当てた。


「貴様がなのは調べがついている。貴様は産まれた頃から、他人が当たり前に感じる感覚のすべてを、何も感じられないのだろう?」


「…………よくご存知で。んじゃ、表情をる必要も無いかな」


 七星が一つ息をついて無表情となる。

 それまでの道化じみた振る舞いが嘘のように、人形を思わせるほど淡白な態度で、言葉を続けた。


「それで? 僕の病気がどうしたって言うのかな? まさか、他人の気持ちが分からないってだけで、犯罪者呼ばわりするんじゃないよね?」


「病が原因とは言わない……だが病を遠因とした他者への共感不足が、貴様を怪物にしたのは間違いないだろう。貴様は結局のところ、自分の立てた計画が成功しようが失敗しようが、誰が死のうが生きようが、どうでもいいんだ」


 七星は何も答えない。

 感情の無い目をした七星を前に、ヴィドックは更に推理を続ける。


「先ほど仕掛けたゲームにも、貴様の思想がよく現れていたな。わざと私を呼び寄せ、その場で思いついた適当なゲームを実施し、追い詰められれば即座に負けを認める。一連の殺人事件だって、大地震が起こらなければ起こらなかったで、貴様は簡単に諦めようと考えていたんだ」


「あはは、凄いな。まるでエスパーちゃんだ」


 表情筋が死んだかのように無表情のまま、声だけで七星が笑う。


「ここまで僕の真意を読み取ってくれた人は初めてだよ、始祖探偵ヴィドック。流石、国内で唯一の国家公認の探偵なだけあるね。僕がCMに仕込んだ想いを見抜けたのも、その洞察力の賜物かな?」


「それが私の武器だ……もし今右手に握り込んだ毒薬を使おうとしたら、右肩も撃ち抜くぞ」


「残念、やっぱりバレてたか」


 七星が観念した様子で右手を上げる。

 その手の中には、黒い小瓶が握られていた。


「僕も同じだから分かるけどさ、君のその洞察力、人間の域を超えてるよね? 君も僕と同じ、異能者なんだろう?」


「ああ。私の耳は、通常では聴き取れない音の揺らぎや調子の変化……その言葉に秘められた真意をあばき出す」


「んへー、そりゃあ僕に負けじと大変そうだね。ご愁傷さま」


 哀れみの言葉をかけられたヴィドックは、首から下げた木目調のヘッドフォンをトントンと指で叩いてみせた。


「普段は音を遮断して暮らしているから、貴様のような苦労は無い。貴様がCMに込めたもう一つの悪意に気付けたのも、この耳があったからこそだ」


「悪意って、君の耳はあのCMソングにコレ以上の何を聴き取ったのかな」


「貴様の声が……人間の脳裏に刷り込まれやすい特殊な声質を持つということだよ」


 七星が眼を丸くし、祝福するようにパチパチと手を叩いた。


「いやー、本当にキミの耳は凄いな。大したものだよ、むしろ嬉しいくらいだ。なんたって僕の声は、他人の感覚が分からない分、他人に自分の気持ちが伝わりやすいよう努力した賜物だからねぇ」


「貴様ら『夜明けの明星会』が爆発的に信者を増やした要因も、その声の力か」


「もちろんそうさ。宗教団体を設立するのに、これほど都合の良い力は無いしね」


 CMで流れている歌声は、教祖本人が直々に歌っていると話題だ。

 それは単なる話題作りのためではなく、真の目的――洗脳を達成するのに便利だったからだろう。


 しかし七星は、ここまで真相を看破されていながらも、表情を一切変えない。


「僕の異能に気付いてくれて嬉しいけどさ、流石に声質だけでは捕まえられないんじゃない? 僕の悪意に気付いていながら止められなかったのも、さっきから脅して自首させようとしているのも、すべては証拠が無いからでしょう?」


「……ああ。正直に言って、今の私たちでは、貴様を冤罪で処することしか出来ない。いくら私の聴力が『Q案件』指定を受けていたとしても、確証無しでは動けないらな」


「やっぱりねぇ。じゃあ何も出来ないじゃん。ほら、さっさと道を空けてくれない?」


 七星が手でしっしとして、ヴィドックにどくよう伝えた。

 しかしヴィドックは微動だにしない。


「だが、証拠はこれから出てくるだろう。分不相応にも都心タワーのテロにまで手を出したことが、貴様の敗因だ」


「それって、都心タワーで地震直後に起きたっていう爆発テロのこと? いやいや、それは無実だってー。勘弁してよー」


「……嘘だな。貴様らはサブリミナル・メッセージと同様、何年もの間、大地震に備えて、激しい揺れで爆発する仕掛けを施していたのだろう。大地震をきっかけとして、この国の象徴とも言うべきタワーを破壊し、多くの者を狂気に走らせる……それが貴様のくわだてた悪しき陰謀のすべてだ」


「…………」


「私の異能を知った者はよく貴様のように黙り込む。だが時に沈黙は、何よりも雄弁に真実を語るぞ」


 それだけ言うとヴィドックは、七星の両手に手錠をかけた。

 七星は物珍しそうに、光の無い目で手錠をじっと観察する。


「貴様らの誤算は、大地震が引き起こした爆発でも都心タワーが生きていたことだろう……ゆえに暴徒と化した住民が都心タワーに集まり、何か目的を果たそうとしている。つまり都心タワーには今、貴様を追い込むための証拠が残っているんだ」


「――見つけ出してみなよ」


 七星が挑発的に、口角のみをツリ上げて言った。


「ただし、都心タワーでは今頃、教団序列1位の男が動いてくれている……お目当ての物が見つかればいいねぇ♪」

 

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